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第7回 右車線入ってー!(都甲幸治)
アメリカに行ってみて驚いた。自分が思い描いていたのと全然違ったのだ。もちろんアメリカを描いた映画もテレビも観ていたし、文学作品も歴史書も読んでいた。何回かは旅行をしたこともあった。でも結局それは、アメリカの表面を撫でていただけだった。
たとえば街並みである。自分の中には、古いビルが立ち並び、その間を様々な人種の人々が歩いている、というイメージがあった。もろニューヨークである。だがロサンゼルスは
第6回 自分探しの終わり(都甲幸治)
二度目の大学院は最初のものとはまったく違った。なぜか。原因は、僕の変化にある。一度目のときはとにかく、自分探しの真っ最中だった。自分に何ができるか、何に興味があるかもわからず彷徨っていた。しかも対人関係もヘタで、すぐに人とぶつかっていた。
けれども二度目は、そんなことをしている暇はなかった。このままでは生きられない、だから一日も早く、どこかの大学で英語の先生にならなければならない、とまで思いつ
第5回 コーヒー買ってきて(都甲幸治)
大晦日から元旦にかけての電車は止まらない。初詣に出かける乗客のために、この日だけは終電がない。そして深夜、僕は山手線に一人乗り込んでいた。なぜか。直した翻訳のゲラを自分で編集者に届けに行っていたのだ。
今は直したゲラをPDFで送ったりする。その前はファックスで送っていた。でも大学院生の僕の家にはファックスなんてなかった。それで、ある程度たまると週に一回、宅配便で編集者の自宅まで送っていた。なん
第4回 相性がいちばん(都甲幸治)
3年生になると進学先を選ばなくてはならない。法学部は向いてないから行かないとして、さあどうしよう。そこで僕が最初に考えたのが文化人類学だ。そのころ山口昌男に憧れていて、レヴィ=ストロースも読んだりして、こういうのもかっこいいな、と思っていた。
でも、船曳建夫先生と話していると決意がグラついてきた。いや、やめろと言われたわけじゃないんだけど、文化人類学ウラ話がすごいのだ。先生がニューギニアの集落
第3回 すね毛と蚊(都甲幸治)
大学にはうまく馴染めなかった。そもそも、小説や批評に興味があって、そうしたことを漠然とやりたいと思っていたのだが、それなら文学部でしょう、とは思えなかった。高校生の僕は哲学にも社会にも興味があって、入学時に自分の方向を決めてしまいたくなかったのだ。
調べてみたら、東京大学なら文科1類だと、3年生で専門課程に進学するときに、いちばん選択肢が多いらしい。しかも入るのもいちばん難しい。挑戦するなら最
第2回 サリンジャーの臙脂色の表紙(都甲幸治)
高校に入った僕は、日本現代文学と出会った。それまでも日本文学は読んでいた。小学校五年生ぐらいのころかな。中学受験のために買った国語の参考書に、読んでおくべき日本近代文学リスト百冊、みたいなのがついていて、それを参考にしながら夏目漱石、森鷗外、志賀直哉なんてビッグネームの作品を少しずつ読み進めていた。
五百円単位で貯めたお金を握り締めて書店に行き、文庫本を買いそろえる。古臭い文章の中にも、共感で
第1回 聖書と論語(都甲幸治)
冷たい雪が口に、目に入ってくる。秋田の雪はただ下には落ちてこない。風に吹かれて、地面の上で渦を巻き、正面から顔に当たってくる。顔が痛い。それでも僕は外で遊んでいる。
その前は暖かい千葉にいた。だから、こんな冷たさは初めてだった。初めてのことは他にもある。春に幼稚園に入ったのだ。最初の日、お母さんが帰ってしまうと淋しくて泣いてしまった。するとクラスの女の子が慰めてくれた。「ねんど面白いよ!」そし