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60億の神々の元へと

「ねぇパパ!神様っているの?」
「あぁ。もちろんいるよ。お前が会いたいと思えばいつでも会えるぞ。」
「本当?」
「本当さ。今から会いに行こうか。」

そう言って父さんは家の隣にある神社へと連れて行った。
父さんはお参りしながら、”ほら、ここに神様はいるだろ”と言った。
正直ピンと来なかった。
鳥居や鏡を見て、それを神様だと言われても、俺は理解できなかった。




今、俺は最後の人間として、ヒューマン・ブレイン・システム(HBS)の最終調整を行なっている。
このシステムが完全に自動運用されるようになれば、60億もの人間は魂として、永久に保存されることになる。すなわち神となるのだ。

父さんと神社にいった後、俺は毎日神の存在について、考えていた。
それは死後に人間はどうなるかという思考実験に切り替わっていった。

その思考実験を行う動機の一つに、自分が死んでしまったら、“無”になってしまうのではないかという恐怖があった。
現代科学の進歩によって、魂の存在、ひいては神の存在を否定し、それが死に対する恐怖となって自分にのしかかってきた。

俺は無になるのが、どうしても嫌だった。

そんな子供じみた願望をいい年まで拗らせて、保持していたせいで、俺はHBSの開発者になってしまった。

「後は・・・このボタンを押せば・・・」

ボタンを押せばHBSは完全自動モードに入り、人の手による制御がなくても、半永久的に作動し続ける。つまり、システム内に入った人々は、まさに半永久的に生き続けることになるのだ。

「父さんは・・・最後まで認めてくれなかたなぁ・・・」

俺が死後の世界を作ると言い出した時、父さんは反対しなかった。だが、その話を聞いた父は寂しそうな目をしていた。そしてそれは間違いではなかった。




HBSとは、電子頭脳に移された人間の魂が、自分好みの世界を作り、その中で、自由に振る舞うことができるように設計したシステムだった。望むならば平安時代の京都だろうと、ローマ帝国だろうと、ファンタジーの世界だろうと思いのままに作ることが出来、そこに住むことも、俯瞰で観察し続けることも自由にできる。
飽きたら他の人の世界を覗くことができるし、長い眠りについて、次の世代になるのを待つことだって出来る

つまり創造主になることができるのだ。

そして、HBSに接続する電子頭脳の開発もシステムと同時に行なっており、完成が近づいたのだが、その段階で問題が生じた。

HBSの試運転を行う段階になり、電子頭脳のサンプルを各国から集めることになった。
予想はしていたが、多くの国から反対の声が上がった。

それもそのはず、電子頭脳は人間の脳にある自我や記憶を移し替えることで、人間の魂をデジタル化するものだが、その過程で、肉体の機能を停止させる必要があった。

つまり一回死なないといけないのだ。

安楽死でさえ反対する人が多いのだから、国家単位での反発が起きるのは当然だというわけだ。

それ自体は対策を怠っていなかったので、気にはしていなかった。

父さんが反対しなければ・・・。

父さんはもともと神社の息子だったこともあり、神や死後の世界については、俺とは異なる価値感をもっていた。良くも悪くも神道の流れを汲む生死感を持ち続けていた。
その価値観が理解できないからこそ、俺はHBSという禁断の果実を生み出したのだが。

でも親子なのだから、父はきっとこの価値観を受け入れてくれる。
根拠はないが、そう思い込んでいた。思いたかったのだ。

だが、父さんは反対派に回った。正確には反対派の中心人物になった。

その話を聞いた瞬間、俺はショックで2〜3日は試運転のための準備が滞った。

「でも・・・止められなかった。止めることができなかった。」





そこから先は最悪だった。
父さんとは罵詈雑言飛び交う醜い言い争いとなった。
もっとも、汚い言葉を多用したのは俺の方で、父は終始冷静に反論するだけだった。

やがてこの喧嘩は、世界中を巻き込む戦争へと発展していった。


何年かかったかわからない。
戦争は父さんの死と共に終結した。父さんは最後にこう言い残したらしい。
「60億の神の御名の元に、汝の行いを拒絶する」

その言葉に宗教学的な意味があったかどうかはわからない。
ただ間違いなく父の本音だろう。
そんな気がする。

「本当は・・・父さんもここに入ってもらいたかったのに・・・」

一度進んだ時計の針は戻らない。
人口は戦争前の半分になっていた。
それでも60億人もの人が残っていたのだから、戦争前にどれだけ多くの人間が住んでいたのだろうか。

反対派が全ていなくなったわけではないが、彼らに対しても人口爆発からくる環境問題と食糧危機についての解決方法として、HBS以上の案があるのかと問いかけると、一様に沈黙してくれた。
仮に反論があったとしても、俺は叫び続けただろう。
父さんを犠牲にしてまで実現に漕ぎ着けたHBSなのだから・・・

「さて・・・と・・」

正直覚悟が決まらない。
後はボタンを押すだけだ。
それなのになぜだろう、ものすごい抵抗感がある。

・・・・・

・・・・

・・・



あぁ。あぁそうさ。それはそうさ。

自分でも馬鹿だと思っている。
なぜこんな選択をしたのか、理解できない。
戦争前だったら、父さんと絶縁する前だったら・・・。
自分のことだけ考えて、自分の魂を真っ先に電子頭脳の中に移行させている。

逆に父さんと共に神社にいった、あの時ならきっと・・・・

え・・・・?
きっと・・・・?
うそ・・・だろ・・・まさか・・・俺・・・?

認められない・・・認めたくない・・・・

でもそうとしか考えられない。

くそ!なんてこった。ここまで酷い自己矛盾を俺は・・・・。

でももう引き返すことはできない。だって・・・・だって・・・

俺を信じて魂を預けた60億人の魂を無碍になんてできない。
そして俺の理想のために犠牲になった父さんを含む60億人の人間にも顔向けできない。

さぁ押せ!押すんだ俺!
責任をとれ!そうだ責任をとれ!

押すんだ!ボタンを押すんだ!


ポチッ!


あぁ終わった。全て終わった・・。
こうして60億人の魂は神となった。

これでよかった。よかったんだ・・・。

あぁ・・・聞こえてくる。神々からの称賛と感謝の声が・・・。
一部罵詈雑言っぽいものも聞こえるけど、もうそんなものどうでもいい。

終わったのだ。それだけだ。

120億人まで膨れ上がった人間を全て電子頭脳に移し替えて運用できるように作ったシステムだったが、予想以上に人が減ってしまった。

あぁ・・・なんでもっと穏便に進められなかったのだろうか。
なんで父さんとあそこまで言い合ってしまったのだろう・・・言い争ってさえいなければ・・・。

終わった虚無感のせいか、後悔しか湧いてこない。

そして・・・俺は・・・名実ともに、この星でたった1人の人間となった。

ふぅ・・・・そして俺の寿命もきっと・・・もう。

あぁ・・・死にたくねぇなぁ・・・。
なのになんでこんな馬鹿な選択をしたのだろうか。
本当によくわからねぇ・・・。
なんで自分のために作ったユートピアを自ら拒絶するなんて・・・。

ふと上を見上げると、なぜかそこには父さんの顔が浮かんでいた。
父さんだけじゃない。数多の・・・戦争で俺が殺した人間たちの顔が・・・・。

その顔はHBSにいる魂たちと違い、一様に哀れな生き物を見るような目をしていた。

あぁそうさ!そうだ!俺は世界一の大馬鹿者だ!

60億人のHBS上の神にもなれず、父さんたち60億人の顔・・・いや神にも迎え入れられることもない。

俺の死んだ先は・・・・“無”だ!

あはははは・・・あはははは・・・

あぁなんて間抜けで愚かな末路だろうか・・・。

神を生み出した男は、神になることなく朽ち果てていくわけだ・・・。

60億の顔が1つずつ視界から消えていく。
父さんの顔も少しずつ消えていく。
そして完全に父さんの顔が消える瞬間、父さんの声が響いた・・・

「神はそこにいたのか?」

あぁいたよ。いたというかいるんだよ!俺が作った!
でも俺は間違えていた。父さん。確かに神は“そこ”にもいたよ。
でも・・・もう・・・・

「神はいた。でも神にはなれなかったよ・・・」







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