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【試し読み】『THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術』PART1

ペンシルベニア大学ウォートン校の人気教授が語る人を動かす伝え方の極意とは? 最新科学に基づく“人の心を変える新しいメソッド”を解説するベストセラー『THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術』(ジョーナ・バーガー/著  桜田直美/訳)がついに日本上陸! 
2021年3月16日に発売する本書の試し読みを3回に分けてお届けします。 

伝え方の技術カバー帯つき-03

推薦の言葉

人の考えを変えるのが大変なのは誰もが知っているが、今ついにその理由がわかっ た。やり方が間違っていたのだ。
私たちは人を押すことばかりに時間を使い、変化を妨げる障害を取り除くためには ほとんど時間を使っていなかった。
おもしろくて説得力のあるこの本で、ジョーナ・バーガーは、もっと賢くて効果的なアプローチを教えてくれる。興味深い実例、最新科学、的確なアドバイスが満載の本書は、人の心に変化を起こしたいすべての人の必読書だ。
さらにビジネス書には珍しく、本当にページをめくる手が止まらなくなるほどおもしろいというおまけもある。
ダニエル・ピンク(『モチベーション3・0』著者)
ジョーナ・バーガーは、科学的研究に基づく知見と、真に実用的なノウハウを合体させることのできる希有な人物だ。この偉大な教師から学んだ多くの人間の1人になれたことに、私は心から感謝している。
ジム・コリンズ(『ビジョナリー・カンパニー』著者)
私たちの誰もが、誰かを変えようとして失敗した経験があるだろう。読者をぐいぐい引き込むこの本で、ジョーナ・バーガーはそんなイライラから解放される方法を教 てくれた。変化を起こしたいなら、変化を妨げている障害を取り除けばいい。
本書を読めば、どんなものでも変えられるようになる。
チャールズ・デュヒッグ(『習慣の力』著者)
読み出したらやめられない。本書を読めば、人の考えや組織を変える強力なテクニックが手に入る。それにもしかしたら、世界だって変えられるかもしれない。
アリアナ・ハフィントン(ハフポスト設立者)
ジョーナ・バーガーは本書で、変化を起こす最善の道は変化を妨げる障害を取り除くことだと説く。すべての人は、この深い叡智から多くを学ぶことができるだろう。
ロバート・チャルディーニ(『影響力の武器』著者)

Prologue── 人の心を動かすカタリストとは

グレッグ・ヴェッキはFBIの捜査官だ。
専門は違法薬物の取引、マネーロンダリング、恐喝など。彼が追う人物の多くは筋金入りの犯罪者で、かなり暴力的だ。メデジン・カルテルにヘリコプターを売る人物もいれ ば、ロシアの潜水艦を中古で購入し、コロンビアからアメリカにコカインを密輸している 人物もいる。

そのときグレッグは、あるロシアン・マフィアを追っていた。3年にわたって電話の盗聴を重ね、丹念に捜査を進めて証拠を固めていった。そしてついに逮捕状が出ると、グ レッグはSWAT(警察の特殊部隊)を呼び寄せた。完全装備の屈強な男たちが数十人で 現場に乗り込み、犯人を取り押さえ、証拠を確保する計画だ。
SWATチームを前にしたグレッグは、計画実行にあたってさまざまな注意点を伝えた。容疑者はもしかしたら武装しているかもしれない。少なくとも危険であることはたしかだ。SWATチームは間違いが起こらないように慎重に話し合い、具体的な逮捕計画を練り上げた。1つでも失敗があると、現場はあっという間に暴力の嵐になってしまう。 ブリーフィングが終わってチームが部屋を出たが、1人だけ残っていた。グレッグは彼の存在に気づいていた。SWAT隊員にしては異質だったからだ。太めで、背が低く、頭は禿げている。とてもアメリカ警察が誇るエリート部隊の一員には見えなかった。 

「犯人について教えてくれ」と、その男は言った。
「もっと詳しい情報が欲しい」
「それはどういうことだ?」とグレッグは答えた。
「情報ならもう伝えたじゃないか。 さっきわたしたファイルにすべて......」 「違う、そうじゃない」。その男は続けた。「昔の犯罪やら、暴力にまみれた過去を知りたいわけじゃないんだ。きみは彼の電話を盗聴していたんだろう?」
「そうだが」と、グレッグは答えた。
「彼はどんな男だ?」
「それはどういう意味だ?」と、グレッグは尋ねた。
「彼は普段どんなことをしている? 趣味はあるのか?家族のことも教えてくれ」と、 その男は矢継ぎ早に尋ねた。「ペットはいるのか?」

容疑者にペットはいるのかだって? グレッグは心の中で反問した。完全武装のSWATチームを送り込んで逮捕しようとしている容疑者に、ペットがいようがいまいがどうでもいいではないか。この男は何をくだらないことを言っているんだ。チームに置いてけぼりにされるのも当然だ。
それでもグレッグは、訊かれたことには律儀に答えた。そして資料をまとめて帰ろうとしたところで、その男に呼び止められた。
「最後にもう1つだけ。その容疑者は現場にいるんだな?」
「そうだ」と、グレッグは答えた。
「それなら、彼の携帯番号を教えてくれ」 そして彼は部屋を後にした。

現場に突入する時間がやってきた。SWATチームの準備はできている。建物の外で一列になって並び、今にもドアを蹴破ろうとしていた。黒ずくめの装備に全身を包み、盾と銃を構えている。彼らは今にも、「地面に伏せろ! 地面に伏せろ!」と叫びながら突入し、容疑者の身柄を確保するだろう。それがいつもの手順だ。
ところがSWATチームは一向に動きを見せない。数分がすぎ、そしてさらに数分がすぎた。グレッグは心配になってきた。容疑者のことは誰よりもよく知っている。彼が友人や組織の仲間と話すのを聞いたこともある。この男をなめてはいけない。必要なら人殺しも辞さない男だ。ロシアの刑務所に入っていたこともある。戦いを恐れるはずがない。
すると突然、建物のドアが開いた。
あの容疑者が外に出てきたのだ。しかも両手をあげている。 グレッグは面食らった。彼はこの仕事をしてもう長い。アメリカ陸軍と農務省の特別捜査官としてかなりの経験を積んできた。覆面捜査官として全国を飛び回り、メキシコとの国境では汚職捜査も担当した。つまり筋金入りのベテランということだ。
しかし容疑者が自発的に投降し、まったく抵抗せずに逮捕される?
そんな光景を見るのは初めてだった。そのときグレッグは気がついた。ブリーフィングの後で彼に質問をしてきたハゲでチビのあの男は、人質交渉人だったのだ。人質交渉人が 容疑者を説得し、誰もが不可能だと思っていたことを可能にした。
現に容疑者は自分の意思で外に出て、おとなしく逮捕されている。グレッグは感心せずにはいられなかった。そして「あの男になりたい」と本気で思った。

この事件をきっかけに、グレッグは人質交渉人に転身した。キャリアはもう 20年になる。これまでいくつもの国際人質事件を担当し、逮捕後のサダム・フセインとも話している。さらにかの有名なFBI行動科学課のトップも務めた。グレッグもまた、銀行強盗犯を説得し、連続殺人犯を尋問する中で、誰もが不可能だと思うような状況で人々の態度を変えてきたのだ。

危機における交渉術が最初に脚光を浴びたのは、1972年のミュンヘン・オリンピックだ。オリンピック開催中にテロリストがイスラエル選手団を人質に取り、 人を殺害するという事件が起こった。それまでは、力ずくで犯人と対峙するという方法が主流だっ た。「手をあげて出てこい! さもなければ撃つぞ!」という態度だ。
しかしミュンヘンや、その他の事件での失敗をきっかけに、犯人を力で脅しても解決しないという認識が広まっていった。そこで軍や警察は心理学を学び、行動科学を用いた新しいテクニックを採用するようになった。
数十年ほど前から、グレッグのような交渉人はこの新しいテクニックを活用している。 彼らはこのテクニックを使って、国際テロリストに人質を解放するよう説得したり、自殺しようとしている人を思いとどまらせたりしている。
家族を殺したばかりの人もいれば、人質を取って銀行に立てこもっている人もいる。彼らは、説得してくる相手は警察の人間であるということも、ここで説得に応じたら自分は逮捕されるということもよくわかっているが、それでも10人中9人は自分から投降してくる。その理由は、ただ単にそうするようにお願いされたからだ。

心の「慣性の力」を理解する

人は誰でも、何かを変えたいと思っている。
セールスパーソンは顧客の気持ちを変えたいと思い、マーケターは人々の購買行動を変えたいと思っている。部下は上司の評価を変えたいと思い、リーダーは組織を変えたいと 思っている。親は子供の態度を変えたいと思い、スタートアップ起業は業界を変えたいと思い、そしてNPOは社会を変えたいと思っている。
しかし、何かを変えるのはとても難しい。
説得したり、おだてたり、圧力をかけたり、ごり押ししたりと頑張っても、結局は何ひとつ変わらないことが多い。たとえ変わるにしても、そのペースはまるで氷河の流れのようだ。昼休み中のナマケモノのように遅々として進まない。
アイザック・ニュートンが発見した「運動の三法則」によると、動いている物体は動き続け、止まっている物体は止まったままでいる。サー・アイザックの言う「物体」とは、 惑星や振り子といった物理的な物体だが、人間社会にも同じ法則があてはまる。

つまり、人間や組織にも「慣性の法則」が働くということだ。たいていは、いつもと同 じことをくり返そうとする。
たとえば選挙のときは、自分の価値観に近い候補者に投票するのではなく、過去に投票した党に所属する候補者に投票する。会社もまた、せっかく新年度が始まっても頭を切り替えて本当に必要なプロジェクトを探すのではなく、とりあえず前年度の予算配分を踏襲 する。投資家はポートフォリオを見直して投資先を変えるのではなく、これまで通りの投資を続けるほうを選ぶ。
家族旅行がたいてい毎年同じ場所になるのも、新しいプロジェクトをなかなか始められず、古いプロジェクトをなかなかやめられないのも、すべて慣性の法則だ。
この慣性の壁を打破して何かを変えようとするとき、たいていの人は「押す」という戦略を採用する。クライアントが契約をしぶっている? それなら数字や事実を山のように提示して納得させればいい。ボスが自分のアイデアに興味を持ってくれない? それなら もっと実例をあげて詳しく説明すればいい。
社内文化を変えたいのであっても、子供に野菜を食べさせたいのであっても、強く押せば相手は思い通りになると考えるのが一般的だ。情報、事実、根拠をこれでもかと提示し、理由を説明し、さらに少しばかり力を加えれば、人は変わるということになっている。 
このような考え方の根底にあるのは、人間はビー玉と同じだという思い込みだ。どちらかの方向にはじけば、ずっとその方向に進んでいくと考えている。 
しかし残念ながら、このやり方では逆効果になることが多い。人間はビー玉ではないので、思い通りの方向に転がってはくれないのだ。むしろ、人間は押されたら押し返す
強引な営業をかけられたクライアントは、もう電話に出てくれなくなるだろう。ボスの 「考えておくよ」という言葉の真意は、「きみの要望は受け入れられない」だ。そして追いつめられた犯人は、あきらめて投降するのではなく、銃を発砲するだろう。 それでは「押す」戦略がうまくいかないのなら、いったいどうすればいいのだろうか?

人の心を動かす方法

その質問に答えるヒントは、まったく関係のない化学の世界で見つかるかもしれない。
化学反応とは、複数の物質が混ざり合い、まったく別の物質が生まれることをいう。しかしただ物質を混ぜ合わせただけでは、簡単に別の物質は生まれない。たいていは永遠に も等しいような時間がかかる。

たとえば石油は、藻類とプランクトンが長い時間をかけて化学反応を起こした結果生まれたものだ。炭素がダイヤモンドに変わるまでにも長い時間がかかる。化学反応が起こる には、分子の結合が壊れて、新しい分子の結合が生まれる必要がある。これはかなり気の長い話であり、数千年、あるいは数百万年もの時間が必要だ。
そこで化学者たちは、反応の速度を上げるためにある特別な物質を使う。これらの物質 は目立たない存在ながら、車の排ガスをきれいにしたり、コンタクトレンズの汚れを取ったりとなかなかの活躍ぶりだ。空気を肥料に変えたり、石油を自転車のヘルメットに変えたりすることもできる。これらの物質のおかげで、わずか数秒で分子の構造を変えること ができる。
しかしここで特に興味深いのは、これらの物質が変化を起こす「方法」だ。
化学反応を起こすには、たいていはある一定量のエネルギーが必要になる。たとえば窒素ガスを肥料に変えるには、1000°C以上に熱しなければならない。熱や圧力などの形で十分なエネルギーを加えれば、化学反応が可能になる。
実はこのときに特別な物質を使うと、反応の速度を一気に上げることができる。それらの物質の役割は、いってみれば反応のための別ルートを提供することだ。いつもと違う道 を通れば、熱や圧力にそれほど頼らなくても化学反応を起こすことができる。

たしかに、にわかには信じられない現象だ。これではまるで魔法ではないか。加えるエネルギーを減らしたのに、なぜ反応の速度が上がるのだろう? 熱力学の法則から考えて、まったくありえないことだ。しかし、これが「特別な物質」の力だ。
これらの物質は、力ずくで押すのではなく、変化を妨げる障壁を取り除く働きをする。その特別な物質は、「触媒(カタリスト)」と呼ばれている。
触媒は化学の世界に革命を起こした。触媒の発見は複数のノーベル賞を生み、さらに何十億もの人々を飢えの苦しみから解放している。ここ数世紀でもっとも偉大な発見のいく つかも触媒から生まれた。
しかし、触媒の影響力は化学の世界にとどまらない。その基本的な考え方は、一般の社会でも十分に応用できる。なぜなら触媒とはつまるところ、変化を容易にする手段という ことだからだ。
変化を起こすために必要なのは、力ずくで押すことではない。説明がうまいとか、説得力があるということも関係ない。こういった戦術でうまくいくこともたまにはあるだろうが、むしろ相手がかえってガードを固めてしまうことのほうが多いだろう。
変化で大切なのは、自分が触媒になることだ。障害物を取り除き、ハードルを下げることで、人々の行動を促す

人質交渉人も、まさにこのテクニックを使っている。いきなりSWATチームが突入し てきたら、どんな人でも追いつめられたように感じるだろう。ロシアン・マフィアでも、 人質を取って銀行に立てこもった強盗犯でも同じことだ。あまりにも強く押しすぎると、 追いつめられた相手は何をするかわからない。こちらが何を言っても、その通りにしてくれるわけがないだろう。
優秀な人質交渉人は違う戦略を選ぶ。まず相手の話を聞き、信頼関係を築く。容疑者の恐怖や動機に真摯に耳を傾け、家で彼らの帰りを待っている人たちのことを思い出させ る。そのためには、極度に緊迫した状況でペットの話をすることだってあるだろう。
人質交渉人の狙いは、ドアを蹴破って突入することではなく、その場の緊張を和らげることだ。容疑者の不安、恐怖心、敵意を少しずつ取り除き、そして最終的には彼らが自分の状況を客観的に見つめ、最初は完全に拒絶していたことが、実は最善の選択だと気づくことを目指している。それはつまり、抵抗をやめて両手をあげて投降することだ。
優秀な人質交渉人は、相手を強く押さない。あるいはすでに緊迫している状況に、油を注ぐようなこともしない。彼らは状況を冷静に観察し、変化を妨げているものの正体を突 き止め、それを巧みに取り除くのだ。
つまり、加えるエネルギーを少なくすることで、変化を起こすのを容易にしている
ちょうど触媒(カタリスト)と同じように。

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次回は著者がカタリストの研究を始め、本書をどのように使えばいいか解説します。お楽しみに!

伝え方の技術カバー帯つき-03


【著者プロフィール】

ジョーナ・バーガー
ペンシルベニア大学ウォートン校マーケティング教授。国際的ベストセラー『インビジブル・インフルエンス 決断させる力』(東洋館出版社)の著者。行動変化、社会的影響、口コミ、製品やアイデア、態度が流行する理由を専門に研究する。一流学術誌に50本以上の論文を発表。『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙、『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌などに寄稿した記事も人気を博している。
Apple、Google、NIKE、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などをクライアントに持つコンサルタントでもある。これまで数百の組織とともに働き、新製品の浸透、世論の形成、組織文化の変革などを実現してきた。『ファスト・カンパニー』誌の「ビジネス界でもっともクリエイティブな人々」に選出され、その仕事は『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』誌の「年間アイデア賞」で複数回取り上げられた。

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