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Web小説の歩みをパソコン通信時代から大コミカライズ時代まで ⑤2016年~2019年 コミカライズ激増・女性向け編

 これは2015年8月に刊行された『このWeb小説がすごい!』で書いた、インターネット上で書かれ/読まれてきた小説群にまつわる流れをまとめたものです。

 約5年前に書いたものなので、そこから情報をアップデートしたり、情報を追記するなどしていきました。

 第1回目の記事はこちら。

 第4回目以降は2015年には書いていなかった、2016年以降のお話です。2010年代後半は、Web小説のコミカライズが爆発的に増えました。2016年と2019年を比べると約6倍強です。

 スマホが生活と密接に関わるようになり、人々のコンテンツ消費のスタイルも変わってきました。そんな中でWeb発のコンテンツはどのように受容されていったのか、見ていきます。

Web小説はどこから来て、どこへ行くのか⑤

■コミカライズのヒットと激増

 これは感覚的な話になってしまうのだが、文庫判ライトノベルがブームになっていた頃は、「ライトノベルはコスパがいい」という意見をよく聞いた。文庫1冊分の値段で、マンガ数冊分のボリュームを楽しめるからだ。

 制作する側からしても、マンガ的・アニメ的なストーリーを文章と挿絵のみで構成する小説という形式なので、制作に関わる人数も手間も削減できる(と言ってしまうと怒られるかもしれないが、マンガやアニメ、映画などに比べればかなり小規模に制作することができる)。

 インターネットがブロードバンド化してからは、Web上にはマンガもイラストも多く見られるようになり、FLASH動画などのコンテンツの流行から、ストリーミングでの動画投稿サイト――ニコニコ動画やYouTubeが台頭してきた。モバイル端末も4G、LTEの時代になると、外でも気軽に動画視聴ができるようになっていく。

 マンガに関してはスマートフォン向けのマンガアプリが多数登場し、現在では紙のコミック誌を上回るほどのマンガ媒体として認知されていっている。無料で読むことができたり、ポイントを使用しての購読など手軽さが加わった。

 紙のコミック誌と違い、連載の“枠”をあまり気にしなくてもよくなり、そして印刷・流通といった工程がなくなるため、新規参入もしやすくなっている。そのため、2017年あたりから爆発的に新連載が多くなっていった。その原作としてWeb小説が選ばれるようになっていく。

 特に異世界転生/転移ファンタジーは、マンガを読むライト層に広く受け入れられ、売り上げも好調に推移していった。

 2017年にはマンガの単行本売り上げは、電子が紙を上回った。これはスマートフォンの普及が大きく、誰でも気軽にWeb媒体に触れられるようになってきたことが大きい。

 スマートフォンの普及率は2012年で50%を超え、2017年には75%となっている。こちらのデータを見ると、2019年には29歳以下・30代のスマホ所有率は90%以上。タブレット端末は40%近くと、かなりの普及率を見せている。

 Web小説のコミカライズについては、データを見ると2016年あたりから徐々に増え始めて、2018年にも加速度的に増えて、2019年12月には月間で80作品もコミカライズ版が出版されるほどになっている。

 こちらは上記記事の「小説家になろう」からの書籍化とコミカライズの出版数推移表。書籍化が2014年~2016年で一気に増えており、2016年からはコミカライズが爆発的に増えているのがわかる。2016年で118冊だったのが、2019年では724冊だ。

コミカライズ

 しかもこれは「小説家になろう」からのみの集計なので、他のWeb小説も含めるとさらに多くなるだろう……。

 ラノベニュースオンラインのデータは、Web発だけではない、ライトノベル全体の“連載開始”を追っているリスト。2019年12月には37本も新連載がスタートしている。


■コミカライズが連載誌を代表する作品に

 既存のコミック誌も多くの異世界系ファンタジー小説を原作に新連載を始め、中にはその雑誌の代表格となる作品も現れ出す。

「ヤングエース」(KADOKAWA)で2016年から連載開始された『異世界居酒屋「のぶ」』(宝島社)は、単行本5巻時点(2017年末)で90万部を超えるヒットに成長した。

 その後、コミカライズは派生し、宝島社からは『異世界居酒屋「のぶ」 しのぶと大将の古都ごはん』、『異世界居酒屋「のぶ」 ~エーファとまかないおやつ~』と、番外編とスピンオフが誕生。そして、世界観を同じくして街やキャラクターが新規に描かれる『異世界居酒屋「げん」』もスタート。本編からは離れたストーリーがコミカライズで描かれ、シリーズの広がりを見せている。

 2020年5月からはWOWOWでの実写ドラマ化が予定されている。シリーズ累計発行部数は300万部を突破した。


「ヤングガンガン」で連載されている『薬屋のひとりごと』は、次にくるマンガ大賞2019でコミックス部門大賞を受賞した。

 Web小説書籍化黎明期の2012年に主婦の友社の単行本として出版され、その後ヒーロー文庫から再出版された作品で、2017年からは「月刊ビッグガンガン」(スクウェア・エニックス)と「月刊サンデーGX」(小学館)でコミカライズの連載が始まった。現在はシリーズ累計650万部を超えている。


 中でも最も成功したのが講談社の「月刊少年シリウス」で連載が始まった『転生したらスライムだった件』だ。単行本1巻発売直後から売上は爆発的に伸び、一気に注目された。刊行後の大ヒットは、こちらの部数の集計からもわかると思う。

 コミカライズを行っている講談社内でも「近年なかったような、相当のヒットです」と言われるようなレベルになった。

 こちらもコミカライズが複数進行しており、本編から外れたストーリーを描くものや、4コマのゆるいもの、スライムのまま社畜になるものや、島耕作など、多岐に及ぶスピンオフが描かれている。現在はシリーズ累計発行部数が1500万部を超えるほどになっている。


 GAノベルからは『失格紋の最強賢者 ~世界最強の賢者が更に強くなるために転生しました~』のコミカライズがかなりヒットしている。こちらは「小説家になろう」累計ランキングでも上位に上がり、シリーズ累計で200万部を超えている。『転生賢者の異世界ライフ』もコミカライズがヒットし、シリーズ累計150万部を突破。異世界での主人公最強ものは、総じてコミカライズでヒットしていっている。

 コミカライズは主に、マンガ連載・刊行を行っている編集部からの都度声掛けで企画が進むことが多い。しかしGA文庫・GAノベルの場合はスクウェア・エニックスのガンガンONLINE編集部と提携し、スムーズなコミカライズを可能にしている。

 この他、Web発小説を刊行する小説レーベルは、独自にマンガレーベルも創刊するようになっていく。HJ文庫の「コミックファイア」、オーバーラップの「コミックガルド」、モンスター文庫の「モンスターコミックス」、ダッシュエックス文庫の「ダッシュエックスコミックス」、一二三書房の「コミックポルカ」、TOブックスの「コミックコロナ」などなど、多数。

 GCノベルズのマイクロマガジン社「コミックライド」や、アース・スターの「アース・スターコミック」は、元からあったマンガレーベルを、Web小説系のマンガにシフトさせていった。

 Web小説のコミカライズはそれだけで市場を形成していると過言ではないくらいになってきた。コミカライズのランキングでも、Web小説原作ものは存在感を増している。


 作品数が膨大にあり、書籍化される作品に絞っても膨大になったWeb小説を、文字媒体で追い続けるのは労力的にも時間的にも困難になった。そんな中でコミカライズという表現で提供されれば、広く読み進めるのも、軽い気持ちで読むこともさらに容易になる。

 2019年の時点でコミカライズすらも作品数が膨大になっているが、電子書籍が漫画の主流になっているいま、その勢いはしばらく続くだろう。

 Web小説はそのまま小説としての書籍化を目指すだけでなく、「コミカライズ原作」として力を発揮しているのが現状だ。コミカライズ原作を募集する賞が開催されたり小説は刊行せずコミカライズを行っていくレーベルが誕生したりしている

 個人でコミカライズ打診をし、Kindleで配信するというイレギュラーも発生している。


■そして2020年、Web小説はどうなるか

 2010年代を通して、インターネットというものが生活に不可欠なものとして結びつき、本という媒体の電子化が普及していったことで、小説という表現方法も大きな転換点となった。それは文字を刻む媒体が、粘土板→パピルス、巻物→書籍、というような変化と同じような、歴史的転換だと思う。

 その変化の中で、やはり人々の読書のスタイルも大きく変化している。10年前の認識とは異なる、新たな時代に入っている。

 転換としては、男性向け異世界系ファンタジーはコミカライズが主流となり、小説の書籍化はあまり振るわなくなっている。老舗の人気シリーズが20巻以上の長期シリーズになっており、それらを追うだけでも手一杯ということもあるし、新規シリーズが始まっても売れ行き不調ならすぐさま打ち切りになってしまうという不安もあって、新たなヒット作が生まれにくい状況に入ってきた。

 これは既存の文庫判ライトノベルでも同じ状況になっているし、現在のライト文芸でも同じようなことが言える。

 一方で女性向けのファンタジー・恋愛ものは根強い人気で盛り上がっており、2019年にアニメ化された『本好きの下剋上』は、年齢層が高めの女性層からの熱い支持を受けつつ、広い年代に広がっている。『Unnamed Memory』のような古き良きファンタジーが再注目されているようにも感じられる。さらには“悪役令嬢”という言葉がかなり一般的に広まっており、ジャンルとして形成されてきた。

 Web小説の書籍化でも、初期の頃から女性主人公が異世界へ転移・転生する話は多くあり、男性向けとは少々異なった分野として市場を広げていった。

 これらは「少女小説」の流れを汲みながら、Web小説の文化と合流したものだと考えられる。これらの区分の説明はこちらの記事がわかりやすい。

 いわゆる「従来型」である「角川ビーンズ文庫」や「ビーズログ文庫」、「一迅社文庫アイリス」などは小規模になってきてしまっているが、Web小説のファンタジーを扱っているレジーナブックスやアリアンローズは手堅い存在になっている。

 一迅社文庫アイリスの『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』のアニメ化が控えており、「悪役令嬢もの」のメディアミックスとして期待が高まっている。

「混在型」としてはカドカワBOOKSは『公爵令嬢の嗜み』や『聖女の魔力は万能です』など女性主人公のシリーズをヒットさせている。PASH!ブックスも女性向けをコンスタントに刊行しており、女性向けに強い編集者がいるのだろうという印象だ。

「ライト文芸擬態型」は少女小説から対象読者の年齢層を高めにしている。コバルト文庫からシフトした「集英社オレンジ文庫」は、お仕事×イケメンの『宝石商リチャード氏の謎鑑定』や、後宮を舞台にした『後宮の烏』、小料理屋の温かな物語『ゆきうさぎのお品書き』など、ライト文芸のツボを突く作品が多い。

 文学少女を対象として創刊された「富士見L文庫」は、あやかしと宿と料理を描く『かくりよの宿飯』のヒットがあり、中華風後宮を舞台にした『紅霞後宮物語』や、園芸×グルメの『おいしいベランダ。』など、女性向けの風合いが強い。

 ライト文芸はこういった「あやかし」「中華後宮」「お仕事ミステリー」「グルメ・料理」「動物(もふもふ)」「契約結婚・偽装結婚」などの要素を取り入れてくることが多い。このライト文芸の傾向も、また別途紐解いていきたい。

 KADOKAWAは「女性が主人公の異世界転生マンガ」を連載するWEBサイト「FLOScomic(フロースコミック)」をオープン、オーバーラップも女性向け専用レーベルを創刊した。

 このように、男性向け小説がコミカライズへと移行している中で、女性向け小説の機運が高まっている。女性の市場パワーは年々上がっていると言われているし、アニメのヒット作もマンガのヒット作も、傾向としては女性の支持を集めることが重要になってきている。

 ライト文芸のジャンルでも、Web発であることが当たり前のようになってきた。小説という媒体は、インターネットと切り離せないものになってきている。


 書籍としての小説は、スマホの普及以降“基本無料で楽しめるコンテンツ”と戦い、エンタメを楽しむような可処分時間の奪い合いをしてきた。ぱっと中身の面白さが予測しづらく、文庫でも700円ほどお金を掛けなければいけない小説は、基本無料のコンテンツとの戦いは厳しい。

 基本無料のコンテンツは年々増え続け、マンガもアニメも、スマホゲームもあり、ニコニコ動画やYouTubeには動画が溢れている。2017年末からはVTuberが現れ、暇つぶしにはまったく困らないような状況になっている。

 サブスクリプションでのコンテンツ提供も一般的になり、NetflixやAmazon Primeビデオ、Hulu、U-NEXTなど映像コンテンツは充実。Kindle Unlimitedである程度の書籍は定額で読み放題だ。

 そんな中でブックウォーカーが「角川文庫・ラノベ定額読み放題」を始めた。こういった小説のサブスクリプションがどれくらい浸透するかは、読者たちの読書スタイルによるだろう。

 Web小説もいわば“基本無料”だ。そんな中で、パソコン通信時代から育まれ、インターネットで揉まれた「読者との相互コミュニケーション」「自分が好きな題材を、好きなだけ長く書く」といった利点は、これからもWeb小説では活かされていくことだろう。

 2020年以降、Web小説はどうなっていくのか、まだまだ注視していきたい。

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