狭くて小さな

 今日は娘の幼稚園の入園式に行ってきた。
結構どこの家庭も両親ともに出席していて、子供と両親の三人セットで行動してるのを見ると、やっぱり子供の顔はちょうど両親の折衷案のような顔になるんだなというのを感じられたりしてすごく楽しかった。
 入園式では、子供に付き添って室内まで入れるのは各家庭1名までというルールになっていて、多くの家庭は母親が一緒に行動するため父親があぶれるので、待合スペースに正装をしたおじさんがどんどん溜まっていくんだけど、この待合スペースにおけるおじさんの感じが面白くて。
見た目や言動的に、普段だったら絶対幅広くとって座ったり周りに偉そうにしてるだろという見た目のおじさんが、入園式の待合という環境だからか、お互いクラスメイトという近しい関係性だからか、全然おじさんぽい要素を出さないのだ。
パイプ椅子に隙間なく詰めて座っていくし、収まったら静かに座って待ってる。わざと荷物を置いて自分だけ広くしたり、三脚広げてここが自分の場所ですみたいな人もいない。
僕は下の息子を抱っこ紐で抱きながら待合スペースに入ったんだけど、僕を見たおじさんたちが椅子列の真ん中に入るときついだろうからと端の席をみんなで声かけて空けてくれたりとかするくらいだ。

やっぱり、子供いる人の責任感というかわきまえ感というかそういうのある感じする。子供や家族がヤバい奴だと思われないように背筋伸ばしてる感じ。
とにかく共通しているのは「ここにはカッコつけに来たわけではない」という感覚だ。自分の子供の成長を見るためという目的がみんな一致していて、そこに自分の損得勘定を持ち込む要素がないので、差をつけられない。

お父さんの集まりだから、年齢や職種もバラバラなんだけど、知らないおじさん五十人くらい一箇所に集められてギスギスしてないのはすごかった。小さく縮こまってすし詰めになっているほうがカッコいいなんて面白い基準だね!

サブウェイのアボカドベジー食べます