![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/113890869/rectangle_large_type_2_ac7ff9bd363fa4cbf5253d62b341d9bf.jpeg?width=1200)
ドラム式洗濯機のすゝめ
時間だけは神様が平等に与えて下さった。
これをいかに有効に使うかはその人の才覚であって、うまく利用した人がこの世の中の成功者なんだ。
時間の使い方は、そのままいのちの使い方になる。
時間は人生で最も大切な資源である。
親から、教師から、上司から、人生の様々なシーンで形を変えて聞かされてきたテーマだ。
しかし、理論と実践には大きな隔たりがあり、30年近く生きてきた今も決して身についているとは言えない。どんな自己啓発本を読んだとしても、特にそれを生活の中で実践するのは難しい。
社会人になり一人暮らしをするために家具や家電を揃える際、一番お金をかけるべきは”時間を生み出す家電”だと考えて、洗濯機はこだわってドラム式にすべきだという結論に行き着いた。
洗濯物を入れてスイッチを押せば乾燥までしてくれる。
当時ベランダのない部屋で一人暮らしデビューを予定していたこともあり、衣類を干す・取り込むというプロセスがないことが大きな魅力だった。
大きな買い物をする時には、綿密なリサーチをして良い買い物をしたい。
これは人類に共通する欲求であろう。
それに加えて僕は、どうせ買うならグレードの高い方を買いたいという欲求も併せ持っていた。iPhoneを買うならProが良いし、Nintendo Switchを買うなら有機ELのやつが良い。
当時、ドラム式洗濯機には新機能として『洗剤自動投入』というものがデビューしていた。
これは洗濯機の上部に液体洗剤と柔軟剤を入れておくと、その時の衣類の量に応じて適切な量を自動で投入してくれるものだ。
そもそも衣類の量を目測して、それに合わせて洗剤の量を決めるってかなりあやふやではないだろうか。それを洗濯機側が計量してくれるならばその方が正確だし時短にもなる。
僕は、絶対この機能のついた洗濯機が欲しかった。
当時、この機能はPanasonicと日立だけで実装されていて、しかもメーカーそれぞれのフラッグシップモデルにのみ搭載された。
乾燥機能などを比較・吟味しPanasonicの洗濯機を買うことにした。実際に池袋のヤマダ電機に行ってみると、実勢価格25万円程度。当時は今と違ってある程度貯金があったので値段は躊躇する理由にはならなかった。
目当ての洗濯機に真剣な眼差しを注いでいると、店員さんから声をかけられてた。
店員さん『ドラム式洗濯機お探しですか?』
僕『はい、このPanasonicのものが欲しいんですけど』
店員さん『そうなんですね、ちなみにご家族は何人ですか?』
僕『ひとりです』
店員さん『!?お客さま、こちらの洗濯機は一人暮らしにはオーバースペック過ぎますので、ぜひこちらの方の洗濯機からお選びいただくと良いかと思います。』
そう言って、店員さんに連れて行かれたのは10万円もしないドラム式洗濯機の並んだゾーンであった。
それらは当然、洗剤自動投入は付いていない。
洗濯機は家族構成に適切なスペックのものしか売ってくれないようだ。
店員さんの優しさであることはわかっている。
でも僕は、洗剤自動投入の洗濯機が欲しいのだ。
僕『そうなんですね〜ありがとうございます〜ちょっと考えてみます〜』
少し比較検討してるフリをして、店を後にした。
もうこの店でドラム式洗濯機は買えない…
次の日、渋谷のヤマダ電機に行った。
同じく目当てのPanasonicの洗濯機を買おうと店員さんに声をかけると、再び家族構成を尋ねられた。
どうやら洗濯機を買う上で家族構成は非常に重要なファクターのようだ。
ただ今回の僕は学習して対策を練ってきていた。
僕『ちょうど彼女と同棲しようとしているんで二人ですね〜』
一人暮らしで欲しい洗濯機が買えないならば
二人暮らしのフリをすればいいじゃない
店員さん『そうなんですね、ただ良い商品ではあるのですがお二人暮らしだとかなりオーバースペックでして、もう少しコンパクトなものの方がお値打ちなのですが…』
僕『いや〜事前に色々調べてこの商品にしようって決めてきたので、これにします。ちなみに他の家電も買いたいので合わせて少しお安くなったりしませんか…?』
店員さん『ご購入ありがとうございます!ちなみに他のものはどちらの商品かお決まりですか?』
僕は勝利を確信し、冷蔵庫コーナーに向かった。
そしてあらかじめ決めていた商品を指差した。
僕『この冷蔵庫ください』
店員さん『…!?お客さま…二人暮らしにはこの冷蔵庫は小さ過ぎますよ!』
前述の通り時短につながる洗濯機にはこだわりがあった。
一方、ただ食品を冷やすだけという認識の冷蔵庫には一切のこだわりがなく、普通の一人暮らし用の商品を選んでいた。
マズい…自分の作り上げた生活に綻びが生じ始めている…
頭をフル回転させて軌道修正を試みる。
僕『いや〜僕も彼女も仕事がかなり忙しくて、料理とか全くしないんですよね。だから水さえ入れば良いんですよね〜。』
店員さん『そ、そうですか……』
正直頭真っ白になりながら、僕はさらにトースターも合わせて買った。
配送先の住所の記入とかもした筈なのだがその辺りの記憶がない。
嘘がバレたのか、バレなかったのかは正直今でもわからない。
多分、冷蔵庫のあたりから急に挙動不審になってたはずなので何かがおかしいとは思われていただろう。
でも目的の洗濯機は買えたし、まとめ買いである程度割引してもらえたという成果を評価して欲しいと思う。
何か人間として大切なものを失ったかもしれないけれど…
ヤマダ電機からの帰り道、大きな買い物をした時のホクホクとした浮き足立つ感覚は一切なく、代わりに何か冷たいものが身体の中心に広がっていた。
こんなにも傷つきながら一緒になったこの洗濯機と一生添い遂げようと決意したのだった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?