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大壹神楽闇夜 1章 倭 6 敗走4

 殺しても…
 どれだけ殺しても敵の数は減らない。
 寧ろ増えて行っている様に思えた。だが、其れはそう感じているのでは無く実際そうなのだ。未だ城壁の外からは多くの兵士がゾクゾクと城壁を越え侵入して来ている。もしもこれが餓死寸前の状態では無く万全の状態であったのなら神楽達は既に全滅していた事は確かである。
 だが、本来の力を発揮出来ない倭兵秦兵は今の八重軍にとっては恐るに足らぬ存在でしかない。其れでも圧倒的な兵量で攻め込まれると話が変わって来る。何故なら人は無限の生き物では無いからだ。何れ体力の限界が訪れ餓死寸前の兵士達に切り刻まれる事になる。だから水豆菜(みずな)は都を放棄する事にしたのだ。
 銅鐸の音がコーン、コーンと鳴り響く。
 南東に進めとの指示が響き渡る。
「吼玖利(くくり)…。どう言う事じゃか ?」
 鐘の指示を聞き娘が問う。
「分かりよらん…。じゃが水豆菜(みずな)が言うておる。兎に角我等は南東に向かいよる。」
 と、吼玖利(くくり)も鐘を鳴らし皆を南東へと向かわせる。
「意味不明じゃ…。我等は勝っておるじゃかよ。」
 と、娘が言う様に倭兵も秦兵も其の気迫に劣る弱さであった。食う物も食わずの戦なのだから当然力がでない。だから対峙する者には勝てる…。と思わせてしまうのだ。
「分かっておる…。じゃが鐘は絶対じゃ。」
「吼玖利(くくり)…。」
 と、そこに神楽がパタパタと走って来た。
「神楽…。」
「南東じゃ…。我等は此処を放棄しよる。」
「放棄 ? どう言う事じゃ。」
「こっちが本命じゃったんじゃ。敵は全兵力を此処に集中しておる。」
「本命は海戦ではないんか ?」
 娘が問う。
「海からは青粉が上がっておる。」
「青粉…。不味いじゃか…。」
 と、吼玖利(くくり)は訝しい表情を浮かべた。
「不味いんか ?」
 神楽が問う。
「海は平和と言う事じゃかよ。まったく…。してやられたじゃか。」
「兎に角…。水豆菜(みずな)の下に集合じゃ。」
 と、神楽は又パタパタと走り出した。
「神楽 ! 何処に行きよるんじゃ ?」
「氷室殿のとこじゃ。」
 と、神楽は走り去って行った。
「ありゃりゃ…。一人で行ってしまいよったじゃかよ。」  
 娘がボソリ。
「まったく…。周りは敵ばかりじゃぁ言うのに…。」
 と、其処に神楽無敵部隊の娘達(百人)が後を追う様にやって来た。娘達はパタパタと大慌てで神楽の後を追って行く。
「無敵部隊の娘達じゃ…。」
「なら、安心じゃ。我等は水豆菜(みずな)の下に。」
 と、吼玖利(くくり)達は水豆菜(みずな)の下に向かう。
 だが、思った以上に軍隊はバラバラである。伊国の都と言う事もあり建物も多く上手く指揮が取れなかった。其の所為もあり皆が水豆菜(みずな)の下に集合出来たのは随分たってからの事となった。
 既に倭兵秦兵の大部隊は城壁を打ち破り津波の様に押し寄せて来ている。必死に抵抗するが矢張り体力の限界は近い。
「水豆菜(みずな)殿…。南東と言うが門は西にしかないぞ。」
 氷室が問う。
「西は駄目だ。既に本隊が固めている。」
 伊国の神が言う。
「案ずるでない。南東に進めば良い。」
「だが…。城壁が…。」
「既に壊されておる。」
 と、水豆菜(みずな)は鐘を鳴らし全部隊を南東に進ませた。だが、南東に進めど敵が押し寄せて来ている事に変わりはない。水豆菜(みずな)達は敵が進軍して来る中を無理矢理進んで行くのである。
「敵の中を無理矢理抜けて行くのか ?」
 都国の神が言う。
「我等は完全に包囲されておる。敵の中を抜けるしか無いんじゃ。兎に角一支国に向かうんじゃ…。」
 水豆菜(みずな)達は迫り来る敵の中を必死に抜けた。
 此処で全滅する訳にはいかない。なんとしても次に繋げなければいけないのだ。だが、襲い来る敵の数は無限とも言えるほどの数である。例え餓死寸前の兵達であっても数で押し切られては如何にもならない。兎に角此の包囲網を抜け伊都瀬(いとせ)達の部隊と合流出来れば反撃に出る事が出来る。だから水豆菜(みずな)は必死に鐘を鳴らし、神楽達は力ある限り敵を殺し続けた。

 やがて…

 前方にいた敵が消え、敵は後方から追いかけて来る敵だけとなった。水豆菜(みずな)達は抜けたのだ。後は後退するだけである。
「敵の包囲網を抜けたぁ ! 後は後退するだけじゃ ! 」
 水豆菜(みずな)が叫ぶ。其れに合わせ皆が叫ぶ。
「後退だ !」
「敵を相手にするな ! 今は下がる事だけを考えろ !」
 と、八重軍と娘達は必死に逃げる。倭兵秦兵は其れを必死に追うが、やがて伊国の都から大筒が鳴り響いた。其れを合図に倭兵と秦兵は八重軍と娘達を追うのをやめた。水豆菜(みずな)も此れ以上倭兵秦兵が追っては来ないと知ったが体勢を立て直す必要と伊都瀬(いとせ)との合流を考え更に後退する事にした。
 水豆菜(みずな)達は山道に入り更に進み、山の中腹辺りで青粉を上げた。氷室達は此処で青粉を上げるのは危険では無いか ? と危惧したが敗走した道を倭兵秦兵が知っているので今更心配する必要は無いと言った。其れに伊国の都には沢山の食糧がある。其の大半は米であるが米は何よりも貴重である。その貴重な米が大量にある以上倭人達は先ず腹を満たし体を休めるだろうと言った。この水豆菜(みずな)の意見が正しいかどうかは分からないが、倭兵が攻めて来る事は無かった。
 其れから暫くして伊都瀬(いとせ)達が水豆菜(みずな)達の下に戻って来た。伊都瀬(いとせ)は皆のボロボロな姿を見やり怒りを露わにしていた。悔しくて仕方なかったのだ。
「そうカッカしてはいけん…。都は奪われよったじゃが殆ど死人は出ておらんじゃかよ。」
  木陰に腰を下ろし水豆菜(みずな)が言った。水豆菜(みずな)の言う様に激しい戦闘であったにも関わらず死人は殆ど無く、怪我を負った兵も重傷者はおらず皆軽傷であった。
「じゃな…。水豆菜(みずな)に感謝じゃ。」
「其れより此れからどうする ?」
 都国の神が問うた。
「此処で陣をはりよるか…。」
 伊都瀬(いとせ)が言う。
「そうだな。此れ以上攻め込まれるのは不味い。」
「確かに…。伊国を奪われたとなりよると出雲進行が容易になってしまいよる。」
 水豆菜(みずな)が言った。
「駄目じゃ…。我等は一支国に向かわねばならん。」
 と、神楽が割って入って来た。
「神楽…。」
「良いか…。伊国の都にはご飯が一杯ありよるんじゃ。倭人は今頃お腹一杯の筈じゃ。」
「だな…。」
「つまりじゃ…。我等は倭人に力を与えてしまいよったんじゃ。我等が今ピンピンしよるんは倭人に力が無かったからじゃ。じゃが、この先からは違いよる。しかも、此処にご飯はありよらん。我等は力無く戦わねばならんと言う事じゃ。」
「お〜。流石じゃ。読んでおる。」
 吼玖利(くくり)が言った。
「じゃが、完全に伊国を奪われてしまいよったらどうにもならんじゃかよ。」
 葉月が言う。
「なら、聞きよるんじゃが、此の場所で陣を張りよって此の人数を養うだけの食糧がありよるんか ? 飲まず食わずで戦は出来んじゃかよ。ましてや相手は倭人、秦人じゃ。此れでは死にに行く様なもんじゃ。」
「我は神楽に賛成じゃ。」
 吼玖利(くくり)が言った。
「其れに一支国には食糧がありよる。其処を拠点にすべきじゃ。」
 と、神楽が言うと皆は納得したのか一支国の都に行く事が決定したのだが、この日は皆が疲れていると言う事もあり此の場所で陣を張り、翌朝一支国に向けて出発する事となった。
 翌朝皆は一支国に向かって進軍を開始した。神楽は助菜山(ジョナサン)に跨り道中何度も伊国の方を見やっていた。神楽は何も言わなかったが誰よりも悔しかったのだろうと吼玖利(くくり)は感じ取っていた。本来なら奪われるはずのない場所をいとも簡単に奪われてしまったのだ。悔しく無いはずがなかった。そして何より後少し踏ん張れば勝てていたかも知れない戦がひっくり返されたのだ。

 まったく…。

 まったくじゃ…。

 と、吼玖利(くくり)はチロチロと神楽を見やっている。神楽は伊国の方を見やり、吼玖利(くくり)を見やる。
「まったく…。我は此れが罠じゃぁ思うておったんじゃ。」
 神楽が言った。
「じゃよ。我も怪しいと思うておったじゃかよ。」
 吼玖利(くくり)が言う。
「じゃよ…。」
 と、二人はあーだこーだと文句を言い始めた。其れを聞いていた伊都瀬(いとせ)はブスッと口を膨らませている。
「クスクス…。あの二人はいつも言いたい放題じゃな。」   
 水豆菜(みずな)が言う。
「フン…。まるで我が悪いみたいじゃかよ。」
「クスクス…。気にし過ぎじゃ。」
 榊が言った。
「ハァァ…。気にするなと言う方が無理じゃ。」
 伊都瀬(いとせ)はゲンナリと肩を落とした。
 と、一行はドンドコドンドコ進み。二日掛けて一支国に入った。其処から更に一日掛け一支国の都に辿り着くと皆は取り敢えず腹一杯ご飯を食べ体を休めた。だが、伊都瀬(いとせ)達に休む暇は無い。月三子と神、吼比(くひ)を集めこの先の事を話し合った。何より若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)の軍が無事であるのかも気になった。恐らく同じ様に安岐国の都に攻め込まれているはずであるからだ。しかも安岐国の都は八重国の首都。仮に陥落させられていたら此れは一大事である。もし仮に陥落させられていたのら何が何でも奪い返さなければいけない。だが、伊国をほったらかしにすれば出雲に進行されかねない。と、言っても現状船は奪っている。既に巴国の兵が船を解体している筈である。が、だからと言って安心は出来ない。全ての船を奪った訳ではないからだ。
 其れに敵に食糧を奪われた以上、今までの様に奇襲撤退作戦は通用しない。逆に本気で迂駕耶(うがや)制圧に乗り出して来る可能性が高くなった。

 つまり…。

 倭人が本国に撤退する理由が無くなってしまったのだ。
 伊都瀬(いとせ)達はグイグイグイグイ頭を捻る。だが、何度捻っても妙案は出てこない。しかもこうなると軍を二つに分けた事が逆に仇となっている。
 どうしたものか…。と考えている内に気がつけば皆眠りについていた。
 そしてお日様が昇る頃伊都瀬(いとせ)は目を覚ました。目が覚めても妙案は思いつかなかった。取り敢えず安岐国に使者を送るのが先決。其の後の事は其れからにしようと思った。

 だが…。
 そう言う訳には行かないようだ。

 伊都瀬(いとせ)の前に汗だくの娘が二人。二人は別子(べつこ)の三子である。二人は青ざめた表情で伊都瀬(いとせ)を見るなりポロポロと涙を零した。
「どうしたんじゃ ?」
 伊都瀬(いとせ)が問うた。
「わ…わ…若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)大神が…。」
「大神がどうした ?」
「若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)大神が…。討死になされた。」
 娘が言った。
 娘の言葉に伊都瀬(いとせ)はブルっと体を震わせた。

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