見出し画像

大壹神楽闇夜 2章 卑 2三子族6

 長い旅を経て周国に到着したヤリス達は周国の持つ文明に驚かされた。どれだけ聞いても想像すら出来なかった都に自分達がいる事に嬉しさよりも寧ろ不思議でならなかった。
 特使として訪れるヤリス達に取って周国はとても素晴らしい国である事は疑い様の無い事実である。だが、奴婢として来る者達に取っては地獄でしかなかった。寧ろ航海の中で死ねる事がどれだけ幸せだったのかを知る事になるのだ。
 食う物もろくに与えられず、船が着けば直ぐに首に縄をつけられ都迄歩く事になる。勿論其の道中で死に絶える者もいる。運が良いのか悪いのか…。都に着くと小さな家に閉じ込められ競りにかけられるのを待たされる。だから、都に到着してもヤリス達の様に周国の素晴らしさに驚く余裕は無い。寧ろこの先に何があるのか ? 自分達はどうなるのか ? 胸中は恐怖で一杯だった。
 競の前に体を綺麗に洗わされ、ボロではあるが周国の服を着せられる。そして、売られるのだ。だが、競りにかけられ売られるのは女だけである。男は又別の場所に連れて行かれ強制労働を強いられるのだ。
 周人が言う様に奴婢は物であり、人では無い。だから、死ぬ迄ひたすら働かせられるのだ。特使の様に技術を学ぶ事もなければ言葉を教えられる事も無い。そして、死ねば其処らに放置され獣の餌になる。
 逆らう事も考える事も許されない。ひたすら働き一日が終わる。何故自分達が此の様な目に合わなければならないのか…。今更考えても如何にもならない。戦う事を知らない彼等には従うしか他道は無かったのだ。
 だが、中には逃げ出す者もいた。逃げて何処に行くのか ? 問われても分からない。海を越える事も出来ない。言葉も通じない。言葉が通じ無ければ誰も助けて等くれない。だが、そんな事彼等には理解すら出来ていない。兎に角逃げれば何とかなると思っている。だが、結果は必ず連れ戻され酷い仕打ちを受ける事になる。 
 奴婢として連れて来られる男は皆が皆弱い男である。態々リスクを犯し屈強な男を捕まえに行く理由がないからだ。だから、余計に争えない。反抗する勇気も逃げて蛮族として生きる事も出来ない。だから、必ず失敗に終わる。
 連れ戻された男は必ず見せしめに指を切り落とされる。酷い時は目をくり抜かれる事もある。其れから死ぬ寸前まで殴り続けられるのだ。此れは逃げなくても監視人の気分で行われる事もあった。
 奴婢達はマスクオブゾロの登場を日々願ったが、其の様な者が現れる事はなかった。何故なら奴婢を助けてやる意味が無かったからだ。周人は例外無く奴婢を人とは思っていない。しかも、自国の人間でも無い。だから、助けると言う概念そのものが欠落してしていたのだ。
 だから、指を切り落とそうと、目をくり抜こうと、腕や足を切り落とした所で何とも思わないのだ。つまり、奴婢として連れて来られた時点で其の者達の人生は終了なのだ。ただ、此れは男の場合である。
 此れが女になると少し話は変わる。大半の女は女郎に売り飛ばされるのだが、中には男に買われる者もいた。其の男が女を奴婢とせず人として見てくれる場合もある。運が良いのであろう。其の様な女は周人としてその後を過ごす事が出来るからだ。だが、そうで無い場合もある。侍女として買われた場合である。特に主人の妻や娘にあてがわれた時は悲惨な末路を辿る者が多かった。
 日常的に暴力を振るわれるのは当たり前だったし、気に入らなければ指や耳を平気で切り落とされた。中には乳首を切り落とされた女もいた。豚の様に歩かせたいと四股を切断された女もいた。皆の前で両目をくり抜かれ、両耳を削ぎ鼻を削ぎ落とし生きたまま皮を剥がれた女もいた。誰も可哀想等とは思わない。寧ろ苦しむ姿を見やり楽しんでいたのだ。其れは兎に角狂気に満ちていたとしか言いようがなかった。
 確かにマカラ達も酷い事をして来たのは事実だし、其れはヤリスの代になっても同じである。だが、其れは生きる為に、集落を守る為にである。だか、此れは違った。自己の欲望の吐口なのだ。奴婢を苦しめ痛めつけて喜んでいるのだ。娘達は一年間の滞在で其れを目の当たりにし心を痛めた。
 其の様な現実を知る為にヤリスとイリアは周国にやって来た。自分達の目で見た事を後世に伝える為である。
 城に到着したヤリスは成王と謁見し忠誠を誓った。勿論本心では無いがそうする事で何かと便利になる事を知っているからだ。成王も娘達の長が忠誠を誓った事で更に上機嫌となり、更なる待遇を与えた。
「まったく…。男はチョロい。」
 と、ヤリスと娘達は胸中で呟いた。
 その後、ヤリスは城内にある客間では無く側室が住まう部屋に案内された。勿論此れは異例の事である。成王がヤリスの強かな行為に気を良くした結果である。
 其の後、少し城内を案内され一年間住む事になる部屋に案内された。其の部屋に入りヤリスは戸惑った。何故なら部屋は小さく狭かったからだ。勿論狭い何て事はないし、高価な椅子やテーブルにベットや布団も見事である。だが、竪穴式住居に住むヤリスにとって其れは狭い牢獄の様であった。しかも木で作られた変な物が更に部屋を狭くしている様に思えた。
「お茶を持ってまいります。」
 そう言って侍女は何処かに行く。ヤリスは"お茶 ?"と、首を傾げ乍ら少し休む事にした。腰を下ろし長い船旅の疲れを癒す。フト、窓から外を見ようとするが、残念な事に空しか見えない。窓の位置が高いのだ。此れでは折角の景色を見る事が出来ない。と、ヤリスは残念な気持ちになった。
 
 しかし、邪魔だ。

 と、ヤリスは木で作られた変な物を端に避ける。端に避けると狭い部屋が少し広くなった様に思えた。
 其れから暫くして侍女がお茶とオヤツを持って戻って来た。侍女はヤリスを見やり首を傾げる。ヤリスは戻って来た侍女を見やり同じ様に首を傾げて見せる。
「な、何をなされているのです ?」
 椅子とテーブルを端によけ、地べたに座るヤリスを見やり侍女が言った。
「座っておる。」
 と、ヤリスが言うと侍女は更に首を傾げた。どうやら、ヤリスは椅子とテーブルの使い方を知らなかったのだ。
 さて、文明を知らぬ事を理解した侍女はヤリスに取り敢えずの事を教えた。ヤリスは何ともな表情を浮かべ乍ら元に戻された椅子に座り窓の外を見やる。見事な周国の都が一望出来た。
「な、何ともじゃ…。」
「フフフ…。では、ごゆっくり。」
 と、侍女は出て行った。
 侍女が出て行くのを見計らいヤリスはオヤツをパクリと食べた。
「うおっ…。なんじゃか此れは…。美味しいじゃか。」
 と、ヤリスはアッと言う間に食べて終えてしまった。
「しかし、此れは落ち着かぬ。」
 と、椅子をペタペタ触りキョロキョロと周りを見渡しベットに移動すると、今度は其処に腰を下ろした。フカフカと布団の柔らかさに驚いたがとても気持ちが良かったので、ヤリスは其のまま横になると一瞬で深い眠りについてしまった。
 それから、日が沈み始める頃、侍女がヤリスの下にやって来た。扉の外から侍女が声を掛ける。ヤリスはフト目を覚まし窓から外を見やる。既に外は夕暮れであった。ヤリスは慌てて扉を開けようとしたが今一開け方が分からなかったので扉をバンバンと叩いた。侍女は其れを理解したのか扉を開けてくれた。
「成王が一緒にお食事をしたいと申しております。」
 そして侍女が言った。
「成王とじゃか ?」
「はい。」
「なんと…。其れは光栄じゃ。」
 と、ヤリスは侍女に案内されとても広い部屋に通された。部屋に通されたヤリスは雨が降っているのかと侍女に問うた。
「いえ…。降っておりませんが。どうしたのです ?」
「降っておらぬなら何故中でご飯を食べよるんじゃ ?」
 と、ヤリスが言ったので侍女は文明人はBBQはしないのだと言った。ヤリスは少し馬鹿にされた様な気になった。
 此の広い部屋にはテーブルや椅子は無く、座布団が置かれているだけである。ヤリスは座布団に腰を下ろし成王を待った。暫くすると成王がやって来てヤリスの横に腰を下ろすと、善に置かれた料理が運ばれ始めた。何とも理解が出来ない光景であり、この先自分は何をどうすれば良いのかがまったく分からなかった。其れを察したのか成王はソッとヤリスの手を握り"心配しなくて良い"と言った。
 其れからは成王がヤリスをもてなしてやった。初めはぎこちないヤリスだったが次第に慣れて来るとヤリスも酒を注いだりし始めた。
 そして二人は色々な事を話した。特に成王は周公旦や太公望呂尚の話を楽しく話し聞かせてくれた。其の話はとても興味深く楽しい話だった。
 話をすればする程立派な王だとヤリスは感じた。周公旦なる者も其の他の者達も如何にも文明人らしい考え方だと思う。今から思えば衛峰もそうであったのかも知れない。

 だが…。

 民は違う。

 狂気に満ちている。

 だから、ヤリスは意を決して其の事について尋ねた。成王が気分を害し自分を殺してしまっても構わないと覚悟を決めての事だ。だが、成王は怒る事も無く逆に悲しい表情を浮かべた。そして、此の時初めてヤリスは倭族の存在を知った。
 成王は言った。此の世界には神がいると。其の神に多額の税を払わなければならないのだと。だから、安く安価な奴婢を使う必要があるのだと言った。多額の税を払わされる民がその鬱憤を奴婢ではらしていても、其れを罪に問わないのは暴動を起こさせない様にする為だと言った。
 
 良く分からないが何ともな話である。

 倭族…。

 まったくナンジャラホイじゃ…。

 と、ヤリスは思った。

「其れでヤリス…。其方は私の妻にならぬか ?」
 成王が言った。
「妻 ? 妻とはなんじゃ ?」
「つまり、契りを交わすと言う事だ。」
「契り…。」
 と、ヤリスは首を横に振った。
「ヤリス…。先にも話だが私達は封建制度をとっている。其れは血縁の者達に地方を収めさせると言う事。其方が私の妻になれば其方の住む場所は…。ヤリス、其方の物となる。」
「つまり ?」
「私達は侵略しない。朝貢だけしてくれれば良い。」
「分かりよった。じゃが、返事は少し待って欲しいじゃか。我等は男と契りを交わすことを許されておらぬ。じゃから、皆と話さねばならぬ。」
「分かった。其れで良い。」
 其れから又二人は食事を楽しみ、夜になると成王はヤリスを堪能した。
 その後、ヤリスは一月程周国に滞在した後イリアと娘達を残して集落に戻って行った。此の時成王は百人の兵と三十人の侍女を同行させた。成王はヤリスが断らない事を知っていたのだ。
 集落に戻るとヤリスは皆を集め早急に協議を始めた。様々な意見が出たが今周国に敵対すると言うのは得策と言えず、此の地に住む人々も未だバラバラであった。其の中に周人が此の地に住み直接的な支配を始めると言うのは何があっても食い止めねばならない事である。
 特に周国を知る娘達は敵対する事に反対であったし、無駄に事を荒立てる危険性を訴えた。長い協議は夕方から日が沈む迄行われ、皆はヤリスが成王の妻となる事を許した。だが、集落の掟を破る事はヤリスであろと誰であろうと破れない。だから、ヤリスは長をムサキに譲り周国に対しての達前としてヤリスは集落の大長となった。
 話が纏まるとその後一月ヤリスは周人をもてなしてやったが、周人は余りにも原始的過ぎる世界に驚くばかりだった。だが、此の集落の娘は非常に魅力的だった。しかも毎日娘達が幸せの世界に誘ってくれたので男達は帰りたく無かったようである。プルプル、スベスベお肌は周人も虜にしてしまう最強技だったのだ。
 そして、其れから四月かけヤリス達は周国に戻って来た。周国に戻ると衛峰と娘達が出迎えてくれた。だが、其処にイリアの姿が見えなかった。
「イリアは…。勉強中じゃか ?」
 キョロキョロと娘達を見やりヤリスが言った。
「イリアはおらぬ。」
 娘が言う。
「おらぬ ?」
「捕まったんだ。」
 衛峰が言う。
「捕まった ?」
 ヤリスが聞き返す。
「あぁぁ…。大将軍夫人を殴ったんだよ。」
「な、殴った ?」
 目を丸く見開きヤリスが聞き返す。
「夫人が連れておった奴婢がイリアの友達じゃったんじゃ。」
 娘が言った。
「まったく…。なら、我が成王に頼んでみよる。」
「駄目だ。」
 衛峰が強く言った。
「駄目 ?」
「あぁぁぁ。駄目だ。そう言うと思ったから一緒に来たんだ。良いか…。大将軍は周公旦と共に戦って来た男。成王の信頼も厚い。」
「じゃから ?」
「成王が知れば、お前達を咎めるだろう。良いかヤリス。お前との婚礼は支配を容易にする為だ。仮に成王が大将軍夫人にイリアを解放する様に言えば大将軍との関係が悪化するやも知れぬ。そうなればどの道お前達に罰を与え事を治める事になる。」
「何故そうなりよる。」
「ヤリスが華夏族では無いからだ。」
 衛峰が言った此の何とも分かりやすい説明にヤリスはグッと拳を握りしめた。
「だが、手は尽くしている。」
「衛峰殿…。」
「だが、白椰(はくや)夫人は…。」
「夫人は…なんじゃ ?」
「性格がひん曲がっているんだ。」
「じゃかぁ…。」
「あぁぁぁ…。取り敢えず今回の事は夫人で止めてある。大将軍の耳にも成王の耳にも入っていない。」
「知らぬのか ?」
「ヤリス達の事を考えれば、出来れば無かった事にしたい。」
「真逆…。イリアを見捨てろと言うておるじゃか ?」
「そうは言っていない。夫人はヤリスの乞う姿を求めている。ようは貢ぎ物を寄越せと言っている。」
「…。分かりよった。其れで何が必要じゃ。」
「翡翠を使った装飾品と奴婢五十だ。其れと夫人に対しての絶対的服従だ。」
「分かりよった。用意しよる。」
 と、言うと衛峰は近く席を用意すると言った。そしてヤリスは取り敢えず城に戻り成王に妻になる事を告げた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?