【短編小説】「415」

「415」

私の名前は夏樹、50代、独身。
夏という字が入っている名前なのに、夏は苦手。年を重ねるごとに夏の暑さに体力と気力を奪われる。

今日は気分転換のつもりで、車で外出した。
ここしばらく、コロナ渦、仕事がないこと、猛暑、そして”気分”のこともあり、ひとり自宅から出ない日々を過ごしていた。

この数年、いろいろなことがあった。
人生、だれもが山あり、谷ありだと思うけど、こんなにもダメージがきついものなのかと感じながら思い起こしてみようと思う。

2015年の夏
「離婚したいと思ってるんだ。まずは別居のために部屋を探している。」

と私に話した彼は、中学の時の同級生の友樹。
名前に同じ文字が入っているということだけで、ちょっとご縁を感じてしまうことがある。
夏樹、友樹・・・

でも、同級生と言っても、中学の時には接点もなく、存在すら知らなかった。

それが、SNSをきっかけに、30年ぶり以上に地元の同窓会というグループに参加して、知り合った。
再会ではなく、知り合った。

同級生というだけで、30年間、何のつながりもなかったのに、友達のような感覚にさせてくれるSNSはすごいものだと感じる。
危険だ。とても危険だ。
そして、何か空虚な気持ちをもって生活している50代という世代の男女にとっては、都合よく、お手軽に恋愛ごっこや、何かの餌食になったり、暇つぶしになったり・・・
テキストだけのやり取りで、恋人同士になれる、人間の想像力と勘違い。
家庭や仕事、日常の制約の隙をみつけて逢瀬を重ねて燃え上がる男女もいた。

他人のことなら、冷静にみていられた。聞いていられた。

その時私は、気づかなかった。
友樹が、妄想をして嘘を平気で言う人だったとは・・・
そして、人の弱った心をコントロールして、自分の欲求を満たそうとする人だとは、わからなかった。
困ったことに、その言葉、声、話し方で、どんどん引き込まれていく・・・

何度も、私は警戒心から、距離を置き、それでもその距離感を縮めてくる友樹に、
「私は資産も貯金もないよ。」とまで言いました。

長く感じていなかった、ドキドキ感、ワクワク感が警戒心を伴って襲ってくる。

友樹のことは、詐欺師か悪人だと警戒していた。

お金をだまし取るでもなく、体目当てでもなく、ただ、人の心を揺さぶり、コントロールし、洗脳して、自分が愛されている、必要とされているという優位な気持ちで、精神の均衡を保っている人だとわかったのは、自分が大きな裏切り、ダメージを受けた後だった。

人生を大きく左右するいろいろなことが起こった約5年間。

私は、友樹と関わったことで、ワクワク、ウキウキする気持ちも味わったけど、その反動の裏切り、他者の介入、強いストレスとショックで、仕事、体調、心・・・すべてが壊れた。

驚くほど鮮やかに手のひらを返された。

そして、私は壊れた。

壊れたのは、このことだけが原因じゃないと思う。
それまでに積み重なったいろいろもあって、私のとどめを刺したのが、友樹とその周囲の人間。

私は気持ちまで持っていかれたので、立ち直るのには時間がかかりそう。

それでも、少しずつ前向きに生きていきたいから、恨みや悲しみをどうにかこうにか消そうと、封じ込めようとしながら2年近く経過。

そう、今日は気分転換のつもりで、車で外出したんだった。
国道を走らせていると、2台前に「415」のナンバーが目に入った。友樹の車のナンバー。
そして、車種も車のホイールも友樹の車。

私の前を走っている車が車線変更をして、私は「415」のナンバーの車の後ろにいた。

はぁ・・・忘れたいのに。悪夢か?と思った。

私は車線変更をして、左側へ。
そして、かなり前へ進んだ。

なのに、今度は私の後ろに「415」の車がいる・・・
ついてくる・・・

バックミラー越しに見えたのは、助手席の女性。
二人ともマスクをしている。
頭がぐるぐる分析をしだす。
誰?どんな関係?
そんなことを考える自分が嫌い・・・

はぁ・・・
まだついてくる・・・

女性との会話に夢中で私の車に気づかないの?
数字、ナンバーには敏感なはずでしょ?

気分転換のつもりで外出したのに・・・

友樹の犠牲者、

それは、悩みがある人、疲れている人、そしてまじめな人でその悩みをなかなか相談できない人・・・
それが友樹の恰好の餌なんです。

ちょっとずつアプローチして、心をほぐす、会話、行動、時には歌・・・
お手頃価格のプレゼントも心をくすぐる。
そして、涙を流しながら、女が心を開く、または心が解放されるその瞬間が、友樹の何よりの好物。

そして支配したような気持ちになり、目の前の女自体には興味がなくなる。

徐々に女とは距離を置いていく。
そして、女に未練があればあるほど、きつい言動をSNSの文字で送り、そのあとはブロック。

そんなやり口を繰り返し、自分の心の均衡を保っている友樹。

早く死ねばいい・・と心を弄ばれた女たちの怨念があることに早く気づいてね、友樹。


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