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聞こえ方は十人十色、 困りごとも十人十色

先週末、「きこいろ」さん主催のコラボ交流会「片耳難聴×両耳難聴」に参加した。要約筆記講座で知識として学んだことが、実感として理解できていないことが恥ずかしくなった。わかったつもりで全然わかっていない。それを忘れないようにしないとな、と強く思う。

▼ 「きこいろ」さんの詳細は、こちら


聞こえ方は十人十色

最初に驚いたのは、両耳難聴でも補聴器で聞き取って会話ができている人も多いということ。補聴器をつけていても、難聴なしの聴覚とは別物だと勝手に思い込んでいた。補聴器をつけても多少の聞こえづらさを感じる人もいるし、補聴器で聞こえるようになっている人ももちろんいる。それに、技術の進歩で補聴器の活用レベルが上がって、聞き取り能力も歳を重ねるにつれて向上しているとのことだった。

それでも支援が必要な理由がある。静かな場所で1対1の会話は問題なくできても、複数の会話や距離のある会話は聞き取りづらい。職場での会議、騒がしいところでの会話など、人や環境によって聞こえ方が違うから、配慮や支援が必要になる。


片耳難聴と両耳難聴では困り感がちがう

片耳難聴での困り感は
・音が聞こえてくる方向がわからない
・聞こえない側から話しかけられると無視してしまう

両耳難聴での困り感は
・歩きながらの雑談には参加できないので、そういう場面があると席を外してしまう
・職場の合理的配慮で、会議のときにマイクを使ってもらうけど、使い方が適切ではなく意味をなしていない。でも、これ以上は要望しづらい

当事者のお話を聞いて、難聴を受け入れるまでの苦しみや、周囲に理解・協力してもらう環境づくりの難しさは、想像だけでは理解できないなと感じた。自分の中で、見えない苦しみ、理解してもらえない苦しみを思い出してみる。伝えても伝わらない苦しみ。それでも平然と暮らしている姿を装う苦しみ。


何度も配慮をお願いするしんどさ

両耳難聴の方が、社会を変えていく力として「受援力」を紹介されていた。受援力とは、人に助けてもらう力のこと。難聴当事者の大きな悩みの1つに「職場で理解してもらうためにどうするか」がある。

・福祉関係の職場では、支援に詳しいから配慮してもらいやすい
・全体は難しくても、まず理解者を1人つくる
・支援カードやUDトークなど、目に見える形でお願いする

難聴当事者やその家族の関係者などを合わせると、全人口の13%くらいだと、要約筆記の講座で教わった。85%ほどの人が、難聴者と関わったことがなく、どんな困りごとを抱えているのか知らない。特に難聴は目に見えず、気づいてもらえない。難聴があると伝えたとしても、忘れられてしまう。そのしんどさに、参加した難聴者さんたちは一同に深くうなずいていた。

何度も伝えるのは大変だけど、伝えていくしかないかなと思う。人ってそんなに簡単に変われないし、相手を変えることはなかなか難しい。言葉で伝えるだけではなく、何らかの形で見える化してお願いせずともいいようにするのも大事。それが受援力なのかな。

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自分の意見を表明するのは怖い

回の後半はグループに分かれての意見交換。私は一般参加としてお話をしたのだけど、相手への配慮が足りないことに気づかされる。自分自身、その考えに辿りつくまでに紆余曲折あったのだけど、それをすっ飛ばして結論だけを伝えることになる。受け取る側は、「そんなこと言われてもできたら苦労しないよ……」と思うんだろうな。この場でだけでなく、もっとお話して関わる場が持てたらいいのにと思った。まずは自分のiPhone にUDトークをダウンロードする!

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