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大臺神楽闇夜 1章 倭 2襲来4

二十隻の戦船が五隻で一つの形を作り四隻の船を攻める。激しく鳴り響く銅鐸の音が戦闘の激しさを伝えているが秦軍、倭軍のジャンク船は三百隻、加えて武器の性能も遥かに劣っている。勝っている物があるとすれば船の性能ぐらいか…。否、此れは用途の違いからの優位と言うやつに過ぎない。だが、海戦の訓練を積んできた八重国の兵は秦兵にとって厄介な存在として其処にいる。
 波は穏やかであっても足場は常に不安定である。狙いが定まらずその間に顔面を射抜かれ兵が一人、又一人死んでいく。
 だから、弓兵は兎に角矢を射った。当たらずとも牽制にはなるし、偶々偶然当たる事もある。だが八重国の兵は倒れない。矢が足に刺さっても、腕に刺さっても腹に刺さっても死ぬまで向かって来るのである。
 侵略する者とされる者。
 強者と弱者。
 圧倒的な差があれど立ち向かって来る者は脅威であり驚異である。
 矢が刺さる度に力強い衝撃が体を突き抜け、後方に飛ばされそうになるも八重兵は踏ん張り弓を引く。矢は何本も体に刺さり体から流れ出る血は甲板を真っ赤に染めている。此の衝撃にも痛みにも慣れた。兵士の目はそう言っているかの様に秦兵を睨め付け矢を放つ。
 やがて銅鐸の音がコーンコーンと鳴り響く。
 ただ鳴らしているのでは無い。状況に応じて指示を出しているのである。
「紐を掛けろ !」
 軍隊長やら兵士やらが叫ぶ。其れに呼応する様に兵士達が三又フックの鉤爪をジャンク船の手摺りに向けて投げ始めた。
 敵船から離れて行くのを防ぐためでは無い。その紐を蔦って乗り込む為である。八重兵は次々に紐を投げる。鉤爪が次々に手摺りに掛かっていく。その度に戦船がグラリグラリと揺れる。
 グラリグラリ
 グラリグラリと船が揺れる。
 兵が投げた紐の一つは戦船に繋がれているので、大きな船の力で激しく船がドンブラコッコになる。だが、八重兵は体制を崩す事なく弓を構える。鉤爪を外そうとする秦兵を射抜く為である。乗り込みを妨害する秦兵を殺す為である。が、既に八重兵は瀕死である。無傷の者は殆どいない。
「八重が鉤爪を投げてきたぞ ! 外せ !」
 と、声を張り上げる秦兵も又無傷の者は非常に少ないと言えた。秦側も簡単では無い。海戦の経験はおろか訓練さえした事がなく。如何に武器や戦術が上回っていようと想定外の戦闘の中では無力に近かった。
 秦兵にとって海戦はただの悪夢だったのかも知れない。大国の覇者である秦も偉大なる自然の前では悪戯に兵の数を減らしていくしかなかったのだ。気がつけば六十人いた兵士の数は半数近く迄減り、矢は既に尽きかけている。
 グラリ グラリとジャンク船が揺れる。一隻の戦船なら大きな船に然程の影響は無いのかも知れないが、五隻の戦船が一斉に鉤爪を投げ戦船とジョイントしたのだ。ジャンク船は想定外の力に安定を失い秦兵は鉤爪を外す事もままなくなる。
 グラリ グラリと強く揺れる中で、其れでも秦兵は鉤爪を外そうとする。が、其れを待っていたかの様に海上から矢が飛んでくる。
「外せ ! 鉤爪を…」
 と、指示を出すが鉤爪は強く柵に食い込んでいる。
 何とか鉤爪迄辿り着き、矢の餌食にならぬ様にと鉤爪を外そうとするが、うんともすんとも言わない。
「船を動かせ ! 秦軍の船を揺らせ !」
 鉤爪に強く力が掛かっている理由は此れである。八重軍はジャンク船が風を受けて進む方向とは違う方向に戦船を進ませているのだ。此れによりジャンク船は想定外の力を想定外の場所から受ける事になり、柵に掛かる鉤爪にも強い力が掛かる様になる。
「休むな ! 登れ !」
「おうよ !」
「秦兵を殺せ !」
 そして、八重兵は次々に紐をつたい船を登りはじめた。
「吼比。此処からですぞ…。」
 銅鐸を鳴らしながら存(たも)つまり軍隊長が言った。だが、雨廼灘越は答えない。
「吼比…く…。」
 と、存は雨廼灘越を見やり唇を強く噛み締めた。雨廼灘越は倒れぬ様手摺りを掴んだまま既に絶命していた。その眼は強く秦兵を見据えている。死んでも尚雨廼灘越は秦兵と戦っているのである。
「吼比…。何と立派な。」
 と、存は更に強く銅鐸を鳴らし皆を鼓舞した。
 だが、忘れてはいけない。何度も言うが八重が相手にしているのは、三百隻中たったの四隻であると言う事を…。そして尚その大半以上の船は依然進路を迂駕耶に向けている。秦兵が苦戦していようと倭人の関心は迂駕耶であり、高天原でもなければ海上の覇権でも無い。
 そんな事は、要するにどうでも良いのである。覇権だ何だと言うのは下々の民がすべき事だと倭人は考えているし、そもそもの話し侵略も何も八重国は愚か世界の全てが自分達の物だと倭人は思っている。

 だから…

 侵略するのは倭人では無く秦国の兵であり、彼等には侵略も覇権も蚊帳の外の話と言う事なのだ。
 だから、秦軍が手を焼いていても素知らぬ顔で倭族の船は迂駕耶に向かう。

 何の為に ?

 覇権も侵略も蚊帳の外の倭族が何の為に八重国に来たのか…。数百年もの間素知らぬ顔をしていた八重国に自分達の存在を知らしめる為なのか ? たが、当初帥升は乗り気でなかったのは確かである。その帥升が今は倭軍を率いて迂駕耶をとらえている。

 その真意は ?

 其れは八重の民には分からぬ事である。
 分からぬが倭族の侵攻を止めなければいけない。だから、三佳貞は鐘を鳴らす。

 トゥィーン トゥ トィーン トゥ キーン トゥ…

 鐘が鳴る。
 鐘が示す言葉それは、敵此処に無し。我等敵は左後方にあり。である。だが、既に眞姫那と音義姉は八重兵と交戦している秦軍に攻撃を開始していた。
 三佳貞が船室に侵入して直ぐ、眞姫那と音義姉は狭い通路を一気に走り抜け先ず初めに一番近くの秦兵に飛び掛かり合口で喉を突き刺した。真逆の出来事に周りの秦兵はまだ気付いていない。そのまま休む事なくもう一人…。近くにいた秦兵の喉を突き刺す。
「うが…。ぐ、が…。」
 喉から血を吹きださせ苦しそうに喉を押さえながら秦兵は床に膝をつく。そしてもう一人…。
「だ、誰だ ! 八重兵か。」
 と、都合良くは行かない。流石に気づかれる。秦兵達は直様剣を抜き眞姫那達を包囲しようとするが船の揺れが秦兵達の動きを制限する。此れは眞姫那も音義姉も同じである。だが、眞姫那と音義姉には必殺の空中殺法がある。
 上手く体制を取れない秦兵の体を掴み其れを台代わりに高く空を舞い秦兵の首めがけて蹴りを出す。その反動で又空を駆けもう一人…。
 眞姫那は其れを五回連続で決める事が出来る。音義姉は残念な事だが三回が限度である。だが、今回の様に密集していれば四回も夢では無い。特に真面に体制が取れない状況では飛んでくる娘を斬り落とす事もままならない。ただ悪戯に首をへし折られるのを待つだけである。
 とは言え一度着地してしまうと困った状況になる。誰も眞姫那と音義姉に近づかないからだ。眞姫那は周りを見やる。秦兵に囲まれ音義姉の場所が把握出来ない。そしてこの様な状況になった時の為の鐘が鳴らない。
 困った…。
 眞姫那は秦兵を睨め付ける。
「女…?」
「女の兵士だと…」
 秦兵達は眞姫那を見やり首を傾げた。秦国には女の兵士がいないからである。否、秦国が戦をして来た国にも女の兵士はいなかった。だから、女が戦うと言う概念自体がなかったのである。「女だったらなんだ。」
「なんと、我等の言葉を話すか。」
「…。」
「侮るな。その女は三子だ。」
「三子…。」
「大将軍が言うておった例の部族か…。」
 と、秦兵達はチロリと殺された仲間を見やり眞姫那を見やる。
 三子と言った秦兵は何をもって眞姫那達を三子と言ったのかは分からないが、確かに三子と言われればこの一瞬の殺戮劇にも納得が出来た。
 項雲が言っていた凶暴で裏から八重を支配している女族。八重国の属国でありながら力は八重国を遥かに凌ぐ強さを持ち、常に人を殺し、支配し、逆らう者には容赦無く…。男を惑わしたぶらかし、流れ出る血を啜り、殺した男の肉を喰らい、獰猛で死をも恐れぬ種族。
 と、項雲はそこ迄は言ってはいないが話には尾鰭が付くものである。勝手に話が一人歩きを始め気がつけば何ともな話になっている。が、現実を目の当たりに其れは大袈裟で無いと知る。
 現に娘は此処にいる。死をも恐れぬと言う事は強ち間違ってはいない。
「冗談かと思っていたが、真にいるとは…。」
「いたがなんだ。」
「矢張り三子か…。」
「眞姫那だ。覚えておけ。」
「眞姫那…。」
 と、秦兵が騒つく。
「氏が”ま”名が”きな”だ。」
「ま きなだな。」
「眞姫那で良い。」
 少し恥ずかしそうに眞姫那が言った。
「そうか…。」
「じゃよ…。」 
 と、船がグラリと揺れる。船の揺れに体が持っていかれるが、何とか剣を構え秦兵達は眞姫那を捉え離さない。眞姫那は右構えでスッと右腕を前に突き出しつま先で立つ。此れは岐頭術の基本的な構えである。右利きなら右構え、左利きなら左構えとなる。つまり、本来主とされる構えの逆なのである。
 秦兵達はその見慣れない構えにどうしたものか考える。本来なら妙な構えだろうと何だろうと有無を言わせず斬りかかるのだが、先程の空中を駆けたりと妙な動きもある。
 だが、考えていても答えは出ない。
「殺せ ‼️」
 そう叫び一人の秦兵が剣を振り翳し襲い掛かって来た。眞姫那は其の行動をジッと見やり秦兵の動きに合わせてその攻撃を受け流した。
 岐頭術の極意は受け流しにあると言っても過言では無い。相手の力を殺さずあらぬ方向に持っていき其の隙をついて相手を殺す。又は相手の力を利用して敵を討つ。つまり小さな力でドッカン成敗と言う事である。
 秦兵が振り下ろす剣の力を殺さず合口で受け流す事により剣にかかる力が体を前方に持っていく。其れは自分の体制が崩されたと言う事である。眞姫那はその隙を逃さず合口で秦兵の喉を切る。
 この時大事な事は、右足を軸に左足を前に出すと同時に合口で剣の軌道を変え、左手で相手の二の腕を内側に押し左足の着地と同時に喉を切ると言う事である。この流れる様な動きが岐頭術の力を最大限に引き出すのである。とは言え岐頭術は多人数対一を想定しての技では無い。其れは非力な女子が男子に如何に勝つかを想定して編み出された技であるからだ。岐頭術の理想系は女子三に対し男子一である。つまり眞姫那達は圧倒的に不利な状況の中にいると言う事になる。
 だが、眞姫那達の目的は秦兵の抹殺では無く、八重兵の乗り込みを容易にする為の撹乱である。作戦通り秦兵の意識は眞姫那と音義姉に向けられているのだから成功と言えば成功なのだが、既に秦兵達は一斉に眞姫那に襲い掛かって来ている。
 一人殺したからと秦兵達の動きが止まるはずはなく、前から左右から新兵が襲い来る。そうなると最早岐頭術だの技だのと呑気な事を言っている余裕等ない。眞姫那はただひたすらにその攻撃を避けながら逃げ回る。
 そう…。ピンチの時は逃げる。此れもれっきとした教えなのだ。だから眞姫那は攻撃を避け、時に受け流し、そして兎に角逃げ回った。
 空を切る剣の音が何とも力強い。ヒョイヒョイと避けてはいるが耳元でその音を聞くと自ずと悪寒が走る。一つ間違えれば腕が足が首が簡単に飛んで行く…。その様に思わせる程に容赦が無い。三佳貞の鐘が鳴ったのはこの様な時である。
 逃げ回りながらも眞姫那は鐘の言葉を読む。そして困惑した。
「三佳貞は何を言うておるんじゃ ?」
 ブリブリ汗を撒き散らし眞姫那はボヤく。確かにボヤきたくもなる。我敵此処に無し…。無しも何も鬼の形相で剣を振り回す秦兵達は目の前にいる。
 困惑し乍も眞姫那は間合いを取り少し休む。船の揺れに慣れたとは言え秦兵の動きが鈍い事に何とか助けられている。此れが平地であったなら…。
 間違いなく全速力で逃げている。
 勿論今も海に飛び込めばすむ話なのだが、其れを指示する鐘が鳴らない。
 否…。
 今鳴った。
 次の鐘が示す言葉。
 我天津にて待つ。
「天津…。」
  と、眞姫那は空を見やる。左からスーっと目を流して行くと船室の高い所にあるベランダに三佳貞がいた。
 さて、あの場所にどうやって三佳貞が辿り着いたのかは分からないが、兎に角三佳貞がいるのは彼処であり、何らかの方法で船室から行った事は確かである。なら、船室にと船室の扉を見やるがけっこう離れている。秦兵を台にピョンピョンすれば何とか行けそうではあるが、二度も同じ手が通用するかと言う不安がある。通用しなければ駆けている時に切り落とされてしまう。
 其れは痛いから嫌だ。
 眞姫那はジッと秦兵達を睨め付け乍ら構えを解いた。
「ハァハァ…。やっと諦めたか。」
 秦兵達もお疲れの様である。
「勘違いだ。我等は諦めぬ。」
「構えを解いてか ? 又妙な技をだすか。」
「左様…。真逆お前達に見せるとは思わなかったがな。見るが良い。岐頭術秘奥義。」
 そう言って眞姫那は紬の両襟を掴む。秦兵達は何をしでかすのかと慌てて身構え間合いを取った。
 眞姫那はジッと秦兵達を睨め付け襟を強く握る。秦兵達に何とも言えぬ緊張が走る。
「我等が秘奥義…。」
「気をつけろ。又急に飛び跳ねるかも知れんぞ。」
「分かっている。そうそう何度も同じ事をさせるものか…。」
 ヒソヒソと語り合う秦兵達を嘲笑うかの様に眞姫那は笑みを浮かべ乍ら襟の内側にスーッと指を滑らせる。
 そして…。
「とくと見よ ! 秘奥義乳晒しじゃ !」
 と、眞姫那は両襟をはだけさせ中途半端な大きさの乳を晒した。
「あ…。」
 と、秦兵達の目が眞姫那の乳に吸い寄せられる。断っておくが普段ならそんな事はない。戦の真っ最中に乳に目が行く何て事はない。だが、長い船旅女日照りの男達にとって眞姫那の乳は至高であった。
 乳房に滴る汗が日の灯りでキラリと光る。眞姫那は体を揺らして乳を振る。秦兵達の顔が左右に動く…。此の瞬間秦兵達は一人の兵士から一人の男としてそこにいた。
「今じゃ…。」
 と、眞姫那はその隙を見逃さず近くの男を台に天津を駆けた。が、既に男達の目は眞姫那では無く乳に向けられている。
「ち、乳が…。」
「飛んだ…。」
 男達は飛んで行く乳を残念そうに見やっている。天高く舞う乳。乳から離れて行く汗がキラキラと輝き、其れは正しく天女が撒き散らす輝く粉の様に。滴る汗は果物から溢れ出る蜜である。
 と、男達が我に返る時には既に眞姫那は無事船室の扉の前に、そして其れに合わせる様に音義姉もやって来た。
「なんじゃぁ乳をさらしよったんか。」
 と、言った音義姉も大きな乳をプルプルと震わしている。
「音義姉もじゃか。」
「男には此れが一番じゃ。」
 と、言い乍ら音義姉は襟を正す。
「じゃよ…。」
 と、眞姫那も襟を正す。が、何とも異様な視線を感じる。
 男達の視線が…。
 殺気立っている…。異常な迄に男達は殺気立っている。そう、確かに殺気だってはいるが、先程までの殺気とは何かが違う。
「野獣じゃ…。」
 音義姉がボソリ。
「じゃよ…。」
「此れはえらい事になりよる。」
「ガクガクじゃか…。」
「ガクガク…。あれじゃな。腰から下がこう…。こうなりよるやつじゃな。」
 と、音義姉は腰をプルプルと震わして見せる。
「じゃよ。もぅガクガクになりよるんじゃ。」
 と、眞姫那も腰を震わせて見せる。この悩めかしい動きが男達の血を更に激らせる。
「い、いいな。生捕だ。」
「おうよ。」
「分かっているな。捕まえた奴が一番最初だ。」
「当然だ。」
「よぅし決まりだ。皆良く聞け ! 娘を捕まえた奴が一番最初に捕まえた女とヤル。此の取り決めには丞相もクソも関係ない。捕まえた奴の天下だ !」
 隊長格らしき男が声を荒げ叫んだ。その言葉に男達の激りは全開である。
「応 応 応 !」
 この掛け声にも気合いが入る。
「いけん…。熱り勃っておる。」
 音義姉が言った。
「まったく…。人を景品みたいに言いよってからに…。」
「これじゃから男は…。」
「ほんまじゃか。どうせなら一番強い男がええぞ。」
「其れは我もおんなじじゃか。」
「何を言うておる。音義姉は二番目でええであろう。」
 と、眞姫那はチロリと音義姉を見やる。
「嫌じゃか。眞姫那が二番目じゃ。」
 と、音義姉もチロリと眞姫那を見やる。
「フ…。我の方が具合がええんじゃ。」 
「何を言うておるんじゃ ? 我の方が乳が大きいぞ。」
「ち…。乳の大きさで具合の良し悪しは決まりよらんぞ。」
「残念じゃが我とやりよった男はその後も我にべったりじゃか。」 
「…。わ、我もそうじゃ。」
「フ…。嘘を言うてはいけん。眞姫那とやりよった男はそそくさと帰って行きよるではないか。」
「し、失礼な事を言うでない。ちゃんとこう…。お尻をこうやって触りながら熟睡しよるんじゃ。」
 と、眞姫那はお尻を触る手つきをして見せると音義姉はゲラゲラと笑い出し”どの口が言うておるんじゃ”と言った。
「ど、どの口じゃっ…。良い。分かりよった。なら、一番の男に決めさせよる。」
「おぉぉ…。其れは妙案じゃか。我も賛成じゃ。」
「なら、決まりじゃ。」
「ククク…。我の勝ち決定じゃか。」
「フ…。その自信打ち砕いてみせようぞ。」
「良い。勝負じゃ。」
 と、音義姉が言うと眞姫那は男達を見やり”其方らの中で一番は誰か ?”と、問うた。
「一番 ?」
「聞いておった通りだ。一番強い男が我等を選べ。」
「何を言う。早いもの勝ちだ。」
「駄目じゃ。我等は強い男が良い。弱い男の子など役にたたん。」
 と、眞姫那が言うと隊長格の男は少し考え“ふむ…。確かに。なら、儂だ。”と、言った。
「おい。ふざけるなよ。一番強いのは儂だ。」
 その言葉に意を唱える者が一人。
「否、儂だ。」
 と、更に一人。
「おいおい。強いだけなら儂だ。」
「こらこら、儂をさしおいて何を言うておる。」
 と、更に更に…。
「良い良い…。其方らが一番を決めるは良い事だ。だが、先ずは我等が男を倒してからで無いと話にはならぬ。」
 と、眞姫那は船首の方を指さした。男達は何を言うているのかと後ろでに振り返ると其処には乗り込みを完了させた八重兵がいた。
「や、八重か。」
「いつの間に…。」
「まぁ、良い。先ずは八重を殺してからだ。」
「おうよ。」
「八重を殺せ !」
 と、秦兵達は八重兵に向かって行くと、眞姫那と音義姉はその隙に船室に入り中から鍵を閉めた。
「まったく…。男は阿保じゃか。」
「まったくじゃ。と…。三佳貞はどうやって…。」
 と、グルリと周りを見やると階段が右端にあるのが見えた。
「部屋の中に階段がありよるぞ。」
 音義姉が言った。
「ほんまじゃか…。三佳貞はあれを上がって行きよったんじゃな。」
 と、眞姫那と音義姉も階段をパタパタと上る。二階に行き更に階段を上ったベランダに三佳貞がいた。
 三佳貞は下を見やりながら鐘を鳴らしている。此れは眞姫那達に鳴らしているのではなく下で戦っている八重兵に鳴らしているのだ。
「三佳貞…。」
 眞姫那が声をかける。
「眞姫那…。遅いぞ。」
 後ろでに振り返り三佳貞が言う。
「そんな事よりどう言う事じゃ ?」
 と、眞姫那が問うと三佳貞は左を指差し”あれじゃ。”と言った。眞姫那と音義姉はベランダに出て三佳貞が示す方を見やる。
「なんじゃ…。船がどうしたんじゃ ?」
 音義姉が問う。
「我等の目的は船を高天原に引き止める事じゃか。じゃが、船の進路は依然迂駕耶じゃ。」
「じゃから…。なんじゃ ?」
 眞姫那が問う。
「じゃからあれじゃ。海軍が相手にしよるんはたったの四隻じゃ。高天原に向かっておる船も四隻。第二砦に向かっておる船も似たようなものじゃ。」
「じゃから ?」
「このままでは千の船がそのまま迂駕耶に行ってしまいよる。」
「其れは大変じゃか。」
「じゃよ…。」
「作戦は失敗じゃか ?。」
「じゃから我等の敵は彼処じゃ。」
 と、三佳貞は派手に装飾された船を指差す。
「どれじゃ ?」
「あの派手な船じゃ。」
 と、この船より十キロ程後方を走る船を指差す。
「おぉぉ…。なんじゃかあの船は ? 豪華じゃぞ。」
「じゃかぁ…。凄いのぅ。」
 と、眞姫那と音義姉は感心しながらその船を見やる。
「恐らく総大将の船じゃ。あの船を狙いよったら動きは止まりよるはずじゃ。」
「成る程じゃ。で、どうやって…。」
 と、音義姉が問うているのをほっぽり出し、三佳貞はベランダの左端に移動すると全速力で走りだし柵の手前でピョンと跳ね更に柵を蹴って天津を駆けた。
「泳いでじゃ〜 !」
 と、叫び乍三佳貞は海に飛び込んだ。
「?…。な、何を言うておるんじゃ。泳いで行ける距離ではないぞ。」
「まったくじゃ…。賢いのか抜けておるんか…。」
 と、眞姫那も左端に移動し全速力で走り出す。
「はぁぁぁ…。又泳ぎよるんか。我は苦手じゃぞ。」
 と言い乍ら音義姉も天津を駆け海に飛び込んだ。

 ドボン…。

 海に落ちる音が三つ。
 ゴボゴボと沈みやがて海面まで浮き上がる。音義姉が顔を出した時は既に二人は顔を出していた。
「其れでどうする気じゃ ? 泳いで行ける距離では無いぞ。」
 眞姫那が問う。
「大丈夫じゃ。走っておる船に鉤爪を掛けながら進めば何とかなりよる。」
「鉤爪を ?」
「じゃよ。鉤爪を掛けて進んで次の船に移って又鉤爪じゃ。」
 と、言って三佳貞は近くの船に向かって泳いで行った。
「ほんまじゃか…。そんなんで上手く行きよるんか ?」
 と、眞姫那と音義姉は仕方なくついて行く事になった。
 さて、三人が帥升の船に向かったその時、秦軍の船は高天原第一砦の港に船を停泊させた。
 高天原での戦の始まりである。

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