高校球児、バカボン、由紀さおり?【年齢】オレンジ編


みなさん、こんにちは。完熟オレンジことミドリーです。
今回のテーマは「年齢」。触れたくない話題ですね。にっこり。

だってだって~(ぶりぶり)、大学を卒業するまでは、自分の過去を振り返るとき、「小学4年の時おばあちゃんが」とか、「あの曲は大学2年の夏休み・・・」とか。自分の年齢と思い出がかなりの確率で正しくリンクしているのですが、大学を卒業してからは、「学年」という指標がない。

子どもを授かれば、その子の学年という新たな指標を得ることができますが、ミドリーにはそれがないので、


自分の年齢すらうろ覚えの日々なのです。

(お気を確かに!)

だから、「いくつになっても甘えん坊~」と間寛平師匠よろしく言っちゃって、自身を完熟世代と認めるのがなんとなく嫌で、年甲斐もなくキャッキャして、「調子乗っちゃって~」と、ゆりやんレトリィバァのものまねも始まるわけです。

さて、そこで今回は
昭和の女の古、男の古ならではの
「年齢を自覚する指標」って、あるよねってお話を。

まずはこちら

「高校球児」。

夏休み。昭和のお茶の間では昼間みんなで高校野球を見ていたご家庭、多くなかったですか? ミドリーは大阪から遊びに来ていた従姉妹と、おじいちゃん、おばあちゃんといっしょに見ていました。
クーラーなんてなくて扇風機。部屋の窓も玄関も開けっぱなしなので、応援の声も丸聞こえ。「みどりちゃんの声でどっちが勝ったかわかったわ~」と、隣のおばちゃんにも言われていました。とんだ近所迷惑。てへぺろ。

この高校球児が年齢を自覚する一つの指標となるのです。

「暑い中よく頑張ってる大きなお兄ちゃん」が知らないうちに「その球児はあなたの彼氏ですか?」と言われるほどに黄色い声援を送る相手になる。

それがいつの間にか「暑い中よく頑張ってる後輩」→「見るだけでまぶしい若者」→→→→→「自分の息子にしたい子」→→→→「みんなに自慢したい孫」へと変遷するんですね。
最終的には「介護してほしい細マッチョナンバー1」になることは明らかです。

どうですか?否が応でも自分の年齢を自覚しちゃいますよね。

ニッポンに甲子園ある限り、雲はわき光あふれる限り、今後もひとつの指標となってくれるはずです。


つぎに、「ずばり年齢が歌われている歌」も大きな指標となります。

一番有名なところでは、41歳になった昭和の女の古、男の古の89%(ミドリー調べ)が言う言葉。

「バカボンのパパに追いつきました」

そう、41歳の春は、元祖天才バカボンのパパのものなのです!

大河ドラマ好きな方には、織田信長が炎に包まれた本能寺で舞う「敦盛」の一節、
「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」
も胸に刺さります。ミドリーは、未だに役所広司の織田信長が一番好きですが、皆さんはどうですか?

バカボンのパパと織田信長。


ふたりの天才に憧れ、この年齢を人生の大きな節目と感じている昭和の女の古、男の古は多いでしょう。

最後に、これはミドリーだけの少し変わった指標をご紹介します。

「由紀さおり」

ミドリーが、由紀さおりさんの存在を知ったのは小学校低学年でしょうか。
それから社会人初期の頃まで20年以上にわたり、
由紀さおりさんのことを、40歳ぐらいの女性と思っていました。

ミドリーにとって由紀さおりさんは、
随分と長い間「永遠の40代」だったのです。

石田ゆり子さんみたいに、50歳になってもとてもそうは見えない美魔女ともまた違い、

20年以上にわたり40代見えをキープって……
新しいアンチエイジングの視点のような気がします。

昔、老けて見られがちだった同級生が、今となっては「昔と変わらず一番若い」ってよくあることですよね。

たったひとつ確かなことがあるとするならば、と、
ヒゲダン風に言うとするならば


薄顔の方が老けないってことですね!(やった!)

あと、重要なのが体型ね。(遠い目)

薄顔だけはクリアできてる!って前向きに捉えたところで、今回はこれにて失礼いたします。
おほほほほ。

0829オレンジ


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