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大壹神楽闇夜 2章 卑 1疫病2

 項蕉(こうしょう)と三佳貞は伊国の都をブラブラと散策していた。都の中は秦の民と倭の民が多く生活を営み始めている。多くと言っても其の殆どは倭人である。秦兵と秦の民は其の多くが新たな都の建設に駆り出されていたのだ。
 項蕉(こうしょう)は四人での話し合いが終わった後、三佳貞に都の案内を頼んだのだ。三佳貞はナンジャラホイと思いながらも承諾したので、都馬狸(とばり)はもう暫く項雲(こううん)と話をする事にした。
「しかし…。倭人が多いのぅ。」
 周りを見やりながら三佳貞が言った。
「蘭玖卯掄(らんくうりん) が呼び寄せていたみたいよ。」
「蘭玖卯掄(らんくうりん) じゃか…。」
「蘭玖卯掄(らんくうりん) は頭の良い娘…。色々裏で手を回しているのよ。」
 と、項蕉(こうしょう)はチラチラと周りを見やる。
「じゃかぁ…。じゃが、何で始皇帝は倭人を倒したいんじゃ ?」
「倒したいのでは無く。滅亡させたいのよ。一人残らず…。」
「歴史から消し去りたいと言う事は聞きよった。じゃから、我が知りたいんは…。何故、命を掛けてまで倭人を滅亡させたいのかじゃ…。」
「そうねぇ…。始皇帝も色々あったのよ。」
「色々 ?」
「そう…。始皇帝は順風満帆で秦王になれたわけじゃ無いのよ。其れこそ幼子の時から命の危険に怯えていた事もあったらしいの。」
「じゃかぁ…。」
「其の時の経験とか秦王になってから得た知識とかが混ざり合ってこのままでは駄目だと感じたのよ。」
「じゃかぁ…。経験と知識じゃか。」
「そう…。其の中で特に始皇帝の心を動かしたのが異国から伝来したキリスト教。」
「チリトリコウ ?」
 と、三佳貞は聞き返す。
「キリスト教よ。始皇帝は其処で真の神がなんたるかを知ったのよ。」
「真の神 ?」
「そう。神は神。人は神にあらず。」
「つまり…。神と称する倭人は紛い物じゃと。」
「そう言う事。我等は神の奴隷では無い。だから、我等を奴隷として扱う倭人を滅亡させ、歴史から倭人を消し去る事で自分達が奴隷であった事を消し去りたいのよ。」
「あ〜。つまり、嘘の歴史を後世に残すと言う事じゃか…。」
「そう言う事。」
「壮大じゃな…。じゃが、上手く行きよるんか ?」
「クス…。上手く行くも何もやっちゃったからね。」
「民を人質に取られよる様な大ポカをしておいて何を笑っておる。」
 と、三佳貞は項蕉(こうしょう)を睨め付ける。
「まったく…。詰めが甘いのよ。始皇帝も夫も…。」
「其の所為でこっちは大惨事じゃかよ。」
「ええ…。だからこそ。失敗は許されない。」
「分かっておる。」
「我等民も抜かり無く事を進めましょう。」
「頼みよる。此れは演技が大事なんじゃ。」
「了解よ。」
「其れと武器職人を早急に手配して欲しいんじゃ。」
「武器職人 ? 鍛冶屋の事ね。」
「じゃよ。神楽がエクスカリバーを欲しておるんじゃ。」
「神楽…。あぁぁ。倭族の大将軍を五人も討ち取った娘さんね。」
「じゃよ…。」
「なら、良い職人がいるわよ。」
 と、項蕉(こうしょう)はニンマリと三佳貞を見やった。
 其れからも二人は色々な事を話しながら伊国の都を散策した。
 そして、翌日そうそうから三佳貞達は行動に移った。三佳貞達は山に入り三種類の草を必死に集め、項蕉(こうしょう)達は秦の民に其れとなく此度の策を伝えた。皆を集め説明する方が早いのだが、倭人にバレてしまう恐れがあった。だから、項蕉(こうしょう)は世間話をする様にコソコソ話したのだ。其の策を聞いた者は次の者に聞かせた。
 李禹(りう)も都の建設現場に行きコソコソと策を話し回り、其れを聞いた者達が更に広めて行く…。こうして、三佳貞の策は三日かからず秦の民に行き渡ったのだ。其れから更に三日後、三佳貞達は疫病をばら撒き始めた。
 三佳貞達がばら撒く疫病…。其れは三種類の草から作る毒である。此の毒を水に混ぜて飲むと、体から赤い斑点が浮き上がり高熱を発症させる。其れから数日間放置する事で仮死状態に陥らせる事が出来る。勿論そのまま放っておくと本当に死んでしまうので解毒剤を飲ませるのだが、倭人達がいる所で其れを飲ませる訳にはいかない。だから、秦の民の協力が必要となる。

 何より大事な事は大袈裟に騒ぎ立てる…。

 此れにより変な病が流行り出したと倭人に認識させるのだ。初めは少数。それから、徐々に数を増やして行く。死体を放置すれば蔓延しかねないと騒ぎ山で死体を焼くと訴える。仮死状態の民には山に運ぶ道中で解毒剤を飲ませる。此れで難なく出雲に亡命させる事が出来るのだ。
 だが、此の策には一つ大きな問題があった。其れは倭人にはうつらないと言う事である。既に迂駕耶(うがや)には数千人の秦の民がいる。此の人数分の草を集めるだけでも厄介なのに、其の一部を倭人に使うとなると更に厄介な事になる。つまり、草が無くなってしまうのだ。だから、倭人には使えない。
 だから、其処は何となく倭人は体の作りが違うからうつらないのでは ? と、言う設定にした。三佳貞は蘭泓穎(らんおうえい)と蘭玖卯掄(らんくうりん) は不審に感じるかとも思ったが、秦の民が名演技を見せてくれたので其の心配はない様に思えた。
 まぁ、名演技と言うよりも秦の民は本気で気持ち悪い者を見ているかであった。其の理由は矢張り赤い斑点である。秦の民は斑点が体に浮き上がる…。と、聞いていた。だが、実際は斑点では無く赤いブツブツが大小問わず体に噴き出ている。しかも、其の周りは腫れ上がり見ているだけで痛々しいのだ。赤いブツブツからは膿が垂れベッピンさんもハンサムさんも其の原型が消え去り、化物見たいな姿に変わってしまっている。そして、高熱を発症し意識は朧げとなる。
 其れを見た秦の民はエライコッチャ…。
 倭人も其の姿が気持ち悪かったのか直ぐに其の者達を隔離する様に言った。秦の民達は言われるがまま其の者達を隔離するのだが、本当にこれが治るのか不安になった。項蕉(こうしょう)も予想の斜め上を行く内容に不安が胸を締め付けた。
「しかし…。どえらい騒ぎになりよったじゃかよ。」  
 予想の斜め上を行く結果に千亜希はかなり驚いた。
「其れだ必死なんじゃよ。」  
 三佳貞が言う。
「しかし…。名演技じゃ。」
 美涼が言う。
「じゃよ…。此の演技には流石の倭人も騙されよる。」
 と、娘達は秦の民の演技力に驚かされていたのだが、此れは演技ではない。と、娘達もいつまでも高みの見物をしている暇は無い。山に連れて行く段取りと解毒剤の用意。秦の民の代わりに焼く死体を集めなければならない。
 娘達は各々の役割に合わせてセコセコと段取りを進めた。
 娘達の役割は以下である。
 毒を作る組
 解毒剤を作る組
 噂を広める組
 毒を飲ませ、山に運ぶ組
 運び屋をする組
 秘密の集落で世話をする組である。
 其れから七日後…。初めての死者が出た。死者と言っても仮死状態であるのだが、秦の民と娘達はやたらと大袈裟に騒ぎ立てた。
 此れは死の病だとか死体から病がうつるだとか…。
 焼かねば危険だとか…。
 そんな、民を見やり倭人も其の方が良いと思った。否、そもそも蘭泓穎(らんおうえい)達はサッサと焼いてしまえと言っていた。
 だから、問題無く山に連れて行く事が出来た。だが、秦の民達は山に運び乍らこのまま本当に死ぬのでは無いかと不安に思っていた。が、解毒剤を飲ませ、其れから数回心臓をグイグイ抑えると息を吹き返したので皆は取り敢えずの安堵感を得る事が出来た。
 山に着くと秦の民達は用意されていた死体に火をかけるのだが、此の死体が又おぞましかった。娘達は戦死した者達の死体と言っていたのだが、よくよく考えると戦が終わったのは十日程前である。此の死体を見やる迄秦の民達は死後二、三日の死体を想像していた。だが、目の前にある其れは既に腐敗し虫が死体を食っていたのだ。
 原型など無い。チンコが有れば其れが男だと分かるのだが腐り落ちていれば判別は不可能な状態である。娘達は"腐っておろうがおるまいが焼いてしまえば同じじゃ…"と、言っていたが余りのおぞましさに皆ゲロゲロしていた。
 娘達は死体は集めて来るのだが、焼くのは秦の民の役目と勝手に決めていたから、そのまま感染者を浜辺まで運ぶ。運んだ感染者は、解毒剤が効くまで動けないので娘がおんぶして葦船に乗せる。そして、運び屋の組の娘が秘密の集落迄秦の民を連れて行くのだ。
 そして、日々感染者を増やして行く中でとうとう運命の日がやって来た。項蕉(こうしょう)が鄭孫作を連れて三佳貞の所にやって来たのだ。三佳貞と項蕉(こうしょう)、鄭孫作は余り人目のつかない川辺で話をする事にしたのだが、三佳貞は鄭孫作を余り歓迎していない顔で見やっていた。
「項蕉(こうしょう)殿…。我はエクスカリバーを作れる者を頼みよった筈じゃ。」
 気に入らぬ顔で三佳貞は項蕉(こうしょう)を見やる。
「ええ…。ですから、此の者を此処に。」
 と、項蕉(こうしょう)が言うので三佳貞は再度鄭孫作を睨め付ける。
「私では気に入りませぬか…。」
 鄭が言った。
「気に入らぬ。」
「其れは私が若いから…。」
 と、言った鄭は二十七才。鍛冶職人としてはまだまだ見習いの年である。
「じゃよ…。」
 と、三佳貞が言うと鄭はニコリと笑みを浮かべ剣を抜いた。
「三佳貞殿…。此れは私が鍛えた剣。」
 と、三佳貞に渡した。三佳貞はナンジャラホイと渡された剣を握った。其の刹那、全身に鳥肌が立った。
「な、なんじゃ此れは…。」
 と、三佳貞はマジマジと其の剣を見やる。見た目は何て事の無い剣だが、刃の部分が全く違った。此れは八重国や卑国の刃の無い剣と比べて言っているのでは無い。三佳貞が見てきた刃の有る剣と比べて感じているのだ。

 此の剣は…。
 兎に角美しかった。

 そして、其の先にある異様な迄の恐怖。

 気がついたら三佳貞は木の枝を切っていた。切った感触さへ感じさせない切れ味に三佳貞はブルっと体を震わせた。
「み、見事な剣じゃ…。」
「有難う御座います。」
「鄭殿…。失礼したじゃか。」
 と、三佳貞は剣を返す。
「とんでもございません。人が年で判断するは当然の事…。」
「我は其の様に美しい剣を初めて見よったじゃかよ。」
「私の自信作です。」
 と、鄭が言うと三佳貞はニンマリと笑みを浮かべて項蕉(こうしょう)を見やった。
「気にいると思っていましたよ。鄭は秦国一の鍛冶職人ですから。」
「其の様じゃ…。」
「其れでそろそろ鄭と麃煎(ひょうせん)、王嘉(おうか)、李禹(りう)を其方にと…。」
「麃煎(ひょうせん)… ? 李禹(りう)は分かりよるが麃煎(ひょうせん)は秦の将軍ではないか。」
 と、三佳貞は驚き言った。
「そうです。此方が本気である事を見せねば八重国は不安になるばかりでしょう。」
「じゃな…。其れは王后も伊都瀬(いとせ)…。否、大王も喜びよる。」
「ええ…。是非謁見出来ればと思います。」
「分かりよった。じゃったら、万全の体制で亡命させねばいけん。」
「宜しく…。」
 と、話が終わり三人はバラバラに散って行った。

 そして…。

 千亜希と美涼が其れを伝えに来たのである。

「ほぅほぅ…。既に亡命作戦が始まっておったじゃか。」
 伊都瀬(いとせ)が言った。
「じゃよ…。既に出雲にある秘密の集落は大賑わいじゃ。」
「そうなんか ? 都馬狸(とばり)が迂駕耶(うがや)に行ったきりじゃから情報が入ってこんじゃかよ。」
 水豆菜(みずな)が言う。
「今は秘密の集落におる娘以外は皆迂駕耶(うがや)におる。」
「成る程じゃ…。話は分かりよった。では、神楽と共に行くと良い。」
 と、伊都瀬(いとせ)が言うと香久耶はジ〜っと伊都瀬(いとせ)を見やり"我も行きたい"と、言った。
「ほぅ…。香久耶も行きたいと…。」
「お姉ちゃんだけじゃったら道に迷いよるし…。」
「何を言うておる。我はバシッビシッじゃ。」
 と、団子を食べながら神楽が言う。
「否、他の娘もつけよ…」
 と、水豆菜(みずな)が言うのを伊都瀬(いとせ)が止める。
「良い…。香久耶も今の迂駕耶(うがや)を見ておくと良い。」
 と、伊都瀬(いとせ)が言うと香久耶は両手万歳で喜んだ。
「伊都瀬(いとせ)…。」
 困った顔で水豆菜(みずな)が伊都瀬(いとせ)を見やる。
「偶には良いでは無いか…。此れも社会勉強じゃ。其れに神楽もおるし…の。」
「じゃよ。社会勉強じゃ。」
 と、香久耶は大喜びである。だが、其れを見やっている千亜希と美涼は何ともバツの悪い表情で四人を見やっている。
「どうしたんじゃ ?」
 と、水豆菜(みずな)が問う。
「あ〜。いや…。その…。」
 美涼は口を濁す。
「なんじゃ ? 言いたい事はハッキリ言うべきじゃぞ。」
 伊都瀬(いとせ)が言う。
「あ〜。いや…。神楽達が来よるんは浜辺迄じゃ。都には入らんじゃかよ。」
「入りよらんのか ?」
 伊都瀬(いとせ)が聞き返す。
「入りよらん…。」
「何故じゃ ?」
「其方らが来よったらバレてしまいよるじゃかよ。特に神楽は…。」
 と、二人は神楽を見やった。神楽は知らん顔で団子を食べている。
「神楽はバレよるか…。」
「バレよる。神楽は絶対暴れてしまいよる。」 
「確かに…。」
 と、五人は神楽を見やった。神楽は腹一杯団子を食べたので締めの花水をゴクゴク飲んでいた。まぁ、神楽にとってはどうでも良い話なのだが、武器職人が来ると言う事には少しワクワクしていた。
 そして、翌日そうそう神楽は神楽無敵部隊の娘二人と香久耶、千亜希と美涼と共に迂駕耶(うがや)に向けて出港して行った。

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