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大壹神楽闇夜 2章 卑 2三子族5

 一年が経ち娘達が帰って来た。其れと入れ替わる様に奴婢とお宝を持った娘達が集落を出発し周国に向かった。長い旅から戻って来た娘達は興奮し乍ヤリスの下に行き色々な話を話し聞かせた。其の中で何よりも大きな収穫は稲作である。稲作とは米を作る方法なのだが、此の地にはまだ其れが無かったのだ。
 ヤリスは米が何なのかサッパリ分からなかったのだが娘達が米を大量に持って帰って来ていたので、其れを炊いて皆に振る舞った。
「こ、此れは…。」
「美味しいじゃろぅ。」
「至高じゃ…。」
「じゃよ…。」
 と、皆は一瞬で米の虜になってしまった。パクパクと食べ旨味を噛み締める。
「しかし…。周人は毎日こんな美味いもんを食べておるんか。」
「じゃよ…。」
 と、皆は腹一杯になる迄飯を食い、其れから稲作のやり方を教わった。
「其れより武器はどうなっておるんじゃ ?」
 帰国子女の娘が問うた。
「衛峰殿が送って来よった人夫は採掘は出来よるんじゃが、其れ以外の事はからっきしなんじゃ。」
 娘が答える。
「じゃよ…。此れでは銅が貯まるだけで意味が無いじゃか。」
 ヤリスが言った。
「大丈夫じゃ…。ちゃんと覚えて来よったじゃかよ。」
 帰国子女の娘が言うとヤリス達は満面の笑みを浮かべ喜んだ。
 そして、渡来組は長い道のりを何日も掛けて歩き、日本海に面した浜辺迄エッチラホッホ。一杯の奴隷を連れてナンジャラホイ。
 此の道のりは長く三月かけての大名行列である。そして、浜に着くと周史と娘が待っていた。帰国子女の中の一人が通訳の為に残ってくれていたのだ。娘は周国の服を着ており、其れは娘達の心を鷲掴みにした。
「やっと、来よったじゃか。」
 娘達を見やりハヤナが言った。周国の服を着ていたので当初娘達は其れがハヤナだと気が付かなかった。
「お…。ハヤナ。ハヤナじゃか ?」
「じゃよ…。」
「なんと…。そんなカワユイ服を着ておるから分かりよらんかったぞ。」
 と、話していると、周史が娘達にも服をくれた。娘達は大喜びで貰った服に着替え始めると、その間に周史とハヤナは奴婢と銅を船に乗せた。其れから間もなく船は朝鮮半島に向かい動き始めた。
 船の中で娘達はハヤナから言葉を習った。周史も暇だから其れに付き合いアレやコレと話した。娘達は特使なので扱いが良い。だから、船の中であってもご飯にありつけた。だが、奴婢として献上される者達の扱いは酷い。狭い部屋に押し込まれ、少量の水と僅かな食べ物しか与えられなかった。勿論娘達は其の事を知らない。伝える必要もないので周史も敢えて触れる様な事はしなかったし、娘達は既に奴婢の存在自体を忘れていた。
 そうして一月に渡る航海が終わり、一行は朝鮮半島から周国に向かう事になる。船を降りて銅が降ろされ、奴婢も降ろされる。娘達は其れを見やり首を傾げた。明らかに数が少なかったからだ。娘達は確かに男三十女五十の奴婢を連れて来たはずである。だが、降ろされた奴婢は、其れよりも遥かに少なかった。
「少なくないじゃか ?」
 娘が言った。
「じゃよ…。途中で逃げよったじゃか。」
「其れはいけん。ヤリスに怒られてしまいよる。」
 と、娘達は中を覗き込み、ひょっとして自分達はしてはいけない事をしているのではないかと胸を痛めた。何故なら、船室の中には航海の途中で死んだ大量の死体があったからだ。
「ハヤナ…。其方知っておったじゃか ?」
「我等は奴婢は献上しておらんじゃかよ。」
「じゃかぁ…。」
 と、娘達は死体を見やり目を閉じた。
「さぁ、行きましょう。」
 そんな娘達を見やり周史が言った。
「じゃが、一杯人が死んでおるぞ。」
「奴婢は人ではありませんよ。」
 と、別の周史達が奴婢同士を縄で結び始めた。
「人では…。じゃが…。」
「さぁ、我等は先に進みましょう。」
 と、周史は此れ以上奴婢についての議論はしたく無かったのか無理矢理娘達を連れ歩き始めた。
 何ともな感じだった。確かに娘達も酷い事を平気でする。だが、其れは生き残る為であり、物として扱う為では無い。其れに海の向こうの人が自分達の土地の人をぞんざいに扱っているのを見るのは何とも気分が良い物ではなかった。
 だが、此処で文句を言っても仕方がない。下手に逆らえば関係が悪くなってしまう。だから、娘達は見なかった事にした。
 兎に角…。
 周国にいる間は無かった事にしようと娘達は決めた。
 それから、又一月程テクテクと旅をしていると、見たこともない風景が丘の上から見えた。
「あれが周国の都です。」
 指を指し周史が言った。娘達は其れを見やり言葉を失った。其処から見える風景が余りにも自分達が想像していた世界とかけ離れ過ぎていたからだ。娘達は無言で其れを見やり、周史はそんな娘達を見やりクスリと笑った。
「な、なんじゃ…。馬鹿にしおって。」
「否、ハヤナ殿と同じ反応だったのでつい…。」
 と、周史が言うと娘達はハヤナを見やった。
「ハヤナもそうなんか ?」
「じゃよ…。言葉が出て来よらんかったじゃかよ。」
「矢張りじゃか…。我もじゃ。」
「じゃよ…。しかし、此処から見えよるアレはなんじゃ ?」
「家と店じゃ。」
「家 ? 店 ?」
「じゃよ…。家は我等が住んでおるアレじゃ。店は行きよったら分かりよる。」
 と、ハヤナが言うと娘達は'あれがアレじゃかぁ…。"と、更に困惑した。
「さぁ、先を急ぎましょう。都までもう少しです。」
 と、周史は歩き始め娘達は追従した。
 道中、何度も歩き乍ら娘達は都を見やり其処に何があるのかワクワクした。最早想像する事すら出来なかったのだ。つまり、都に心を奪われた娘達の中で奴婢の存在は本当の意味で無かった事になっていた。
 そして…。
 長い道のりを乗り越えて娘達は都に辿り着いた。
 都に着くと先ず娘達は成王が住む城に案内された。其の道中も娘達は初めて見やる世界に圧倒され続けていた。特に竪穴式住居が一つも存在していない事にはビックリであった。そして、人が住む家と家の間隔が狭い事にも驚かされた。何より店なる物がある事にナンジャラホイである。娘達は店が何なのかを理解するのには少し苦労がいった。
 そして、成王と謁見し奴婢と銅を献上すると、暫く成王とお話をした後成王は二、三人の娘を残して後は担当の者達に案内する様に言った。残った娘は勿論あれである。何にしても娘達は一年近く此の周国で暮らす事になる。そして、文化や文明、周国の言葉を覚え帰って行くのだ。
 二十人の娘達は特別に城で暮らす事を許された。此れは先遣隊の娘達も同様であった。理由は勿論あれであるのだが、娘達は男を喜ばす事にたけていたのでかなり優遇された。城の中を自由に歩き回っても咎められず、町に行ってもタダで飲み食い出来た。だから、残念な事に娘達にはお金と言う概念が無いままだった。
 そんなある日町で奴婢を連れた女を見かけた。奴婢は婢の方で女であった。時折喋る言葉が自分達が話す言葉だったので、何処かの集落から拐われて来た事は直ぐに分かった。娘達は綺麗な周国の服を貰っていたが奴婢は汚いボロを纏い丸で犬の様な扱いを受けていた。

 正直腹が立った。

 奴婢にされている女を知っている訳ではないが、同じ土地の者がぞんざいな扱いを受けているのは気分の良い物ではない。

 娘達は忘れていた船での事を思い出す。

「なんじゃか気分が悪いのぅ…。」
「じゃな…。」
 と、娘達はじっと奴婢を見やる。そして、指が二本欠落してしているのを見つけた。
「指がないじゃかよ。」
「あれは切り落としたんじゃ。」
「じゃよ…。耳も無いじゃか。」
「まったく…。酷い事をしよる。」
 と、娘達が視線を逸らした瞬間。主人の女が大声で叫びながら奴婢の女を物で強く殴りつけた。奴婢の女は必死に跪き許しを乞うが主人の女は何回も何回も力一杯殴りつけ続けた。娘達は流石に我慢ならず助けに行こうとしたが役人が其れを止めた。
「な、なんじゃ。離せ。」
「いけません。」
「何がいけんじゃか ?」
「あの奴婢はあの女の物。奴婢を助ければあなた方が咎められる事になる。」
「じゃから…。なんじゃ ?」
「関係が悪化すると言っているのです。」
 と、役人は強い口調で言った。其の言葉に娘達はグッと拳を握り我慢した。
 別に英雄になりたかった訳ではない。
 ただ悔しかったのだ。
 自分達の同胞が犬以下の扱いを受けている事に我慢ならなかった。

 此れが奴婢じゃか…。

 娘達はようやく其の真を理解した。

 同じ土地に住む者達を拐い奴婢として献上する。同じ集落に住む娘で無いから問題無いと思っていた。だが、違がった。

 同じ土地に住む者は皆仲間なのだ。
 例え争ったとしても、其れが殺し合いだったとしても、其れは先の何かを作り上げる為の戦いである。

 しかし、此れは違う。

 素直にそう感じた。

 我等は奴婢なのだ。

 拐う者達も拐われる者達も皆周国の奴婢に違いないのだ。
 娘達は込み上げて来る怒りをグッと抑え。前を見やり歩き始めた。

 そして、又月日が経ち娘達が無事に帰って来た。ヤリス達は娘達を出迎えもてなしてやった。だが、娘達の表情は暗くヤリスを見るなり泣き出したのだ。ヤリスは何があったのか不安になったが自分達は問題無いと言ったのでヤリスは少しホッとした。其れから娘達が落ち着くのを見計らい話を聞いた。
 話を聞いたヤリスは正直何を言えば良いか分からなかった。娘達が見て感じた事は正しいのだと思う。だが、今は未だ其の時では無い。

 悔しくても…。

 腹が立っても…。

 今は未だ我慢するしかないのだ。

「其れは辛かったであろぅ。じゃが、我には其の辛さが分からぬじゃかよ。じゃから、我も其の真を知るために行きよる。」
 ヤリスが言った。何も知らない自分が偉そうな事を言っても、其れは話にもならない。だから、ヤリスは自分の目で現実を見に行く事にした。
「我も…。行きたい。」
 イリアが言った。
「其方も知りたいか。」
「知りたい。」
「良い…。なら、行こう。」
 と、ヤリスは留守をムサキに預け、朝貢を持って行く娘達と共に周国に旅立って行った。
 長い道のりをエッチラホッホ…。三月も掛かる道のりを歩き乍らヤリスは娘達が話していた事を思い出す。
 だが、聞くだけでは矢張り理解は出来ない。娘達は自分達も又奴婢なのだと言った。ヤリスには何故自分達も又奴婢であるのかが分からない。
 奴婢は自分達の後ろを歩いている者達である。だが、娘達の言う様に此の者達も此の地に生まれし者達である事は確かだ。だからと言って知り合いでも無ければ仲間でも無い、唯の他人である。其れは娘達も十分に理解している事だ。
 理解して尚…。
 悔しかったと感じたのだ。

 此の地に生まれし者が、此の地に生まれた者をどうしようと心は痛まぬ。だが、別の場所から来た者たちに好きかってされる事は許せない…と言う事なのか…。ヤリスはフト奴婢を見やり、此の者達も又ぞんざいな扱いを受けるのかと少し心を痛めた。

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