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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 5

 あれから二年…。実儺瀨(みなせ)達はア国内の拠点を中心に裏工作を実行していた。イ国は新たな大将軍が国を治め何やかやと頑張っている。娘達は伊波礼毘古(いわれびこ)は間抜けな男じゃと言って馬鹿にし下げずんでいるが、其れは残り四人の兄弟も同じである。だが、其れは迂駕耶(うがや)と五瀨のカリスマ性が異常なのだ。特に迂駕耶(うがや)は人を惹きつける魅力が強い。
 先住民は鼻から迂駕耶(うがや)を田舎者だと受け入れ無いが主(ぬし)…。否、大王(おおきみ)としては良き指導者である。だからと言って迂駕耶(うがや)が渡来人であり、侵略者である事は確かだ。
 だが、其れは皆が同じ。此の島からだろうと、あっちの島からだろうと海を渡って来た者は皆が渡来人であり、奪う者は侵略者である。
 だから、迂駕耶(うがや)が如何に優れた指導者であろうと、素晴らしき大王であろうと受け入れ無いのだ。ただ、受け入れなければ何とかなるのかと言えばそうでもない。無駄に逆らい続ければ、やがては奴婢にされてしまうだけなのだ。其れは迂駕耶(うがや)も例外では無い。イ国を襲撃され大将軍を失い迂駕耶(うがや)も諦めたのか島の人々を入植させたのだ。当然先住民は猛反発したが、既に支配されている先住民は奴婢になるしかなかった。
 そんな中で伊波礼毘古(いわれびこ)の治める国だけは違った。伊波礼毘古(いわれびこ)は上手く先住民と付き合っていたのだ。毎晩先住民達の宴に酒を持参して皆に振る舞い先住民達の話を聞き共に踊りそして歌ったのだ。
 伊波礼毘古(いわれびこ)は力で抑えつける事はせず、自ら頭を垂れたと言う事だ。此れは五瀨や娘達から見れば間抜けな王に見えたかも知れないが、実儺瀨(みなせ)には違った様に見えた。

 実儺瀨(みなせ)は強かな男だと思った。

 間抜けな男が侵略した人々に自ら頭を垂れる訳がない。理由があるから頭を垂れる。

 七国が先住民に四苦八苦する中、伊波礼毘古(いわれびこ)だけは上手く国を纏めている。だから、島から入植して来た人々を先住民達は心良く受け入れたのだ。
 だが、現実的に考えると先住民と上手くやるよりも奴婢にしてしまう方が効率は良い。勿論、奴婢を人としてでは無く物として扱うならだ。其の点で言うなら五瀨の方が得意と言える。
 五瀨は鼻から先住民を奴婢として扱うつもりだったのだ。だが、其れは迂駕耶(うがや)が良しとはしなかった。迂駕耶(うがや)はあくまでも先住民達と共に国を発展させたいと考えている。だから、人々を入植させなかったのだ。
 だから、迂駕耶(うがや)は先住民を奴婢にしても人として扱った。だが、五瀨は先住民を物として扱い、四人の兄弟も五瀨を見習い物として扱った。
 四人の兄弟が五瀨を見習うのは、五瀨がそれだけ強かったからだ。四人は強き兄を慕い五瀨は四人を敬愛していた。だが、伊波礼毘古(いわれびこ)は違う。五瀨とは反りが合わなかった。どちらかと言うと迂駕耶(うがや)に似て優しい男だったのだ。だから、五瀨は気に入らなかった。優しさとはつまり甘さだと考えているからだ。
 父迂駕耶(うがや)は甘い。だから、大将軍を失う事になったのだと思っている。八重国と言う大国を建国しても、国が纏まらないのは先住民達が舐めているからに他ならない。
 だから、頭から奴婢にすれば良かったのだ。と、五瀨は溜まりに溜まった鬱憤を晴らす様に先住民達を働かせた。
 最早、何一つ気を使う必要など無い。
 五瀨は先住民達に自分達が着ける事になる手枷足枷を作らせ、そして大きな竪穴式住居を作らせ其処に纏めて住まわせた。勿論、反抗すれば物で殴り、見せしめに腕を切り落としたりもした。其れはまるで周国の再来の様であった。
 奴婢の一部は入植者達にあてがわれ、国の発展の為に使う事を許された。だが、其れは建前であり欲望の吐口にされていた。そして、娘達は国に潜り込み其の現状を共有し続け、五瀨の支配欲に目を付けたのだ。
 支配欲と言ってもクーデターを起こして迄国を奪うつもりは無い。だが、五瀨が迂駕耶(うがや)に不満を持っているのは確かである。だが、五瀨はあくまでも迂駕耶(うがや)に理解させたいと考えている。つまり、反乱を起こし大王の座を奪いたいとは微塵にも思ってはいない。だから、五瀨は奴婢に豪華な装飾品や大王たる服を作らせ迂駕耶(うがや)に送ったのだ。
「大王たる服か…。」
 五瀨から送られて来た服を手に取り迂駕耶(うがや)は悲しい表情を浮かべた。
「フフフ…。我の服もあるのですね。」
 迂駕耶(うがや)の正妻が言う。
「五瀨は分かっておらぬ…。此れでは周国と同じ。我等は唯の侵略者に過ぎぬ。」
「大王が大王としてある為に…。」
「妻よ…。我が主では無く大王としたのは、此の様な服を着る為では無い。」
「分かっております。其れは五瀨も同じ。ただ…。」
「ただ…何だ ?」
「イ国を襲撃され大将軍が討死にし焦っているのです。」
「分かっておる。だから、我等の島から人々を呼んだのだ。」
「其れで先住民を奴婢にしたのはあなたですよ。」
「其れは一時的な物だ。」
「五瀨はそうは考えておりませぬ。」
「そうだな…。我が間違っていた。矢張り先住民を奴婢にするべきでは無かったのだ。我等は一つにならねば成らぬのだ。」
 と、迂駕耶(うがや)は正妻に服を渡した。正妻は其れを箱に仕舞った。
「存じております。ですから、あの娘と契りを交わさせたのでしょう。あの娘は良き娘。必ず五瀨を良き王にしてくれましょう。」
 正妻が言った。正妻が言った良き娘とは五瀨の正妻の事である。五瀨は王としてのあり方を周国に習っているが、五瀨の正妻は其れとは真逆である。五瀨の正妻は迂駕耶(うがや)や迂駕耶(うがや)の正妻と同じ考えで生きている。

 つまり…。

 五瀨の正妻は娘達にとっては大変邪魔な存在であったと言える。此れが五瀨と考えを同じにしているのであれば話は簡単だった。五瀨の正妻をその気にさせるだけで五瀨は簡単に反乱を起こしただろう。だから、五瀨の正妻は娘達にとって邪魔でしかなかった。だが、実儺瀨(みなせ)は其れを良しとはしない。理由は兄弟五人の正妻を纏めているのが五瀨の正妻だからだ。
 実儺瀨(みなせ)は五瀨の正妻を利用出来ないかと考えている。器量も良く芯も強い。其れでいて五瀨を常に立てる事が出来る正妻は完璧とも言えるが…。
「其れだけで男はコロリとはならぬ。」
 実儺瀨(みなせ)が言った。実儺瀨(みなせ)はア国の拠点に左主の将軍を集め朝廷を開いている。
「其れはそうじゃが…。あの娘は手強いじゃかよ。」
 里井が言う。
「じゃよ…。其れにじゃ。そう簡単に利用も出来んじゃかよ。」
 臥麻莉が言った。
「仮に出来たとして、五瀨の正妻をどう利用しよるんじゃ ?」
「反乱の火種にしよる。」
 実儺瀨(みなせ)が言う。
「どうやって ?」
「孤立させれば良い。」
「孤立 ?」
「じゃよ…。五瀨の正妻は兄弟の正妻を上手く纏めておる。じゃが、内四人の正妻は考え方が五瀨よりじゃ…。」
「確かにそうじゃ。五瀨の正妻は豪華な服を着るのをやめたみたいじゃ。」
「あ〜。確かにそうじゃ。」
「と、言う事はじゃ。伊波礼毘古(いわれびこ)の正妻も五瀨寄りにしむけよるんか ?」
 臥麻莉が問うた。
「否、伊波礼毘古(いわれびこ)の正妻は其のままでよい。」
「伊波礼毘古(いわれびこ)が間抜けじゃからか ?」
「違いよる。反乱が起きよった時に六国対二国では話になりよらんからじゃ。」
「成る程じゃ…。」
「さて、そろそろ五瀨等の妻になりよった娘達の出番じゃかよ。」
 と、実儺瀨(みなせ)は詳しい話を将軍に話し聞かせ、そして将軍達の意見を取り入れ乍ら策を煮詰めて行った。
 此の当時の権力者は常に多くの妻を娶っている。迂駕耶(うがや)にしても五瀨にしても此れは同じだ!。
 此れは途方もない昔からの流れと言えるのだが、伊波礼毘古(いわれびこ)は正妻以外に妻を娶る気はないようで娘達が色々仕掛けたのだが全て失敗に終わった。だから、妻として潜り込めたのは迂駕耶(うがや)と伊波礼毘古(いわれびこ)以外の兄弟である。だから、伊波礼毘古(いわれびこ)が治める国には妻としてでは無く侍女として潜り込んだ。勿論、此の他にも入植者の振りをして潜り混んでいる娘達も多数存在している。
 五瀨の行った政策により、国力は一気に高まった。其れに伴い文化や文明も加速した。だから、豪華な服や装飾品が作られていったのだ。だが、其れを良しとしたのは五瀨の正妻以外の正妻と妻達である。五瀨の正妻も初めは気乗りはしなかったが、其れ等を身につけていた。だが、奴婢とされた先住民達を見やり見に纏うのをやめたのだ。

 何故なら…。

 其れ等を作らされていたのが奴婢だからだ。
 
 奴婢は日々過酷な労働を強いられ、食べる物もろくに与えられていない。勿論、怠ければ容赦なくフルボッコにされ、逆らえば鼻を削がれ耳を引きちぎられていた。其の様な環境の中で作られた物を五瀨の正妻はどの様な気持ちで身に纏えば良いのか分からなかったのだ。だから、妻達にも其れ等を身に纏う事を許さなかった。娘達は豪華な服と装飾品を取り上げられてプンプンだったが、取り敢えず言う事を聞く事にした。何せ五瀨の正妻を其の様な方向に向けたのが妻として潜り込んでいる二人の娘だからだ。
 五瀨は阿保では無い。だから、正妻の事を理解している。つまり、奴婢は五瀨の住む集落には置いていなかったのだ。だから、正妻は奴婢の現状を知らなかったし、五瀨も先住民達と分かり合えるまでの処置だと言っていた。
 五瀨は正妻の話を真摯に聞き受け止める素振りを見せていたので、正妻は疑う事なく五瀨の言葉を信じていたのだ。だから、妻となった二人の娘が現実を見せたのだ。此れは勿論実儺瀨(みなせ)の指示である。
 娘は正妻と他の妻を誘い集落から少し離れた川原に遊びに行った。其処に奴婢を連れた娘が現れると言う簡単な策だが現実を突き付けるには十分である。
「あれは…。」 
 女の奴婢を連れた女を見やり正妻が言った。
「奴婢を連れた女でしょう。」
 妻が答える。正妻は奴婢が膝をついて歩く姿に首を傾げジッと見やり口を押さえた。
「どうしたのです ?」
「真逆…。」
 と、正妻はパタパタと走り出し奴婢の下に駆け寄り更に言葉を失った。其の奴婢には足首が無かったのだ。しかも、着ている服は服と言うよりも汚く汚れた布であった。
「嘘…。嘘よ…。」
 奴婢を見やりポロポロと涙を流す。
「これは、これは。正妻ではありませんか。真逆、この様な場所に来られようとは…。」
 女が言った。
「女…。此の者は何故足首が無いのです ?」 
 正妻が問うた。
「逃げぬ為です。」
「逃げぬ為 ?」
「ええ…。男には枷を付けているのですが、女には付けておりませぬゆえ。」
「枷を…。其方は一体何を言っているのです ? 誰が枷を付けろと ? 逃げぬ為と誰が足首を切り落とせと言ったのですか ?」
「五瀨様です。」
「五瀨が ?」
「はい。奴婢は人では無く物だと。」
「ま、真逆…。五瀨がそんな…。」
 正妻はショックで暫く動けなかった。五瀨に嘘を吐かれていた事よりも奴婢の現実を見やりいたたまれなかったのだ。
「女の奴婢は皆足首が無いのですか ?」
 震えた声で正妻が問う。
「ありません。」
「な、何と言うこと…。」
 と、正妻は急遽女がいる集落に行く事にした。
「正妻…。何故其の女の集落に行くのです ?」
 態とらしく娘が問うた。
「真を知る為です。」
「真を… ?」
「奴婢は物であってはいけないのです。」
 と、正妻は女の集落に向かった。二人の娘はニンマリと笑みを浮かべ正妻を見やる。集落に着き正妻がどの様な顔をするのかワクワクしていたのだ。案の定、集落に着くと正妻はガックリと膝を落とし泣いた。自分が想像していた真逆の世界が其処にあったからだ。
「五瀨.。五瀨…。」
 そう言って正妻はポロポロと零れ落ちる涙を地面に落とした。
 嘆き悲しんでも現実は変わらないが、其れは余りにも残酷な世界として正妻の目に写っていた。ただそんな正妻を見やり娘達は首を傾げた。何故なら娘達も滅ぼした国の人々を奴婢にしていたからだ。
 確かに五瀨の様に枷を付けたり足首を切り落とすなんて事はしていないが、其れはあくまでも必要がないからである。此れは非常に大切な事なのだ。其れを怠ると反乱が起きたり、国を奪われたりしてしまう。だから、必要であれば躊躇う事なくするのだ。
「何を悲しんでいるのです ?」
 娘が問うた。
「何故 ? 奴婢は物では無いからです。」
「分かっております。ですが、我等を受け入れずイ国が攻め落とされたのも事実。」
「お互いが分かり合うには刻が掛かるのです。」
「今は未だ其の時ではありません。」
「分かっています。ですから奴婢にする事に反対はしておりません。ですが、此れは余りにも…。」
「余りにも ?」
「足首を切り落とす必要が何処にあるのです。」
「…。確かに。其れは五瀨様が悪い。」
「そうです。」
 そう言うと正妻は妻達を引き連れ集落に戻って行った。帰る間際、娘達は奴婢を連れた娘をチロリト見やった。奴婢を連れた娘もチロリト見やる。

 そして、ニヤリ…。

 こうして反乱の火種は落とされた。

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