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大壹神楽闇夜 2章 卑 2三子族3

 女達が人体実験を行う様になって二年が経とうとしていた。此の頃になるとマカラ達は他の者達が知る事の無い膨大な知識を手に入れていた。其れでも矢張り戦うと言う事には直結していない様にも思える。知識があっても技が無かったからである。
 だから、女達は実験を続けた。女達が実験を続けられたのは被験者がひっきりなしにやって来たからなのだが、実験を重ねる度に女達は出来るだけ長く生かしながら実験が出来る様になっていた。だから、女達は訪れる被験者の目をくり抜き牢獄として使っている竪穴式住居に被験者達を隔離する様にしていた。
 目が無いから逃げる事が出来ない。
 目が無いから支配する事も出来ない。
 目が無いから従うしか無かった。
 其のお陰で被験者達の反乱に怯える事なくマカラ達は日々を過ごす事が出来た。そう、出来ていた。

 出来ていたのだ。

 マカラ達は既に集落を守る術を手に入れていた。そして、実際集落は守られて来た。だから、訪れる男達を捕らえ子作りに使い、実験台にする事が出来ていたのだ。だが、マカラ達は其の事に気づいていなかった。肥大する欲求に歯止めが効かなくなっていたのだ。
 何より、マカラが二十四の年になる頃には武器を持って戦うと言うスタイルがある程度確立されても来た。だから、実験体を集める必要も男を実験台に使う必要も無かったと言える。つまり、気がつけばただ酷いだけの集団となっていたのだ。だが、残念な事に其れを咎める者は誰一人としていなかった。皆が皆虐げられ抜けて来た者達だからだ。そして、此の集落に産まれた女達はマカラ達の教えを信じ育っている者達ばかりである。何より此の時代においてマカラの集落は最強の力を持っていた。
 戦う事を前提に日夜訓練しているマカラ達と違い、他集落の者達は狩の訓練しかしていない。此の違いは非常に大きかったのだ。マカラ達も当初は狩を主体とした訓練を行なっていたが、実験を繰り返す度に得た知識から人と戦う事を前提とした訓練に変化して行ったのだ。
 頭を鈍器で強く殴れば人は死に、目を潰せば周りが見えなくなる。耳を潰せば音が消え、石槍で腹を突き刺せば人は死に、石槍で首を突けば人は死に、首の骨が折れても人は死ぬ。そんな事、他の人は誰も知らない。当たり前に知らない事を知り、其れを踏まえて訓練を積むマカラ達は誰よりも優れていた。だが、其れでもマカラは戦うと言う事には直結していないと感じていた。何故ならマカラ達はまだ戦った事がなかったからである。
 今は虐げられた優男しかこの集落には来ていない。だが、もし屈強な男達が攻めて来たらどうするのか ? 如何に何処を攻めれば男が簡単に死ぬかを知っていても、其れは攻撃が当たって初めて意味を成す。仮に相手が優男だったら女の力でも何とかなるかも知れないが、相手が屈強な男達であれば効かないかも知れない…。

 考えれば考える程不安は肥大していく…。

 何処まで行っても力の差と言うのは偉大なのだ。

 そんなある日…。団栗の木を蹴っている娘を見つけた。マカラは何をしているのか娘に問う。娘はこうすると一杯上からどんぐりが落ちて来るのだと答えた。
「一杯 ? なら、両手で木を揺さぶれば良いではないか。」
 と、マカラが言うと、娘はこの方が一杯落ちるのだと更に団栗の木を蹴った。其れを見やりマカラも同じ様に団栗の木を蹴ると確かに実が一杯落ちて来た。

 否、そんな事よりも…。

 と、マカラは大急ぎで男を一人連れ杭に縛り付けると団栗の木を蹴った要領で男を何度も何度も繰り返して蹴った。初めは上手く蹴れなかったが次第に上手く蹴れる様になってくると今度は両手で男を殴り始めた。
 男を殴り、蹴り乍らマカラは何か大きな物を得た様な感じがした。今の今迄マカラ達には殴り、蹴ると言った概念が存在していなかったからだ。何処まで行っても狩からの延長線に過ぎなかった考えが蹴ると言う行動で初めて狩から離れれる事が出来たのだ。
 此の世紀の大発見をマカラは皆に伝えた。皆は大いに湧き上がり早速男達を杭に縛り付けるとマカラが言う様に殴り、蹴り始めた。だが、直ぐにある事に気づく。

 其れは…。

 武器で殴った方が威力があると言う事である。

 其れについてマカラは言った。
「良いか…。常に武器があると思うな。戦いの中で武器が壊れる事もある。近くに武器が無い時もある。何より武器を使い足を使う事が出来る様になれば我等は更に強くなれる。」
 と、マカラが言うと皆は納得した。其れからの男達の役目は殴り殺されるだけの物となった。そんな日々が続き女達はある異変に気がついた。其れは男を殴る事によって自分達の指の骨が折れてしまうと言う事である。
 此れについて女達は又考える事になった。其れに矢張り女の力では男を殴り殺す事に難儀すると言うのも問題だった。そして又マカラ達には解き明かさねばならない問題が押し寄せて来たのである。だが、此の問題は直ぐには解決されなかった。
 拳の握り方が悪いのか ? 指が貧弱なのか ? と、マカラ達は如何に指の強度を上げるかに頭を悩ませ、如何に力ある攻撃が出せるかに日々を費やした。たが、答えは出て来ない。出て来ないまま三年の月日が経ったある日、杭に縛られた男が苦し紛れに言った。
「クソ女…。お前達は俺達のチンコを舐めてればいいんだ。跪いて足を舐めろ。へつらえ。ブス共。」
 此の言葉にナアラは激怒し、無意識の内に男を平手で殴っていた。拳を握り力一杯殴っても男の顔が弾ける事等今迄無かった。だが、無意識に殴った平手打ちは男の顔を弾け飛ばし男の顎がグイッと上に上がった。
「ナ…。ナアラ。今のは何だ。」
 其れを見ていた女は驚き言った。
「え ? わ、分かりよらん。気がついたら殴っておった。」
「気がついたら…。」
 と、女達は何かを得た様な気がした。早速其の事をマカラ達に伝えると、マカラ達は其れれを足掛かりに鍛錬を始めた。
 卑国の娘達が使う岐頭術は此処から始まったといえる。此の時から長い年月を経て完成して行くのだが、其れには途方も無い時間が掛かった。マカラが生きている間に出来た事は基礎を作る事位である。
 マカラの人生は何だったのか ? 虐げられる事が嫌で二人で新たな集落を作った。マカラとアタカは此処で楽しく生き、死んで行くのだと思っていた。

 否、其れで良いと思っていたのだ。

 だが、人が増え、男達の支配と言う恐怖に怯え。気がつけば残酷な鬼と化していた。
 既に集落に住む女は六十人を超えている。大きな集落と比べるとたかがしれてはいるが、マカラにとっては大所帯だった。そして何より此処まで大きくなった集落を乗っ取ろうとする男達は現れなくなった。

 たが…。

 此の集落に訪れ無事に集落を出て行った男は誰もいなかった。

 其れから…。

 時は流れ、時と共に集落の場所も変わっていた。

 だが、どれだけ、時が流れても此の集落には女しかいなかった。マカラ達が作った掟は何百年何千年経とうと受けつがれ続けていたのだ。
 何故、其の様な事が可能だったのか ? 其れは情報と言う物に乏しかったからであり、集落同士の争いが皆無だったからである。だから、女達は数千年前の生活を今も続けているのだ。否、此れは女達だけでは無い。他集落に住む人々も其れは同じだった。争わないから文化や文明が発達しなかったのだ。

 だが、其の様な時代も終わりを迎える時がやってくる。

 紀元前千三十年…。此の地に歴史の始まりをもたらす者達が渡来してきた。周人である。周人は瞬く間に此の地を征圧し、例外無く女達の集落にもやって来たのだ。
 見るからに異様な男達はあからさまに其の文明の違いを見せつけ。屈強な男達を次々に殺し服従を求めた。ゴチャゴチャした物を体に着け、見た事も無い武器を持って現れた周人に人々は成す術もないまま服従する事を余儀なくされたのだ。
 此の地に住む人々は突然現れた周人に驚き戸惑ったが、周人は違った。念入りな調査を経て乗り込んで来たのだ。勿論劣った文明である事も国が存在していない事も分かっていた。だから、制圧には百にも満たない数でやって来ていたのだ。周人にとっては其れで十分だった。争った事の無い人々を相手にほぼ戦う事なく奪いとっていったのである。

         ヤリスの話し

「ヤリス…。やばいじゃかよ。」
 娘は大慌てで集落に戻って来ると異様な男達が集落を征圧している事を告げた。
「何じゃ其れは ?」
 と、ヤリスは首を傾げた。
「分かりよらん。我が偶々行っておった集落にグワーっと来よったんじゃ。」
「ほぅ…。其れで ?」
 と、ヤリスが更に更に聞いて来るので娘はゴチャゴチャした物を体に着けている事や、見た事も無い武器で屈強な男達を簡単に殺していた事を話し聞かせた。
「しかし…。其の様な者達が住む集落等聞いた事が無いぞ。」
「奴等は海の向こうから来たと言うておった。」
「海の ?」
「じゃよ…。聞いた事も無い言葉で話しておったから間違い無いじゃかよ。」
「聞いた事も無い言葉 ? なら、何故スエナは其の言葉を分かりよったんじゃ ?」
「横にいた女が我等の言葉で話しておったんじゃ。」
「我等の ? 何故その女は我等の言葉を知っておる。」
「女は海の向こうから来た奴等ではないからじゃ。」
「ほぅ…。」
 と、ヤリスは暫し考えスエナを見やった。
「女が奴等の言葉を話しておると言う事はじゃ…。海の向こうから来た者達は昨日今日にやって来たわけではないと言う事になりよる。」
「かもしれよらん…。」
「つまり、此の集落にも遅かれ早かれ来るであろうなぁ。」
 と、ヤリスは皆を中央広場に集める様に言った。
 ヤリスは竪穴式住居から出やり高い空を見やる。此の集落の長になり三年。真逆、自分の代で此の様な事が起こるとは夢にも思っていなかった。だが、マカラの意志は受け継がなければならない。と、言ってもマカラがどの様な人物だったのか等、最早知る人は一人もいない。何故ならマカラの生きた時代から既に二千五百年が経っていたからだ。
 二千五百年…。良く存在し続けたと思う。集落によっては十年も持たずに消滅した集落もある。其れが此の集落は二千五百年もの間存続し続けているのだ。
 そして、マカラが残した基礎も今ではちゃんとした技として伝えられている。だが、残念な事に此の技を使う機会は唯の一度も無かった。争いが無かったからである。
 口伝でのみ受け継がれる歴史。進化し続ける技。集落の歴史を受け継ぐ等他の集落ではあり得ない話しである。
 歴史が受け継がれる理由はマカラ達が基礎を残したからであろう。基礎は時と共に技となり、技は更に昇華され実用的になって行く。其の中で何故自分達が此の様な技を教えられるのかを伝える為に歴史が語られる。

 理由があるから人は納得し、其れを受け継ぐ事が出来る。

 何より、掟を守る事が出来るのだ。

 だから、分かっている。
 我等は絶対に支配されてはならないのだ。

 ヤリスは中央広場に着くと皆を見やる。マカラとアタカの二人だけの集落は今や二百を超える大きな集落にまで成長していた。と、言いたいが実は全盛期には五百を超える大集落に迄成長していた。だが、人口が増えれば子作りに必要な男の数も必然的に多く必要となる。そうなれば集落に訪れる男達だけでは足らず、女達は男を狩に行くようになった。だが、其れが駄目だった。悪意な噂が広まってしまったのだ。

 つまり、誰も近寄らなくなってしまったのだ。

 其の所為で子作りが思う様に行かず人口が激減してしまったのだ。其れを打開すべく女達はアレやコレと頭を悩ました結果、どの集落の女よりも美しくカワユクあろうとした。其れが今の卑国の娘達にも受け継がれている眉毛から下の毛は全て剃り、化粧をすると言う行為である。化粧と言っても植物から作った変な物を顔にペタペタしているだけの物であったが、当時としてはとても画期的な事であり男の気を引くには絶大な効果があった。又当時の女な体毛がウジャウジャしていたので抱きしめるとゴワゴワしていた。其の体毛を剃る事で玉の様なプルンプルンのスベスベお肌を手に入れる事が出来たのだ。男は其の体の虜になった。生きて帰れないと分かっていても引き寄せられて行ったのだ。
 其のお陰で滅亡寸前に迄追い詰められていた集落は息を吹き返し何とか今の数にまで戻す事が出来たのだ。と、言ってもまだまだ少ない。しかも、海の向こうから新たな男達が来たとなれば此の少ない人数で戦うしか無い。

 だが…。

 スエナの話から推測するに彼等は此の地に住む男達の様に戦う事を知らぬ者達では無い。戦う事を知っている男達に我等はかてるのか ? 

 否勝てぬ。

 彼等には経験があり、我等には無い。

 勝てぬならどうする ?

 古の技を使いよるか…。

 と、ヤリスは皆の前で渡来人をもてなす様に言った。









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