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大壹神楽闇夜 1章 倭 6敗走6

  亜樹緒はイライラしていた。理由は偵察に行った別子(べつこ)の娘達が戻って来ないからである。”我等は秘密の道を通りよるから二日もあれば行って帰ってこれよる。”と、豪語していたにも関わらず二日目の朝を迎えても帰って来ない。”我等に何か有れば鳩を飛ばしよる”とも言っていたが実際鳩を飛ばされてもどの様に解釈すれば良いのかが分からない。正子(せいこ)の娘は鳩を使わないからだ。だが、其の鳩が飛んで来る様子も無い。
 不国で何かあったのか…。
 偵察がバレて殺されてしまったのか。
 我等は此処にいて大丈夫なのか ? 不安は消えない。伊都瀬(いとせ)は罠かもしれないと疑っている。確かに、一連の話を考えると罠である可能性の方が高い。

 可能性が高い… ?

 そうだ…。何故あの時別子(べつこ)の娘達は逃げ切れたんじゃ ?   
 何故今回は帰って来んじゃか…。
 我が焦り過ぎておるのか…。
 否、其れより海は如何なっておる ?
 海戦はいつ始まりよる ?
 合図の赤粉はまだ上がっておらぬ。
 否、海戦は始まらぬのか…。
 そして、鳩は…。
 鳩は来ぬ。
 何故…。

 つまり…。
 娘達は殺された…。
 殺されたとして何故今回は殺したんじゃ ?

 其れは…。

 倭人が目指すは出雲では無いからじゃ。

 と、亜樹緒は慌てて寝所から出ると都の大門の所に走って行った。が、途中で気が変わり鉈技城(なたぎじょう)に進路を変えた。
 鉈技城は言うまでも無く若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)が住む城である。まぁ、城と言えば立派な石垣からなる建物を連想しがちだが、其れは大きな間違いである。確かに立派ではあるが、石垣など無く一階建ての大きな竪穴式住居の超進化版を連想する方が正しいと言える。だが、中は竪穴式住居の其れとは大きく違う。超進化版なのだから当然と言えば当然の事であり、この頃になると殆どの住居は土禁が当たり前となっている。
 何せ竪穴式住居が用いられる様になってから既に一万年が経過しているのだ。誰が考案者なのかは今となっては知る由もないが、この住居が進化し続け今に至っている事は確かである。其の過程で大きな進展を遂げたのは矢張り周国に支配されていた時期である。
 周国の文化を積極的に取り入れる事により、本格的な城壁や防御壁が作られる様になり、竪穴式住居のあり方も大きく変わっていった。だが、この頃は未だ土禁ではなく靴やサンダルは履いたままだった。土禁に移り変わったのは八重国統一後の事である。つまり竪穴式住居が超進化を果たすきっかけとなったのが鉈技城の建設だったのだ。
 鉈技城の築城には様々な技術やアイデアが盛り込まれた。建物を一から再設計し直したのだ。其れにより地面から少し高い場所に床を作り其れに合わせた枠を作った。地面から一段高い場所に床を作ったのは冠水が多かったからと言う事が一番だが、入城するには階段を登らなければいけなくなった。此れは容易に攻め込めなくする目的もあった。又、入口からぐるっと廊下が城を囲み其処に柵を設けた。此れは豪華に見せる為である。と、言うよりは此れも侵入を容易にさせない為である。中は十の部屋と其れらを繋ぐ廊下、そして広い謁見の間が中央に作られた。十の部屋の一つは大神と王后の部屋である。もう一つは王太子の部屋。残りは公務をする者達が寝泊まりする部屋に使われた。
 そして城の前と後ろ、左右に建物が建設され防御壁と廊下を兼ね備えた壁で四角く繋がれた。城には前方の建物と廊下で繋がれた廊下からしか行けず履物を脱ぐ必要を持たせた。そして周りの建物は全て兵舎である。又四隅には高見台が設けられており常時見張りの兵が周りを見やっているのだ。そしてこの鉈技城を中心に都が建設された。だが、数百年の間に都は大きくなり鉈技城は都の中心ではなくなった。理由は都の東側に建物が集中して増えていったからである。何にせよ此の鉈技城は八重国の象徴であり、其れらを取り巻く都が八重国の首都なのである。
 亜樹緒は其の鉈技城に向かって必死に走る。既に亜樹緒は自身の考えを疑っていなかった。そう、自分達は倭人に図られたのだ。倭人が目指すは此処なのだ…。亜樹緒は必死に走る。が、鉈技城迄の距離はかなり離れている。
 早く…。
 早く…。

 気持ちが焦る。

 だが、その前に警報の役目を持つ銅鐸が都中に鳴り響いた。

 ガンガラガンガラ !
 ガンガラガンガラ ! 

 銅鐸の音がけたたましく鳴り響く。
「しまった ! 先をこされよった !」
 と、亜樹緒は鉈技城に向かうのを止め中央の高見台に進路を変えた。亜樹緒は既にヘトヘトだった。だが、そんな事を言っている場合では無い。銅鐸の音に釣られて娘達も慌てて建物から飛び出して来ている。
「亜樹緒 !」
 走る亜樹緒を見やり娘が叫ぶ。
「敵襲じゃか ?」
 同じ様に走り乍ら娘が問う。
「先を越されてしまいよった。」
「状況は ?」
「まだ、分かりよらん。今は高見台に行く事が先決じゃ。」
 汗をブリブリ撒き散らしながら亜樹緒は走る。銅鐸の音は止む事なく鳴り続ける。蒔絵も銅鐸の警報を聞き慌てて城壁に向かっていた。勿論若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)も剣を握り城の外に出ている。若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)の周りには三池国、鬼国、不国の神がいる。
「大神…。」
「伊都瀬(いとせ)殿の読み通りだな。」
 若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)が言った。
「大神…。此処は我等に。大神は娘達と撤退なされ。」
「馬鹿を申すな。此処は八重の首都。其れに徴兵した民を置き去りに撤退など出来るはずもない。」
「だが、此処には王后と王太子もおられます。」
「まったく…。だから出雲に行けと…。」
 と、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は溜息を吐く。
「あの気性は如何にもなりますまい。其れより何とかせねば剣を抜いてしまいますぞ。」
 不国の神が言った。
「其れは不味い。誰か王后と王太子を連れて逃げてくれ。」
 と、若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)が言ったが皆は目を逸らした。皆が目を逸らした理由は王后の気性にあった。王后気長足姫(おきながたらしひめ)は元名を氷津瑠(ひづる)と言い。元名がある事から卑国…。つまり三子の娘であった。
 本来三子の娘は婚姻はしない。だが、強い国を求める若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は王太子の時に如何してもと氷津瑠との婚姻を求めたのだ。若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)が強く氷津瑠との婚姻を求めたのは正妻の子しか大神になれないからである。だから若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)が王太子に寄せる期待は大きい。だが、実際は氷津瑠が甘やかして育てたので驚く程軟弱である。
 王太子は軟弱だが王后気長足姫(おきながたらしひめ)は違う。此処鉈技城に残ったのも民が国を守る為に残っているのに、次の大神になる王太子が其の民を捨て出雲に行くなど持っての他。と、皆を一括してしまったからだ。其れに何かあれば気長足姫(おきながたらしひめ)は戦う気満々なのだ。
 若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)は気長足姫(おきながたらしひめ)の気性を誰よりも理解している。だから、それ以上は何も言わなかった。
 だが、其れが仇となろうとしている。敵が何処から攻めて来ているのかは分からないが何としても王太子は逃さなければならない。此処で若倭根子日子毘々(わかやまとねこひこおおびび)と王太子が討ち取られてしまう様な事があれば後を継ぐ者が居なくなってしまうのだ。
「兎に角城を固めよ。」
「応。」
 と、神達は城の周りを兵で固めた。
 その頃亜樹緒は中央の高見台に到着していた。激しく息を切らしながらも亜樹緒は高見台に登る。だが、中央の高見台は他の高見台よりも遥かに高い。都の中央から全てを見渡すのだから当然高い。
「まったく…。高すぎじゃかよ。」
 ブツブツ言いながらも必死に登る。セッセッコ、セッセッコと高見台を登り頂上に着くや亜樹緒は直ぐに外を見やる。そして、腰を抜かしそうになった。
「な…。なんじゃか此れは。」
 亜樹緒の目に映った風景…。其れは絶望である。亜樹緒は絶望の中周りを見やる。ハッキリとは分からないが既に都は包囲されている様に見えた。
 亜樹緒はグッと銅鐸を握る。と、言っても亜樹緒が握っているのは長い棒であり、銅鐸は其の先端に吊るしてある。
 其の棒を亜樹緒は力一杯振る。銅鐸がコーン、コーンと鳴り響く。が、警報の銅鐸の音と混じって何が何やら分からない。
「あー。警報がじゃまじゃか。」
 と、亜樹緒は下を覗き込み下にいる娘に叫んだ。
「八千代 !」
 亜樹緒が叫ぶ。八千代は下を見やる亜樹緒を見やり首を傾げる。
「八千代 !」
 更に大きな声で呼ぶ。
「おー。なんじゃ ?」
「警報が煩い ! 止めて欲しいじゃか !」
「警報がなんじゃ ?」
「止めて !」
「なんじゃ ?」
「警報を…。」
 と、叫んで腕でバツを作って見せる。
「あー。警報をバツじゃな。」
 と、八千代は同じように腕でバツを作った。
「頼みよる !」
 と、亜樹緒が言うと八千代はパタパタと走っていった。
 警報が止む迄の間亜樹緒は必死に周りを見やり考える。既に都は取り囲まれている。が、周りは城壁に囲まれ侵入は出来ない。其れに城壁の上には弓兵がいる。都に入る門は既に閉じられている。

 焦るな…。
 敵は直ぐに侵入して来る事は無い。

 だが、此処には…。
 此処には王太子がいる。

 不味い…。

 何としても死守せねば…。

「だから出雲に行けと言うたんじゃ。あの頑固BBA。」
 と、亜樹緒はブツブツ。ブツブツ言いながらも底知れぬ違和感が亜樹緒を襲う。

 其れより、何故敵は都を包囲しておるんじゃ ?
 周りは城壁に囲まれて…。

 あ…。
 あ…。

 雨じゃ…。
 空を覆う雨じゃ。

 と、亜樹緒は三日月砦での戦を思い出した。
「いけん…。皆を城壁から離さねば。」
 と、此の時銅鐸の警報が止んだ。
「八千代。やりよる。」
 と、亜樹緒は銅鐸を鳴らす。
 都が包囲されている事、そして敵が無数の矢を射って来るであろう事を告げる。
 直ぐに城壁から離れよ。
 矢を討つな。
 盾を構えよ。
 亜樹緒は銅鐸を鳴らし皆に告げる。
 ただ、此の指示を理解出来るのは娘達だけである。だから、娘達は其の指示を八重兵に大声で伝えた。
 其の直後無数の矢が天に放たれた。その矢は天を覆い降り注ぐ雨の如く飛来して来た。だが、これで終わらない事は既に経験済みである。敵は少なくとも後三回は矢を射って来る。だから亜樹緒は更に銅鐸を鳴らす。
 守れ。
 まだ討つな。

 其の音が示す様に更に矢が降り注ぐ。
 其の間も亜樹緒はジッと外を見やっている。
 敵はまだ動いていない。 
 もう一回矢を射って来る。

 亜樹緒の睨んだ通り矢の雨が更に降り注ぎ、その直後敵が動いた。其れに合わせる様に亜樹緒が銅鐸を鳴らす。

 攻めよ。
 矢を放て。

「今じゃ ! 矢を放て !」
 娘達が叫ぶと盾を構えていた弓兵達が弓を構え迫り来る倭兵秦兵に矢を放った。倭兵秦兵は既に餓死寸前である。だが、幸いな事に武器と鎧はやる気満々である。そして、残念な事に八重軍の武器は鎧を貫けない。つまり、鎧を付けていない部分に当てなければ敵は平気なのだ。しかも、倭兵に後は無い。何が何でも奪わなければならないのだ。
 矢を射って来る中を進み城壁に梯子を掛け秦兵が登って来る。其れを八重兵と娘達は矛で秦兵を突き落とす。だが、下からは秦兵が矢を討ち其れを阻止して来る。
 城壁での攻防が続く中、後方から矢が放たれる。が、亜樹緒は其れを読んでいた。既に盾部隊を城壁に待機させていたのだ。飛来して来る矢を盾部隊が盾で屋根を作り弓兵達を守る。此れにより被害は最小にする事が出来る。だが、初めの様に避難させる事は既に出来ない。避難させれば城壁を越え侵入されてしまうからだ。
 此の様な攻防がいつ迄続くのか ? 先は見えないが何れ突破される。其れよりも肝心なのは大門である。あれを破られれば確実に侵入されてしまう。だが、此処からでは大門の様子が分からなかった。
 大門は大きく高さもある。だから、大門の内側の様子は辛うじて分かるのだが外の様子迄は分からない。亜樹緒は銅鐸を鳴らし大門の状況を教える様に告げた。其の指示を聞き蒔絵が大門の所に向かう。亜樹緒と同じく指示を出す役目の蒔絵で無く他の娘を行かすべきなのだが銅鐸を持っているのは亜樹緒と蒔絵しかいなかった。他の月三子は海戦組として浜に向かったので此処にはいないのだ。だから、大門の様子を直ぐに伝える事が出来るのは蒔絵だけだったのと、亜樹緒の指示で動いている今蒔絵が指示を出す必要がなかったと言う事もあった。
 勿論、大門の所にいる娘達は其の指示をシッカリと聞いていた。だから、其の中の一人が伝えに行くと言う事も出来る。本来ならそうするのだが大門は大変な最中だったのでそんな余裕はなかったのだ。
 ドン !  
 と、大きな音と共に大きく門が弾ける。大門は大きく太い木で開かぬ様鍵を掛けているが、其れを壊そうと外からとてつもなく強い力で大門に衝撃を与えられている。
 八重兵と娘達は大門が開かぬ様必死に大門を押さえるがドンと言う音が鳴るや其の衝撃で体が飛ばされてしまう。
「も、門を押さえろ !」
 八重兵が叫ぶ。
「皆で門を…。」
「何か押さえる物はありよらんのか ?」
「無い !」
「まったく…。」
 と、娘は門を押さえに行く。が、太い木の鍵は既に折れ掛かっている。大門自体も外枠、中枠が折れ板が破壊されようとしていた。
「駄目じゃ…。何とかなりよらんのか。」
 と、城壁を見やるが城壁も大変な最中である。
 城壁から矢を射っている兵は侵入して来る倭兵秦兵を討ち乍ら大門を砕こうとしている倭兵秦兵をも討たなければならない。又梯子を登って来る倭兵秦兵を矛を持つ兵が必死に突き乍ら下に落とそうとするが其れを下にいる倭兵が矢を射ち阻止してくる。其れに離れた場所からは弓兵を狙って矢が飛んで来ている。
 弓兵が討たれれば別の弓兵が城壁に登り矢を放つ。娘達も城壁に登り矢を射っているがキリがない。兵がセッセと矢を運んで来るがソロソロ限界である。何故なら矢の殆どは海戦の為に持って行ったからだ。
「吼比(くひ)…。ソロソロ矢が。」
 八重兵が言う。
「限界か…。」
 と、吼比(くひ)は城壁から外を見やる。外はまだまだ敵だらけである。そして大門を壊そうとしている者達は激しく巨大な丸太で大門に攻撃を与えている。
「状況は如何なっておるじゃか ?」
 其処にパタパタと走って来た蒔絵が問うた。
「蒔絵…。ソロソロ限界じゃかよ。」
 と、娘は状況を蒔絵に伝えた。蒔絵は直ぐに銅鐸を鳴らし亜樹緒に其れを伝えた。

 コーン、コーンと銅鐸が鳴る。

 其れを聞いた亜樹緒はどうにかならぬかと周りを見やるが何せ兵の数が足りない。と、其処に目についたのは鉈技城を取り囲む八重兵である。其の数は千はいる。
「何を呑気に…。」
 と、思うが其処に娘はいない。だから、指示が伝わっていないのだ。
「娘がおらんじゃか…。」

 否…。

 おるでは無いか。

「あのBBA…。呑気に茶を啜っておるのではないであろう。」
 と、亜樹緒は気長足姫(おきながたらしひめ)に向けて激しく銅鐸を鳴らした。

 コーン

 コーンと激しく銅鐸が鳴る。

 気長足姫(おきながたらしひめ)はジッと其れを聞いている。
「クス…。ソロソロ限界じゃか。」
「母上…。都が落ちるのか ?」
 と、王太子は気長足姫(おきながたらしひめ)にギュッとしがみつく。気長足姫(おきながたらしひめ)は優しく王太子を抱きしめてやる。
「大丈夫じゃ…。王太子は何も心配せんで良い。」
 と、気長足姫(おきながたらしひめ)は腰を上げた。
「母上…。」
 王太子はブルブルと震え気長足姫(おきながたらしひめ)を見やる。
「婆や…。婆や。」
「ハイハイ此処に。」
 戸を開け婆やが中に入って来た。
「王太子を頼みよる。」
「仰せのままに。」
「は、母上…。何処に行くのだ ?」
 王太子が問う。
「王太子の恐怖を振り払いに行って来よる。」
 そう言うと気長足姫(おきながたらしひめ)は腰にぶら下げた剣を抜きスタスタと歩いて行った。

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