おばあちゃんになりたい
誰にも会わない生活がそろそろ青く見えてきて、少しくらい笑いたいと思った。
ZARAで売ってるプレステスニーカーが欲しかったけれど、欲しいサイズが売り切れていた。あーこんなに可愛いのに。プレステの中に足を入れることができるのに。実質持ち運べるプレステなのに。私はこれを持っていない。
本当にプレステスニーカーはかっこいい。
「瞬足」の次にかっこいい。小学生の頃に瞬足を買ってもらえる子が羨ましかったな。
そういえば私はいつも貰い物の靴、貰いものの自転車、お下がりの服だったから、男児向けと女児向けのデザインがちぐはぐに絡み合っていた変な格好をしていた。そのせいか今でもダサい。
あ〜、小学校四年生の頃に兄と2人で素うどんばかり食べていた日々を思い出すなあ。あの頃、祖父と祖母と父がいっぺんに病気になって入院してしまい、母は介護と金の工面に必死だった。2年後に祖父と祖母と父が「ぷよぷよの連鎖」みたいにバタバタと亡くなってしまうまで、それなりに貧しかった。亡くなってからは、高額な治療費はかからないし遺族年金もでるし遺産もあるしで奨学金を駆使しながら大学に通わせてもらえるくらいには豊かになった。大好きな(大好きすぎる)家族の死と引き換えに生活の豊かさを手に入れた私は、「罪悪感」と「幸福」が隣り合わせに存在していることをそのとき初めて知った。もう10年も前のことなので、今更言うことではないし、他人と比較しては不幸がるのは馬鹿みたいだからもうやめにしたい。わたしは生まれてきてからずっと幸せだった。今は、頑張れば欲しいものは自分で買える年齢になったし、もっと幸せだ。プレステのスニーカーだって本当に買おうと思えば、メルカリに倍値で売られているものを買ってしまえばいい。
もちろん、中には頑張っても買えないものもたくさんある。
例えば、私は早く「おばあちゃん」って呼ばれたいのだけれど、それは買えない。
いっそのこと政府が満20歳以上の人間のことは全員「おばあちゃん」と呼ぶように定めてくれないかな。
そしたら、自分のことは自分で介護したい。
熱く湿らせたタオルでそっと自分の体を拭いてあげたい。
乾布摩擦みたいな健康法を異常に信じていたい。
ささやかな年金をもらいたい。
年金をもらえる日にだけスーパーで牛肉を買いたい。
仏壇の近くに座り込んで、昼間から何にも情報が得られないようなテレビを見ていたい。そのうち座布団を枕にしてお昼寝してしまいたい。
起きたら下着みたいなくたくたのシャツを着ただけで外に出て、植木だらけの民家の前で座り込み、煙草を吸いたい。
自分より年下の医者に生活習慣を注意されたい。
らくらくフォンみたいなダサい携帯を無理やり持たされたい。
自分と同じくらいヨボヨボの犬(雑種)とカクカク震えながら散歩したい。
シャーペンじゃなくて鉛筆を使いたい。
ほんとは字が下手なだけなんだけど、それっぽく書いて「達筆すぎて読めない」って言われたい。
シニア割引で映画をみたい。
膝が悪いからASIMOみたいな姿勢になって、分速12cmくらいの速度でノロノロ歩いて、「おばあちゃんやっぱ車椅子乗りなよ」と少しイライラされたい。
皺皺になった自分の皮膚を火星からやってきた物質みたいに珍妙に思っていたい。
孫に愛されたい。
口紅を少し引いただけで、「今日はオシャレだね」と言われたい。
舌ですりつぶせるようなグズグズの煮物を食べたい。
ときどき疲れたい。
近所のジジイの悪口を家族に言いたい。
うつろな目をしてみて、生きてるのかどうか心配されたい。
餅を食べるときに「よく噛んでね」と執拗に言われたい。
家族で共有しているパソコンで「遺書」や「終活」と調べているのがバレて、ちょっと笑われたい。
嫁に疎まれたい。
若い人に昔イケメンだった俳優の話を当時の熱量で話して、うっすら無視をされたい。
老人ホームに入って老人版テラスハウスみたいな男女のドロドロを見届けたい。あわよくば麻雀を覚えて打ちたい。
銭湯でたまたま見かけた若い女性の白桃みたいなツルツルの体をまるで美術品のようだと思ってしまいたい。
我慢を美徳としたい。
わりと死にたくないくせに、「いいのよ、もうすぐ死ぬから」と言って周りから「また言ってるよおばあちゃんってば〜」とダラダラ長生きしてることを軽く弄られたい。
おやつの大福を適当に牛乳で流し込んだりしたい。
もう会えなくなった人たちのことを考えていたい。
ギャルのガラケーみたいに、杖に鈴とかご当地キティーのストラップとかをジャラジャラつけたい。
認知症になって、大切な人の名前を忘れてみたい。
いつまでも仏壇の花を枯らさないようにしたい。
どうせもうすぐ寿命だろ!とやけくそになってカステラについてる紙のところまで丸ごと食べたい。
日光に体力を奪われて、そのまま死んでしまいたい。
そうして死んだら、お父さんに会って、わたしの皺皺になった皮膚を幼児のように撫でてもらうのだ。
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