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てんしのしごと

漆黒の闇の中に浮かぶ2つのシルエット
1つは男、1つは女のものであることは、その輪郭からでも感じ取ることができる
男の影からは何も感じることができない。
寝息が聞こえるところを見ると、多分寝ているのだろう。
対照的に女の影からは感じ取るのが困難なほどの感情が溢れ出ている
怒り・・・・憎しみ・・・悲しみ・・・そして愛しみ・・・。
あもりにも複雑に感情が重なり合っているせいで、彼女もまた無に見える。

このように大きな動きのない2人だったが、急に女の影が動き出した。
その手に握ったもの

鈍く光る刃

それを振り下ろし

ドスッ! ドスッ! ドスッ!

何度も勢いよく刃を突き立てられ、男の影は本当の意味で沈黙した。

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・・

あは、あはは、あはははははあは

あーっはっはっはっは!

あーっはっはっはっはっはっはっはっっは!」

男の永遠の沈黙を受け、女は狂ったように笑い出した。

何かに取り憑かれたような、それでいてどこか安途したような笑いだった。

ひとしきりに笑い終えた女は、その手に持った刃を自分に向けた・・・。

そして・・・・。

ザクッ!

こうして2つの影は完全に闇夜へと溶けた。




「えー!明日から私、じごくへ行くんですか?ほんとに?いいんですか?」

先輩天使からの命令に対し、ミカルは驚きと喜びの声をあげた。

ここは天界。

その中の死者への采配を行う調停の間。
ミカルはそこで働く新米天使だ。
今まではてんごくで雑用ばかりを行なっていたのだが、明日以降はじごくでの勤務を命じられたわけだ

「お前もそろそろじごくでの仕事を覚える必要が出てきた。
今回じごくに行く魂が女だから、お前の初任務には、お誂え向きと判断されたんだ」

この天界にいる天使は、聖書等で描写される両性具有ではなく、性別がしっかり存在している。彼らの仕事は死んだ人間の魂を導くことだが、その一環として、じごくで罰を与え、望み通りの末路へと導く というものであった。
「任せてください!私は必ずその女性を幸せに導いてみせます!」
無垢な天使は無邪気に宣誓した。

「それで、今回私が対応する女性はどんな人だったんですか?」
「そうだな・・・彼女は正直暗い人間だった。お前がてんごくでみた元人間と比べてもかなり暗い方だと言っていい。」
「はぁ」
「どちらにせよ、今回は先にじごくに行っている先輩のやっているのを見ることが中心だから、お前は基本話を聞くだけでいい。一応彼女のデータについてはこれを見ればわかる。今日中に目を通しておけ」

先輩天使の高圧的な態度にむっとしつつも、ミカルは担当する女性のプロフィールを確認することにした。


「よろしくお願いしまーす」

できるだけ明るく入ることで場の空気を良くしようと思ったのだが、そんなもので払拭できないほどの陰鬱とした空気が漂っていた。鬱屈として、湿気を帯びた、いかにもじごくといった空気だった。
ここにくる魂は大抵そうだ。これが彼らを象徴する空気だ。
気を取り直したミカルは担当することになった女のいる場所に向かった。

「こんにちは~みのりさん。あれ?暗いからこんばんわーかな?
なんでもいいや。今日からみのりさんの担当させていただくミカルって言います~。
同じ”み”から始まる名前でちょっと親近感感じちゃったりして~えへへへ~」

さっきの不発を気にしないようにしながら、努めて明るく声をかけるミカル。
意外とタフなのが彼女の良い点だろう。
だが、みのりから放たれる漆黒のオーラに対しては、無意味なものでしかなかった。

(うわ~。思っていた以上にヤバそうな人だなぁ。これは気合い入れた方が良さそう。)

結論から言うと、彼女のこの決意は粉々に砕かれていくのだが、そんなことつゆとも知らないミカルは務めて笑顔を見せた。それはまだあどけない無垢な少女の笑顔だった。

先輩からの資料によると、みのりの境遇は羽が毛羽立つほど悍ましいものだった。
横暴で変質的でサディスティックな男に捕まってしまい、長年家に監禁され、身も心も壊されてしまった。
最後、彼女は男を包丁で滅多刺しにし、自分も包丁で喉を貫いて死んだのだ。

長年勤めている天使にとっては見慣れたプロフィールだが、ミカルのような新人、しかも純粋無垢な天使にとっては、中々きついものがある。しかも彼女の罰の内容というのが・・・

(こんな境遇でなんでじごくにきたんだろう。・・・・しかもこの罰の内容・・・・・)

別にミカルに限ったことではないが、無知な天使は必ず1回は疑問に思う。
なぜみのりのような人がじごくにいるのか。

「と、とにかく明日から罰が始まるから、気合い入れて頑張りましょう。えいえいおー!」

先輩は教えてくれない。正確に言えば教える気力もないのかもしれない。いずれ彼女も・・・

「・・・言われなくてもやるわよ。今からでも始めなさいよ・・・。」
「あっ、ようやく話してくれた🎵」

ミカルの精一杯の明るい態度に呆れたかのように、みのりは口を開いた。
これからの罰については、みのりはミカル以上に理解していた。それは当然のことだった。



「・・・・うっ・・・うぐっぅ・・・・くぅ・・・・」
「・・・・」

みのりが受けている罰をみて、ミカルは思わず目を背けた。

罰の内容は比較的軽いものとされているのだが、それにしても、全身という全身に針が大量に突き刺さっている光景は、一般人からみたらキツイと感じるだろう。ミカルもこういう光景には、耐性がないせいで、かなり動揺している。

血こそ流れていないが、1本1本が根深く突き刺さっている。
しかも鍼灸師が用いるような小さい針だけではない。鋼鉄の乙女等で用いられたとされる針と同じくらいの太さの針も複数突き刺さっているのだ。

いくら死なないからといえ、こんなものが大量に突き刺さっているのに、みのりは声一つあげない。ミカルはさっきから何回もえずいているにも関わらずである。
その表情は苦悶の表情なのか、無情なのか、それとも・・・・。

そんな中、不意に目の空間に映像が投影された。それも、みのりとミカルにしっかり見えるような絶妙なところに・・

「よぉ!みのり!元気にしているかぁ~
オメェのせいで死んじまったけど、こっちはご機嫌にやっているぜ!」

映像に出ているのは、かつてみのりを監禁して調教していた男・・・うつろだった。
彼はてんごくにいるらしい。
両脇には、いかにも調教されたかのような女性を侍らせ、不快感を感じるような笑みを浮かべている。

「・・・・・」
「なんだよ~ダンマリかぁ~
ていうか俺がいなくてもそんなことしてるとか、本当にお前はドMだな~
げーひゃっひゃひゃっひゃっひゃっ~」

うつろの下品な笑い声が、漆黒の空間に響き渡った。

ミカルにとっては、この声すら堪えるのが辛いのだが、仕方がない、これも仕事だ。

とはいえ、みのりやうつろのことが理解できず、戸惑っているのも事実だ。

「・・・・どうして・・・こんな・・・・残酷なことを・・・・」
「・・・・・」
映像が途切れた後、ミカルはうめくようにいった。その声は虚しく虚空に吸い込まれていった。
ーーーーー

死後の世界に時間の概念はなさそうに見えるが、人間だった頃の魂の感覚に合わせるためか、そもそも時間をコントロールできないからなのか、朝もあれば、夜も存在する。

てんごくもそうだが、明るくなることがないじごくで、昼夜があることに意味を感じないものも多いが、ミカルのような新米天使にとっては休息時間の合図のようなものなのでありがたい。

1日を終えて、ミカルはほとほと疲れ果てていた。
彼女は天使として未熟であるだけでなく、生まれたてと言ってもいいほど経験が足りていない。

天界と死後の魂について、基礎は教わり、てんごくでしばらく働いていたが、じごくは今回初めて訪れる。
座学レベルで聞いていたとはいえ、じごくの罰を実際に見ることは、かなりショックだっだ。
先輩天使たちは、こうした新人の反応を見るのが楽しみになっているらしく、じごくについての心構えを教えることは、あまりない。
底意地は悪いが、仕方がないとも言える。

「明日・・・大丈夫かな・・・私に何ができるんだろう・・・・」

そう呟きながらミカルは生まれたての赤子のようにうずくまった。


あれからどれだけの時がすぎたのかわからない。

罰という名の拷問は何度も繰り返された。

ミカルが主導しなくてはいけない時も何度もあり、正直心がへし折れたことも何度もあった。

みのりに対してかける言葉も少しずつ減っていった。

心なしか目は虚になり、羽も乱れ、全身から出ていた明るいオーラは、ほぼ潰えてしまっている。

ギギギ・・・ギギギギ・・・・グギギギギギギ・・・ギ・・・

四方より響く縄の軋む音。
その音がはっきりと聞こえるほどに、この空間は静まり返っていた。
以前は天使の声や嗚咽がバックBGMだったが、今や四肢を引き裂かんとする縄ずれの音しか響いていない。そして・・・・。

「よぉ!今日もわざわざお勤めご苦労さんじゃねぇか、みのりと付き添い天使のミカルちゃんよぉ!」

不定期だが、うつろからの映像通信が流れてくる。

「今日は何をやっているだぁ~。おぉ牛裂きかぁ・・・一度はやってみたかったんだよなぁ~。
ちくしょ~俺も混ざりて~
お~い!こっちの天使さんよ~俺もあれやりたいから用意してくれね~か~」

うつろは子供のように、でも品性なくてんごくの天使に要求した。

「げーひゃっひゃひゃっひゃっひゃっ~
そうそう!こんな感じこんな感じ~
おら!もっと叫け、もっと悲鳴をあげろや!」

うつろは自分の目の前にいる牛に繋がれ、四肢を引き裂かれようとしている女をみて興奮した。

「うぐぐぐぐ、んぐうぅぅ!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
「げーひゃっひゃひゃっひゃっひゃっ~
いいぞいいぞ~その反応だぁ~そうだよこうだよこの表情だよ!
やっぱ牛裂きはこうじゃねぇと!」

四肢を引き裂かれる激痛に耐えかねた女が漏らす声に、うつろはまたも下品に笑い声を上げた。

「私・・・こんなひどいこと・・・てんごくでしたことない・・・」
「・・・・」

うつろの一連の行動にミカルは耐えきれずにつぶやいた。
みのりはてんごくの女と違い、沈黙を続ける。苦痛を噛み締めるかのように

「おやおや世間知らずの天使ちゃんよぉ。どうやらおめでたい仕事しか任されてなかったらしいなぁ。わりぃけど天国ではわりとよくある話らしいぜぇ~
俺んとこにいる天使がよく言ってたんだよぉ」

そう言って、うつろは後ろにいる活力を感じない先輩天使を指差した。
確かに、先輩天使はうつろが言った通り、牛に繋がれた女を連れてきていた。
ミカルもてんごくで人の要望に堪える仕事はしたことはあったが、このような要望には応えたことはなかった。これもまた経験不足であると言える。

「そ・・・そんなぁ・・・」
「これが現実だよぉ!
おい!もっと叫けよ!」

そう言ってうつろは四肢を裂かれる痛みで気を失った女を引っ叩いた。

「グググぐぐぐ!ギギギギギ!あああああああああああ!
痛い痛い痛い痛い!」
「そうだよこれだよこれ!みのりもこいつみたいにいい声あげろよな!
昔みたいに!」

うつろの声に対してもみのりはノーリアクションだった。てんごくの女と同じ苦痛を受けているにも関わらず・・・。

「ひどい・・・こんな・・・の・・・
なんでこんなひどいことをしている人がてんごくでみのりさんはじごくなの・・・」

ミカルはとうとう耐えきれずに泣き出してしまった。
みのりの拷問を毎日見ているとはいえ、流石に限界が来てしまったのだ。

「ははーん。新米のミカルちゃんは本当におつむがよえ~みたいだなぁ~。
お前の先輩も言ってたっけなぁ。記憶力がさっぱりのお花畑の後輩だって」

ミカルの泣き言に対して、あざけるようにうつろは言い放った。

「せっかくだし俺からおさらいの授業をしてやろうかぁ~
天使に授業とは俺も偉くなれたもんだなぁ~
将来は神様にでもなれるのかぁ~
まぁ死んじまっているから将来もクソもねぇけどなぁ~
げーひゃっひゃひゃっひゃっひゃっ~」

不協和音が天と地に響き渡っていく

「俺たちは死んだ後なぁ・・・。
神様のところに連れて行かれるんだよ。
そこで2つの選択を迫られるんだ。
天国に行きたいか地獄に行きたいかってねぇ・・・。
選ばせてもらえるんだよ!天国に行くのも地獄に行くのもねぇ!」
「・・・・・」
「当然俺は天国を選んだ!!
そりゃそうだろ。誰だって地獄なんて行きたくねぇもん。
だから俺は驚いたよ!
みのりが地獄なって選んだからよぉ!」

うつろの声はさらに品性を失っていく。それを制すものは誰もいない。

「つまりよぉ・・・
俺たちは望んだ待遇を受けることができるんだよ!
善人だから天国?悪人なら地獄?
そんなルールこの天界にはそもそもねぇんだよ!
そんなアホな考え持っているのはオメーみたいな新人のお花畑天使ちゃんしかいねぇよ!
ま、俺は生まれてこの方悪いことなんてしたことねぇからその制度でもヨユーで天国行きだけどなぁ!」
「・・・」
「まったく!こっちがありがたい講義をしてやっているのにダンマリかよ!
もっと泣き叫んで訴えるかと思ったのによぉ・・・。
本当は直接俺の手でわからせてやりたかったんだが・・・
まぁいい・・・今回はこれくらいにしてやるよ!」

そう言うと同時に通信は終わった。その瞬間

「・・・・バカね・・本当この男は・・・」

今まで全く音を発しなかったみのりから声が出た。憎しみというよりも嘲りに近い声色だった。

「え・・・どういう・・・。」

ミカルの問いかけに対して、みのりはまた沈黙した。
ーーーーー
「もう・・・いいでしょ・・・これ以上は・・・」
「・・・」

夜になってもミカルは休むことができなかった。
頭ではわかっていたけど、意識をすることを避けていた事実を突きつけられて、もやもやした思いを抱えながら動くことができなかった。
何よりもみのりの最後に吐いた言葉が気になって仕方がなかった。
そんな中・・・

「・・・・あなたって優しいのね・・・。
こんな馬鹿げた話に真剣に向き合うなんて・・・。」

今まで沈黙を守っていたみのりがミカルに対して口を開いた。

「え?」
「天使は基本無関心だけど、新人は違うって話は、ここにくる前に聞いていたけど、予想以上の入れ込み様ね・・・。」
「話してくれるの?
あっ・・でもそれならもうこんな痛いのやめてほしい・・・
見てられなくて。」
「いやよ・・・。
もうわかっているでしょ。私は好きでやっているのよ。
これまでも、これからも・・・・。」
「そんな・・・。こんな辛いことを望んでやるなんて、何回聞いても信じられません」
「・・・てんごくで何をしていたのか知らないけど、本当天使なのか疑ってしまうくらい純粋ね・・・あなたって。」

現実を受け入れられないミカルを見て、みのりは微笑んだ。
とても拷問を受けているとは思えないほど平穏な、しかしどことなく影のある笑みだった。

「本当に・・・本当に”これ”を望んだってことでいいんですよね」
「・・・そうよ。神様に2択を迫られた時にこういったの。
じごくであらゆる苦痛を受けながら消えてなくなりたいって・・・。」
「そしてあいつ・・・うつろの姿を定期的に見せてほしいって・・・。」
「え?それもみのりさんの希望だったんですか?」

意外な告白を受けて、ミカルの声は思わず上擦った。てっきりこれはうつろの希望だと思っていたからだ。

「最初は無理だって言われたけど、私の意図を汲み取ってくれたのか、特別に許可してもらえたの。」
「たまにあるらしいです。でも、私にはいまだに信じられない話です。」
「これに関しては私も運が良かったと思っているわ・・・・

私ね・・。元々何もない・・・つまらない女だったの・・・。特別優れた見た目でもなければ、誇れるような能力もない・・・。
はっきり言って人生に興味なんて持ったことなかったの・・。
そんな時、あいつ、うつろにあったのよ・・・・。」

ここまでの話は、先輩からもらった資料にも書いてあったので、ミカルも知っている内容だ。もっとも、概要レベルなので、ここまで詳細には書かれていなかったのだが。

「うつろは見ての通り、見た目もおかしいから、普通の人間が轢かれることなんてない。
そんなこと頭ではわかっていたのに・・・。
あの時の私はどうかしていた・・・いや今もかもね・・・。
あいつの言葉に何故か轢かれて、気がついたらやつの家にいたの。
両手両足を拘束された状態で・・・・・」
「はっきり言って理解できません。うつろさんは普通じゃありえないような性格です。あんなのに惹かれるなんて・・・。」
「本当、天使のくせに私情が入りまくっているわね、あなたって。
まぁ・・・そうね・・。今冷静になって考えてみれば、・・・・人生に刺激が欲しかったのかしらね・・・。
それであいつに飲まれたのかもしれない・・・。」
「それでもみのりさんの行動は本当に理解不能です。
訳のわからない男を好きになったと思ったら、監禁、拷問を受けて、大きな抵抗をすることも、逃げ出すこともしなくなり、全てを受け入れたのかと思ったら、その男をメッタ刺しにして・・・。支離滅裂で訳がわからないですよ・・・。」

ミカルは資料の内容とみのりの話でますます混乱していた。
みのりの行動に一貫性を感じられなかったからだ。

「そうね・・・何がしたかったのかしらね・・・私・・・
・・・・なんとなくだけど、苦しむという行為に快感を得ているのかもね・・・。」
「???」
「今にして思うけど、うつろから受けた行為も、ここであなたたちにしてもらった罰も、何故か心地よかった。自分、生きているんだって感じることができた・・・・。
幸せと言われる環境だと自分がいなくなるように感じるからこそ、苦痛に喜び、焦がれているのかもしれない・・・。」

もはやミカルには未知の世界でしかなかった。
苦痛に悦を感じるなんて、そんな感覚に人がいたれるなんて、理解できなかった。

いや理解したくなった方が正しい。
何故なら彼女は何度も見ていたからだ。拷問を受けながらも時々笑みを浮かべるみのりの顔を・・・

そしてみのりは自分の言った言葉を反芻し、何かを理解したようだ。

「あぁ・・・そうか・・・だからうつろに惹かれたのか・・・。
今更だけど、ようやく理解できた。
私とやつは割れ鍋にとじぶただったわけね・・・。」
「・・・じゃあどうして殺したんですか・・・自分にとって必要な存在かもしれない人を・・」
「・・・・共有したかったからかな・・・。
あいつが苦しむ姿を見ることで・・・
あぁやつも私と同じ苦しみを味わっているんだって・・・・」

少しづつみのりから漂う空気が変わってきたのをミカルは感じた。
先ほどの憎しみと優しさが入り混じった空気からより異質なものへと・・・

「最初はね・・・監禁して自由を奪ったむくろへの憎しみや怒りは強くあったわ。
それは間違いない。
でも時が経つにつれて、あいつに対する感情はぐちゃぐちゃになっていった。
まるで幼児が初めて触れる絵の具のように、いろんな色が節操なく混ざり合い、少しづつ暗い色に近づいているような・・・そんな感覚。」

少しづつ漂い始める邪悪な空気は、ミカルの心を少しづつかき乱し始める。

「でもね・・・。
あいつに刃を突き立てた時。
あいつが血を吹きながら苦悶の表情を浮かべた時・・・
あいつが命乞いするような目を向けた時・・・
あぁ・・・なんて素敵な目をしているんだろう・・・
そうよ・・・この目よ・・・
この目、この表情が見たかったのよ・・・
あぁなんて素敵な姿だったんだろう・・・・」

その時みのりが浮かべた恍惚の表情はまるでうつろのような邪悪さを感じさせた。
いや・・・それ以上に残忍で悍ましい、それでいて美しい表情だった。

そんな彼女を見たミカルの中で何かが粉々に砕け散った・・・。


あれから更に時は過ぎ・・・。

「今日でこの女の罰は終了だ・・・。
初めてのお勤めご苦労さんだな・・・」

先輩天使から今日でみのりへの罰は終わりであることを知らされたミカルだが、その表情は明らかに最初のものと違っている。
喜怒哀楽・・・そのどれも欠けたような・・・
他の先輩天使たちと同じ表情になっていた・・・

「いい表情するようになったじゃないか。ま、だからどうしたって話なんだけどな。」
「・・・・」
「お前はもっと時間かかるかと思っていたのだが、
あのみのりという女は予想異常の劇薬だったわけか
新人教育にはいい素材が見つかったというのに・・惜しい人材だったな。」
「もういいですか・・・。とっとと始めません?」

先輩の小馬鹿にした話し方すら、どうでも良くなっていた。
そしてミカルはいつものようにみのりのもとへと向かった。

「きたわね・・・。会いたかったわよ・・ミカル」
「あら・・・名前で呼んでくれるのね・・・
私のことなんてどうでもいいと思ってたわよ・・・みのり」
「最初はね・・・でも段々興味が出てきたのよ。
まぁ最後の瞬間を楽しみましょ・・・」
「どうぞご勝手に・・・」

ミカルはそっけない態度で答えた。
うつろ、みのりの異常な性格に長期間暴露したことで、ミカルの精神は崩壊しており、
初期の純粋な心はほぼ残っていなかった。

最後の罰は、両手両足を拘束し、上から巨大な岩で少しづつ押しつぶすという、至ってシンプルなものだった。
今まで行われてきた拷問に比べたら本当に地味な・・・
それでも人間だったら死んでもおかしくない拷問だった。

だからといって、ミカルは同情なんてしていない。
これもまた彼女が望んだものだ。こんなものに付き合わされてうんざりすらしている。
望むだけの苦痛をお好きにどうぞと思っていた。

そしていつも通り拷問が始まった。

しばらくは特に変わり映えもなく、みのりが潰されていった。
このままいつも通り拷問が進み、同時にみのりは消滅するのだろう。
漠然とミカルが想像していた、その時

「・・・・・いたい・・・いたい・・・痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

突然みのりが叫ぶ出した。今まで罰の間に声を上げたことはなかったのに・・・。
その後もみのりの呻きは止まらない。

「あああああああああああああ!!!!!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
許して許して許して許して許して!
何でもします!何でもします!
だからああああああああああああ!」

何を今更。
ミカルの冷え切った心にはもはや動くことはなかった。

「ああああああああ!
おとおさんおかあさんごめんなさいごめんなさい
せんせいごめんなさいごめんなさい
あああああああああ!」

何なのこいつ。
ミカルは次第に不快感を感じるようになった。
あの日、あんなに苦痛への喜びを語っていたくせに。

(こんな時になって急に何?
命乞いでもしたいの?
天使は人間の懺悔を聞くためにいるわけじゃないのよ・・・)

ミカルの心の内を知ってか知らずか、みのりの呻きは止まらない。

「うつろ・・・うつろ・・・あいつ、あの野郎・・・・
許さない・・・・許さない・・・・絶対に後悔させてやる!
永遠の苦しみを与えてやる!
・・・そうよ!苦しめばいいのよ!
あはははははは!
そうよ・・・・苦しめ!どんどん苦しめ!
そうよ!いい表情・・・
そうよ!そんな表情が見たかったのよ!
あははははは
あーっはっはっはっは!あーっはっはっはっはっは!」

泣き言のような絶叫は、うつろの話になった瞬間、けたたましい笑い声に変わった。
この世のものとは思えないほど、ノイズがかったおぞましい笑いだった。

「・・・・いい加減にして!!」

喜怒哀楽目まぐるしく入れ替わるみのりに対し、とうとう耐えきれなくなったミカルは叫んだ。

「もう付き合いきれない!
何なの!どうしてここまで私の神経を逆撫ですれば気が済むの!
今更あなたの戯言なんてどうでもいいのよ!
くたばれ!この拷問狂いが!!」

ミカルは長く溜め込んだ闇という闇をこの瞬間に一気に吐き出した
それは、みのりに対する苛立ちと交わって、強烈な爆風となって吹き荒れた。

「・・・いい表情するじゃない・・・・」

その瞬間、あれだけ狂ったように笑っていたみのりが、おとなしくなった。
元に戻ったというにはあまりにも落ち着きを払っている。

「何!どういうつもり?心がわりでもしたの?」

さっきのでだいぶ吐き出したとはいえ、まだ怒りの治らないミカルが苛立ちながら言い放った。

「まさか。私はこう見えて変わってないわよ。」
「ふん!変わろうが変わるまいがどうでもいいわ!」

みのりが不意に見せた優しい顔に、怯み欠けたミカルだったが、すぐに元に戻った。
こんなにまともに構っていたら、心がいくつあっても足りない。

「じゃあせめて遺言くらい聞いてもらえる?」
「それくらいはいいわ。
何をいうか知らないし興味ないけどね。」
「それじゃあ話すね・・・。
まず今日のこの光景を、むくろに届けるようにしてくれてありがとう。
おかげで思い残すことはなくなりそうだもの。
それにミカル。あなたもずっと私のわがままに付き合ってくれてありがとう
こんなに満ち足りたのは、生きている間ですらなかったわ」
「そりゃどうも・・・褒めても何も出ないわよ・・・」

みのりの感謝の言葉につっけんどんな態度で答えるミカル。
付き合うも何も、これも仕事なんだよ。そう思いながら。

「私・・・生まれてから高校まで本当に何もなかった。
どうやって生きればいいのかわからなかった。
でもそんな私に快楽を教えてくれて・・・みんなに感謝しかないわ・・・。」
「・・・全く響かない遺言ね・・・」

ミカルにはもうどうでもいい話になっていた。
これが普通の人間の感謝だったら響くものがあったかもしれないが、こんな狂った女が言うわけだから、どの口が言ってるんだとしか感じなくなっていた。

「あ・・・そうだ。
遺言ついでに最後のお願い聞いてくれる?
2つほど・・・」
「厚かましいわね・・・まぁ今日でおしまいだし・・・いいわよ。」

少しづつ弱っていくみのりの声に、ミカルはそっけなく答えた。

「最初はね・・・ミカル・・・あなたに・・・よ・・・」
「はぁ」
「ずっと笑顔でいてちょうだいね」
「はぁ!!?」

理解できないお願いをされ、ミカルは再び激昂した。
「何言っているの!
なんで私だけずっと笑ってなきゃいけないの!
先輩たちを見てみなさいよ!
天使なんてあんな表情をしているくらいで丁度いいのよ!
何で!何で私だけ!わたし・・・」

そこまで言ってミカルはみのりのお願いの意味を理解した。

(そっか・・・私、私って・・・)

ミカルの熱が下がったのをみて、みのりは微笑みながら言った。

「うふふ。
あなたが今気づいたこと、半分正解で半分間違いね。
確かに私はあなたのことが嫌いよ。
憎んでさえいる。
だからこそあなたが一番苦しむのは何かって考えたの。
あなたが今一番やりたくないこと。それが
”常に明るい笑顔でいること”
だからこそ、あなたにずっと笑顔でいてほしいのよ」
最後の力を振り絞るようにみのりは喋り続けた。
「・・・それでもう半分は?」
「素敵だと感じたからよ。
あなたと初めて会った時の笑顔が・・・。
私には決してできない。
今まで見たことがないくらい天真爛漫で無邪気な笑顔・・・。
何も知らない無垢な笑顔。
そんな笑顔をこの世界に振りまいてほしいの」
「難しい注文ね・・・」

そう言ってミカルは苦笑した。そんな笑顔、とうの昔に失っている気がする。

「できるわよ、あなたなら。
根拠は特にないけど、きっとあなたならできる。
だからやりなさい。これは命令よ・・・。」
「お願いじゃなかったのかよ・・・全く」

そう言って二人は笑った。
先ほどまでの陰険な空気などどこへやら
まるで長年連れ添った親友のような雰囲気が二人には流れ始めていた。

「わかったわよ。努力する。
まぁ自然にできるかどうかわからないけど・・・・。
これもみのりからの”罰”ってことで納得してやるわよ」
「うふふ・・・頑張りなさい・・・」
「で、もう一つの願いって何?」
「むくろ・・・奴に対して一言言ってやりたい。」
「いいわよ。どうせ今までのやり取りも含めて、向こうに伝わるわけだし。
思う存分言ってやりな!」

ミカルのイタズラっぽい笑みを受けて、同じく笑顔で返すみのり
最後にありったけの力を込めて叫んだ。

「永遠に苦しめ!!腐れやろう!!」

その言葉を最後にみのりは消滅した。


あれからさらに長い時がすぎ・・・

「さぁ!今死んだばかりの哀れな子羊ちゃん🎵こ~んに~ちわ~
あれ?こんばんわの方が正しいのか?
まぁいいやとにかくこんにちわ~🎵
神様が待つ天界への道はこっちだよ~」

死んだばかりの人間の魂に対して、ミカルは底抜けの明るさで道案内を行なっていた。

天界へと至る道に並ぶ魂は十人十色で、楽しそうなものもいれば、沈鬱なものも、泣いているもの、怒っているものもいる。
それをミカルは満面の笑みで導いている。

死んだ人間は天界の神のもとで、篩にかけられ、3つある道のうちの一つを進むことになる。
すなわち、転生、地獄、そして天獄である。

そうした一連の流れを誘導、管理するのも天使の仕事である。

もっとも、彼ら、彼女らを天使と呼ぶのは、天界の住人と一部無神論者くらいで、大半の元人間
はこう呼ぶ

『翼罰族(wing punisher)』と

「う~ん。今回は転生者が多めね~。
天獄や地獄に行く人は相変わらず少ないなぁ~
なんか残念⭐︎」
そう言ってミカルはイタズラぽく微笑んだ。
彼女にとっての数少ない娯楽になっているのが、天獄や地獄に行く魂たちの動向を観察することだ。

生前の行いに問題がない人間は、ほぼ確実に”転生”に振り分けられる。
希望があれば、別の道にも進めるが、彼らにはしっかりと天獄や地獄の実態も詳しく説明されるので、結局転生を選ぶ元人間は多い。

一方、生前に色々問題のあった人間は、罪人として天獄や地獄に振り分けられる。
こちらは希望制となっており、対象者は自分の意思でこの2択から選ぶことができる。
しかも、対象者は無理のない範囲で獄でのやりたいことを希望することもできる。
とはいえ、転生対象者のような詳しい説明はされず、しかも肝心のもう一つの転生という選択肢については説明されていないと、かなり厳しい扱いを受けているので、この時点ですでに罰を受けているとも言える。

「ま、いっか。久々に地獄にでも行って気分転換するかな。最近は天獄ばっかで飽きてきたし」

そう言って、ミカルは、あらかた片付いた誘導の後始末を後輩に任せて地獄へと向かった。
彼女の原点とでもいうべき地獄へと

~~

「う~ん。なんていい空気なんだろう!
本当いいよね🎵まるで実家のような安心感🎵
あ、そりゃそっか。そもそも実家だもんね。あはははは~」

むせかえるような湿気と邪気を浴びながら、ミカルは陽気に笑い出した。

かつてはこの空気に怯え、この中で繰り広げられる行為の数々に泣き叫んでいた彼女とは思えないほど朗らかな表情だった。
そして、そんな彼女の過去を知るものもほぼ残っていない。

「おっ。結構威勢がいいね~
そんなに拷問が嬉しいんかい。
ここの連中はいつもこうだよね~。
上の奴らとは大違いだよ。」

一見さんには恐怖と絶望に満ちた空間に見える地獄だが、慣れてしまえば、この空間で上がっている声の大半が嬌声であることが理解できる。

地獄を希望する元人間の大半は、いわゆるマゾヒストのような歪んだ癖を持っており、自罰行為に幸せを見出している。
中には生前の罪を悔いて罰を受けるものもいるが、大半はみのりのように大喜びで罰を受けている。
この光景でショックを受けるのは、”新人天使”の恒例行事となっており、ここで希望に満ちた目から、死んだ魚の目に変わり、立派な天使になっていくわけだ。
ちなみにミカルのように1周回ってまた笑顔になることはほぼないと言っていい。

「あーあ。また2人消滅しちゃったんだ。
寂しくなるなぁ~地獄も。」

地獄での罰には期限が設けられている。一定の期間罰を受けた魂は消滅し、影も形も残らなくなる。
故に地獄にいる魂は、天獄よりも遥かに少ない。

「ま、だからと言って天獄の連中をここに連れてくるのもどうかと思うけどねぇ~
どうせきたらきたで文句いいそうだし」

ミカルがまた無邪気に微笑みながら呟いていると・・・

「せ、先輩!ミカル先輩!
助けてください!また、こんなにたくさんの天獄からの移動希望が・・・」

まだ仕事に就いたばかりの後輩天使が天獄からあわててやってきた。

「全く・・・。昨日散々聞いてあげたのに、まだ喋り足りないというの?
本当仕様がないわね~」

後輩の健気な訴えに、ミカルはイタズラっぽく微笑みながら答えた。
彼女からしたら、これもまたいつもの光景である。後輩はミカルの回答に安堵したのち、移動希望者たちのいる天獄への通信を開始した

「もういい加減出してくれ!!ここにいるのはもう嫌だ!
早く!早く俺を消滅させてくれ!!」
「なんで、なんで死ねないのよ!!
何よ!私がなんの悪いことをしたっていうの!
いうこと聞かない子供たちを首を絞めて躾けただけじゃない!!」
「ちくしょう!退屈すぎる!頼む!もう耐えられない!
早く!早くここから出してくれ!!」

天獄から聞こえてくる声は、地獄の元人間たちと違い、極めて悲痛な叫びだった。
この結末を予想できなかった、愚かな元人間たちの末路である。

新人の天使や元人間の大半はここをいわゆる天国(heaven)と思い込んでいる。
ある意味では正しいのだが、ここの存在意義はそんなものではない。

そもそも地獄もそうなのだが、基本的に獄と名がつくだけあり、天獄もまた元人間に対して罰を与える施設である。その一方で対象者の希望に答えられるものは答えるのもまた共通している。
天獄には快楽や幸せ、欲を過剰に求める人間がよく来る。
自分が罪を犯したことを自覚できないような人間だ。

「ちくしょう!俺が何をしたというんだよ!早くここから出してくれよ!なぁ天使様!!」
「あら?最初の頃は”天使の真似事をする穢れた翼”だなんて言ってたくせに。
随分と持ち上げてくれるじゃない~
そもそもあなたたちが天獄に行きたいって言ったから、希望通り連れてきてあげたのよ~
贅沢言わない贅沢言わない~」

ちなみにこの男は30人もの人を趣味で犯して殺した大量殺人鬼である。
彼此何十年もの付き合いだが、本当に殺人鬼だったのかと疑ってしまうほどにやつれている。
どうやらそこらへんの精神構造は並の人間程度というわけだ。
聞き飽きた訴えなので、ミカルはいつもの営業スマイルで華麗にかわしている。

天獄と地獄で明確に違うのは、天獄には期限がないということだ。
本人がどれだけ消滅を望もうとも、永久に生き続けることが求められるのだ。
そしてこれが”基本的にひとりぼっちでいること”が義務となっている罪人に大きくのしかかってくるのである。

地獄でもこの義務は変わらないのだが、最終的に消えてなくなるので、問題にはならない。
だが永遠に生きることを強いられる天獄は違う。
永遠に、新しい刺激がない中、孤独でいるという苦痛に果たして何人の元人間が耐えられるのであろうか・・・。
どんな願いを叶えてもらうことができても、”孤独の解消”という望みだけは、決して叶うことはないのだ。

故に天獄という罰は、最も重い罰であると捉える天使もいる。

「あ、これはミカル先輩ご指名の通信だ。どうします?」
「どうせいつものうつろでしょ?今日くらいは聞いてやってもいいかしらねぇ」

ミカルは無邪気かつ妖艶な笑を浮かべながらいった。
かつてみのりがミカルに対して向けたような残酷な笑顔で・・・。

「や、やっと繋がった。
ミカル様、大天使ミカエル様!!頼む、俺を今度こそみのりの所へ連れて行ってくれ!
今生のお願いだ!」
「また名前間違えている。本当あなたは進歩ないわね~
それにもうみのりはこの世界に影もかたちも残っていないわよ。
私にだって会うことできないんだし。
しかも今生って何よ。あなたとっくに死んでるでしょ~」
「それは言葉のあやだよ!!
頼む!もう耐えられない!!
人がいないこんなところなんて耐えられない!!」

かつてミカルやみのりに魅せていた醜悪な笑はなりを顰め、完全に焦燥仕切っている。
彼の近くには無数の人間のような何かが転がってる。
みのりがいた頃からうつろの横にいたこれらの”人形”は構成している物質等こそ一般的な魂と変わりないのだが、思考能力がなく、指示された通りの反応しない。故に、最初こそいいおもちゃとして機能するのだが、時間が経つにつれて飽きてくるのが自然である。
創造性のない元人間にとっては、新しい人形を生み出すのは困難と言っても過言ではない。

「あ~ら。横にはたくさん可愛いお嬢さん方がいるじゃない?
あなたの”拷問”に理想通り答えてくれるお人形さんたちがね。」

うつろが大した創造性もない元人間であることを、長年の付き合いで理解しているミカルはわざとらしく煽った。

「違う!こんなの違う!
こんないつも同じような反応しかしない人形なんて俺は求めていない!
俺が欲しかったのは、自分の想像だにしない、生の反応をする人間だ!!
頼む!望めばなんでも叶えてくれるんだろ!」
「ルール違反でさえなければね~
ちなみに人間をそこに入れるのはルール違反なので叶えることはできませんでした~残念⭐︎
私でもどうしようもできませんです~ということでサヨウナラ~
いい夢みてね~」

うつろはまだ何か叫んでいたが、ミカルにとっては聞き飽きた内容なので、ここら辺で切り上げることにした。そもそも今回のやり取りも数十年ぶりにするくらいに関心がなかった。

「行きたいって言ったから天獄に来ているのに、不思議な連中よね~ほんと」

ミカルはそう言って後輩に通信を切らせた。
どうせこれ以上やっても同じ内容の繰り返しだ。
しかも半分以上が昨日全く同じ話をしてきているのだから、興味が失せるのも当然である。
それはミカル以外のベテラン天使たちも同じ感覚である。

「まだたくさんあるのに~」
「こんな感じで適当にかわしていけばいいのよこんな戯言。
最悪無視さえすればいいし。
彼らにちゃんと罰を与えるのも”てんしのしごと”よ」

そう言ってミカルは後輩の頭を撫でてあげた。
自分も天獄で雑用していた時は、彼らの話に真剣に向き合おうとして、先輩に怒られていたっけ
そう思いながら。

「誰もがミカル先輩みたいにフランクにできないですよ・・・・。
それにしてもミカル先輩って、他の先輩と違ってイキイキして不思議な感じですよね・・・。
一体どんな経験をしたらそんなに明るくなれるんですか?」
「さぁどんな体験だったっけな」
ミカルはわざとらしくすっとぼけた。
「はぐらかさないでくださいよ~
私、ミカル先輩みたいに明るい天使になってみたいです。
他の先輩は死んだ目をしながら働いていて、なんか将来が不安になりそうです。
てんしのしごとを楽しむにはどうすればいいんですか?」
「あまりお勧めできない憧れね・・・。
ぶっちゃけその先輩方の方がよっぽど天使していると言えるわよ
私は・・・まぁ壊れているのかもしれないわね・・・・」

そういうミカルの目が一瞬曇ったように見えた。
でも決してそれは無気力や絶望からくるのではない、何か、力強い決意すら感じることができる。
そんなふうに後輩の目には映った。

「はぁ・・・ますますわからなくなってきましたよ。」
「まぁ焦らない焦らない⭐︎
時間は無限に近いほどあるんだから、今から色々決めようとしなくてもいいんだよ。
さ、天獄にお帰りなさい。」

そう言ってミカルは後輩を天獄へと送り出した。



翼罰族・・・・いわゆる天使に寿命というものは基本的に存在していない。
しかし業務の内容が拷問同然なので、大抵の天使たちは心を病み、死んだ目をするようになり、最後は自ら消滅することを希望していく。

ミカルのように長期間働く”異端”も一部では存在しているが、楽しそうに仕事をしているのは彼女くらいなものである。

ちなみに天獄での罰を喜んでいる魂も一部では存在している。
彼らは、他の魂と違って、ここを本当に天国(heaven)だと思っているのだろう。
だがそんなことは神や天使たちにしてみればどうでもいいことだ。

【再利用できる魂を人間や天使に転生させ、
再利用に適さない魂を天獄と地獄に分けて処理する】

それが天界敷いては神と天使の存在意義であり、それが機能さえしていればいいのだ。
それが機能さえしていれば・・・・。

「みのり・・・・あなたはやっぱりすごいわね。
こんなレベルで自分の欲求と復讐をやってのけるなんてね。
私みたいなのじゃあ思いつかないわよ・・・馬鹿げていて。」
後輩を送り出した後、ミカルは呆れつつも、少し寂しそうに呟いた。

「うつろのやつ・・・
あなたが思っている以上に小物だったわよ。
あ、思っていたのは私の方か・・・えヘヘ。長く天界にいると勘違いが多くなって困るな~」

かつてうつろに感じた悍ましさはもうない。どちらかというと小動物みたいなものだ。可愛げはないのだが。

むしろみのりの見せた狂気の方が、彼女に鮮烈に焼き付いている。
それだけは何百年たった今でも昨日のことのように思い出すことができる。
「あなたに与えられた”罰”今でも続けているよ・・・。
後輩は憧れちゃっているけど、そんなんじゃないよ・・・。
そうでしょ・・・みのり。
これはあなたが与えた罰。あなたの心を遂に汲み取ることができなかった私への・・・」

そう呟くミカルの顔は、数百年前のものへと戻っていた。
そう、かつてみのりと話し合ったあの時のものへと・・・。

「もう少し、もう少しだけ早くあなたの心に寄り添うことができていたなら、もっと仲良くなれていたのかもしれないね。
ま、そんなこと言っても仕方がないか・・。
これからも罰を受け続けるよ。永遠にね・・・。」

みのりが結局本当は何を考え、何を望んでいたのか、ミカルは最後まで理解できなかったし、今でも想像ができない。

それでも、あの時、あの瞬間、彼女と心が通ったような気がした。
そう、あの一緒に笑った、あの瞬間に・・・。

それもミカルの思い込みなのかもしれない。そう思っているからこそ、彼女は罰を受け続けるのだ。

この天界のシステムも最近破綻の兆しを見せている。今後長くないうちに、天界が崩壊する日が来るかもしれない。
ミカルにはそんな予感があった。でも、そんなことは知ったこっちゃない。彼女はいつも通りやれることをやり切るつもりだ。
そう、いつもの”てんしのしごと”を・・・

「さぁ!悩める子羊ちゃん!天界へようこそ!」

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