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第4回 改めて、「逃げ恥」で家族について考える (橋本嘉代)

春ドラマの休止や延期が相次ぎ、過去のドラマを再編集した「特別編」で、懐かしの名場面を味わえる機会が増えています。恋ダンスやムズキュンな展開が人気を集めたTBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の特別編も放送されることになりました。今回は「家族って何?」と真正面から問い直す「逃げ恥」を家族社会学的に分析してみます。
このコラムも、2017年に大学のオープンキャンパスで高校生向けに行ったミニ講義を再編集した「特別編」です。

逃げ恥DVD

©TBS ©海野つなみ/講談社
DVD BOX ¥22,990 発売元:TBS

「逃げ恥」は、派遣切りにあった主人公と家事が苦手な独身サラリーマンが「家と仕事(お金)がほしい」「家事してほしい」という利害関係で結ばれ、家事代行サービスの雇用契約を経て契約結婚をするという筋書きです。好意を持ちながらもなかなか接近しない二人に視聴者がムズムズ&キュンキュンする“ムズキュン”な展開と、社会派ラブコメと呼ばれる硬派な側面が話題となりました。
非婚の叔母、ゲイの同僚、結婚に否定的なイケメン、シングルマザー、肉食系女子・・・など、さまざまな家族形態・家族観の脇役が多数登場し、結婚や家族の意味、夫婦の役割分担や家事労働への報酬、シングルマザーの貧困、高学歴ワーキングプアなど、ジェンダーや格差の問題が盛り込まれています。
オープンキャンパスでは、登場人物の台詞にみられる「悩み」「葛藤」を取り上げながら、彼らが置かれた立場に社会的な背景がどう関連しているか、データで検証してみました。

「事実婚は、フランスではポピュラーみたいですが、日本ではまだまだ理解が得られにくいので・・・。対外的には普通の結婚*として推し進めることにしました」
 契約結婚に関する主人公・みくりの台詞です。ここでいう「普通の結婚」とは、婚姻届を役所に提出して入籍し、法律が認める配偶者となる「法律婚」のことを指します。
 日本では法律婚がポピュラーで、法律上の婚姻関係にない男女の間に生まれた子ども(婚外子、非嫡出子)は約2%と少数であるのに対し(韓国も同様)、フランスや北欧では事実婚が5割を超えています。日本では結婚と出産をセットとみなす傾向が強く、籍を入れることが家族に対する責任と考えられていることなどが「日本では理解が得られにくい」という表現になっています。

「お小言おばさんやセクハラおばさんになる運命など、誰が想像したでしょうか」「人生が予定通りに行くのなら、私は27で結婚していました」とボヤいたのは、主人公・みくりの叔母の百合(アラフィフ独身)です。彼女は外資系化粧品会社の部長代理で、同年代の女性の希望の星といわれています。
原作では男女雇用機会均等法施行直後の世代でバリキャリ度が強めのキャラでしたが、石田ゆり子が「コワいお局」臭を消し、おしゃれで仕事はできるが可愛い大人の女性を演じ、真面目なドラマに明るさや癒しを与えていました。
百合ちゃん世代の女性が結婚した年齢は、26歳ぐらい。彼女が望んだ「27歳で結婚」というのは平均的なライフコースでした。女性の初婚年齢は、1975年の時点で24.7歳、2015年には29.4歳と、40年で約5歳、上昇しています。予定していた人生とは異なり、気づけば独身のまま管理職となり、若手に煙たがられたり、組織に利用されたり・・・。ベテラン会社員あるあるですが、演じる石田ゆり子も奇跡のアラフィフとして、同世代を牽引中。

50歳・未婚だと「一生結婚しない人」認定

星野源が演じたヒラマサは、IT企業勤務のエンジニアで、休みの日が掃除でつぶれるのは嫌だと考えています。35歳で、彼女いない歴も35年の彼曰く「僕はプロの独身」「プロの独身とは、人を簡単に好きにならないし、発展しない。むしろ発展させないことが重要だ。それこそが平穏」。しかし、35歳で独身って、決死の覚悟で生きるほど特殊な状況なのでしょうか。
2015(平成27)年の調査では、30~34歳の男性は2人に1人(47.1%)、35~39歳の男性は3人に1人(35.0%)が未婚でした(総務省「国勢調査」)。多くの人が実感していることと思いますが、ヒラマサさんの年齢(35歳)での独身者は、本人が自負するほどレアではないことがわかります。
世論調査の結果をみると、結婚しない理由として、男性は「結婚のための住居」、女性は「職業や仕事上の問題」を挙げている比率が高い傾向があります。「家を用意するのは男の仕事」「結婚後の家事や育児を一手に担うのは女性」という役割分担意識が反映されているようです。
ヒラマサさんは、新垣結衣演じるみくりに恋心を抱きつつも、自分に自信がなく「いつかみくりさんが辞職して誰かと本当の恋愛をしたとしても、僕はこのまま・・・ひとりなんだろうな」と心の中でつぶやいたりします。彼は他人に拒絶されることを恐れ、自分の殻に閉じこもっていました。「わずらわしい。雇用主なのに片思いしてる気分だ」「誰にも選ばれない。必要とされない。手放してしまえばいい。そうやって平穏に生きてきたんだから」
生涯独身を貫くというヒラマサさんの自己完結型の決意が、みくりとの出会いで揺らいでいくところが見どころです。
ところで、1980年の時点では、50歳までに一度も結婚したことがない男性は40人に1人(2.6%)、女性は22人に1人(4.5%)でした。それが、2015年になると、50歳の時点で結婚歴がない男性は4人に1人(23.4%)、女性では7人に1人(14.1%)にまで激増しています(国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集2019年版」)。
50歳の時点で婚歴がない人は、長い間、統計的には「生涯未婚」という扱いでした。しかし、晩婚化やライフスタイルの多様化が進むなか、50歳の時点で未婚である場合に「生涯未婚」とみなすことへの批判もあり、「50歳時未婚率」と呼ぶことになったようです。厚労省が「人生100年時代」を謳っているのに、まだ折り返し地点の年齢で「この人は結婚しない人」と決めつけるのはどうかと思うので、呼称変更に賛成です。アラフィフの百合ちゃんと年下の彼のその後も気になります。続編、見たいですね。


【著者プロフィール】
橋本嘉代 (はしもと・かよ)
筑紫女学園大学現代社会学部准教授。1969 年、長崎県佐世保市生まれ。
上智大学文学部新聞学科を卒業後、集英社に入社。女性誌編集に携わる。退職後、ウェブマガジンのプロデューサーやフリー編集者などを経て、2014 年から大学教員に。立教大学大学院で修士号(社会学)、お茶の水女子大学大学院で博士号(社会科学)を取得。専門はメディアとジェンダー。
共著に『雑誌メディアの文化史―変貌する戦後パラダイム』(森話社、2012)など。著書『なぜいま家族のストーリーが求められるのか』(書肆侃侃房)

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