Web小説3

Web小説の歩みをパソコン通信時代から大コミカライズ時代まで ③2010年~2015年

 これは2015年8月に刊行された『このWeb小説がすごい!』で書いた、インターネット上で書かれ/読まれてきた小説群にまつわる流れをまとめたものです。

 約5年前に書いたものなので、そこから情報をアップデートしたり、情報を追記するなどしていきました。

 第1回目の記事はこちら。

 第3回目では2010年代に入り、出版社が急速にWeb小説に目を向け始め、書籍化が相次ぐ時代に入っていきます。

Web小説はどこから来て、どこへ行くのか③

■Webからやってきた小説の大ヒット

 ゼロ年代頃まで、作家としてデビューするには新人賞に応募して賞を取ることが基本だった。

 Web小説を投稿し、それを書籍化してデビューという流れはアルファポリスという先駆者がいたが、ライトノベルとは異なる市場へ向けられており、ライトノベル側から見れば、あまり注目はしていなかった。

 ライトノベルにおいて2006~2007年は、GA文庫、HJ文庫、ガガガ文庫といったレーベルも参入しており、新人賞も充実してデビューの可能性も高まっていた時期だ。

 そんな時代が続いていたが、ゼロ年代も終わり頃になるとWebに掲載していた自作を、新人賞に出すという例が出てきた。最も衝撃的だったのは第15回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2009年に刊行された川原礫の『アクセル・ワールド』だろう。これは「Arcadia」に『超絶加速バーストリンカー』というタイトルで投稿されていた。

 デビューとほぼ同時に、著者が個人サイトに掲載していた『ソードアート・オンライン』も書籍化。受賞後に見いだされた作品だったのだが、これが大ヒット作になっていく。

 この書籍化の流れが詳しく書かれているのは、担当編集者である三木一馬氏の著書『面白ければなんでもあり』だ。まだ「Web掲載作品を編集者が探す」というのが珍しかったことも窺える。

『SAO』の大ヒットがあったけれど、すぐさまWeb小説の書籍化が盛んになったわけではない。『ログ・ホライズン』の場合は『まおゆう魔王勇者』の流れから、「いつか書籍化するための練習」として「小説家になろう」で投稿を始めたもので、それが担当編集者の目に留まって書籍化となった流れだった。こちらは2011年3月に第1巻が発売された。

 そして同じく2011年3月。当時「小説家になろう」の累計ランキング1位だった『魔法科高校の劣等生』が電撃文庫から書籍化されると発表された。このあたりからようやく「小説家になろう」の名前がライトノベルの世界にも認知されていった。

Check!
Web公開していた作品を新人賞へ、という流れ

『アクセル・ワールド』の他にも、元々Webで掲載していた作品を新人賞へ出した例がある。古くは米澤穂信のデビュー作『氷菓』(2001年刊行)がある。これは個人サイト「汎夢殿」で掲載していたものをスニーカー文庫の第5回角川学園小説大賞に出したものだった。2010年以降は『はたらく魔王さま!』『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』『姉ちゃんは中二病』などがこれにあたる。

 アルファポリスはすでに異世界転生・転移系のファンタジー作品でヒット作を増やしていた。元は「Arcadia」に掲載されていた柳内たくみの『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』(2010年4月に第1巻刊行)がスマッシュヒット。「小説家になろう」からの“輸入”も増え、女性向けで如月ゆすらの『リセット』(2010年11月に第1巻刊行)がヒットし、2011年には白沢戌亥の『白の皇国物語』、安倍飛翔の『シーカー』など、現在にも続く“異世界もの”の基礎を築いていた。

 2011年11月には林檎プロモーションがフェザー文庫を創刊した。最も初期に生まれた、Web小説専門の文庫レーベルだったが、問題が多発してしまいWeb小説の流行を作るまでには至らなかった。

 エンターブレイン(現・KADOKAWA)のホビー書籍部は『ログ・ホライズン』に続いてWeb小説に注目。「Arcadia」から丸山くがねの『オーバーロード』を見出し、書籍化(2012年7月)。Twitterからは奇抜なサイバーパンク・ニンジャ活劇『ニンジャスレイヤー』を世に出した(2012年9月)。

■ヒーロー文庫の登場

 2012年9月、主婦の友社がヒーロー文庫を創刊。文庫判ライトノベルとして登場し、『異世界迷宮でハーレムを』『理想のヒモ生活』『ナイツ&マジック』など「小説家になろう」のランキング上位作品を次々と刊行していった。初期は月の刊行点数は少なかったが、全作品重版し続けるなどヒットを連発することで、ライトノベル界隈にも激震が走った。

 これまでの動きとして、Web小説を書籍化する際は、四六判かB6判という単行本サイズでの刊行が多かった。ヒーロー文庫はフェザー文庫とは異なり、しっかりとした商業出版の形でWeb小説の文庫判を刊行し、さらには大物イラストレーターを起用してライトノベルの市場に参入してきた。これによって黒船のように「小説家になろう」の作品群がやってきた。

 しかしここでもすぐに既存の文庫判ライトノベルレーベルがWeb小説に手を出すことはなかった。

翌年の2013年7月にフロンティアワークスが「アリアンローズ」を創刊。8月にはフロンティアワークスとメディアファクトリーの共同事業として「MFブックス」が創刊した。前者は女性向け文芸として、後者は30~40代男性向けのエンタメノベルとして、B6判サイズでの刊行が始まった。そこにはすでに、アルファポリスやエンターブレインが築いた単行本Web小説の市場があった。

​※2020/3/13修正 「アリアンローズ」はフロンティアワークスの単独事業でしたので修正しました。

 この狙いは成功し、『盾の勇者の成り上がり』『フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~』『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』『八男って、それはないでしょう!』『魔導師は平凡を望む』などヒット作を生んでいった。

 こうして、高めの年齢層に向けたライトノベルの可能性を示すことになり、このあとのWeb小説書籍化バブルに続いていく。

■「小説家になろう」からの書籍化連発

 2013年10月に刊行されたこの素晴らしい世界に祝福を!(スニーカー文庫)に続き、2014年に入ると既存のライトノベルレーベルが「小説家になろう」の作品を次々と書籍化していく。新人賞を介さず、幾人もの新人作家がデビューした。

Re:ゼロから始める異世界生活(MF文庫J)は2014年1月から3ヶ月連続刊行され、注目された(『このすば』も『リゼロ』もこのあとのアニメ化で大化けする)。

 当時は特殊な事例として、プロ作家が「小説家になろう」に投稿し、それが書籍化されるという“逆転現象”も起き始めた。十文字青の『大英雄が無職で何が悪い』は自著のスピンオフとしてWeb連載されていたもので、それがオーバーラップ文庫から書籍化。この他にもプロ作家が「なろう」で連載を始める、という流れが作られていく。

 既存レーベルからの書籍化も増えたが、新規のWeb発小説の書籍化をメインとしたレーベルが急増する。

 2014年3月、富士見書房(現・KADOKAWA)は文庫とは別に単行本でのシリーズ刊行を始めたヒット作として『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』『レジェンド』『29歳独身は異世界で自由に生きた……かった。』などがある(初期は「富士見書房ノベルス」と銘打ちつつノンレーベルだったが、後に「カドカワBOOKS」となる)。

 同5月、マイクロマガジン社は「GCノベルズ」を創刊。創刊タイトルには『転生したらスライムだった件』があった。これがコミカライズ、アニメ化を経て大ヒット、2019年には「小説家になろう」累計ランキング1位になるとは、予想できなかった……。

 同月、宝島社も単行本としてWeb発小説の書籍化を開始。主に「なろうコン(ネット小説大賞)」の受賞作を刊行していくことになる。

 同7月には双葉社が「モンスター文庫」を創刊ヒーロー文庫に対抗するような形の“モンスター”としてWeb小説の書籍化を進めていった。双葉社はこれが初のライトノベル市場への参入となった。

 同11月にはホビージャパンがHJ文庫のサブレーベルとして「HJノベルス」を創刊。12月にはアース・スターエンターテイメントが「アース・スターノベル」を創刊。

 2015年に入ってからも『T-LINEノベルス』(辰巳出版)、『Mノベルス』(双葉社)、『PASH!ブックス』(主婦と生活社)、『オーバーラップノベルス』(オーバーラップ)、『サーガフォレスト』(一二三書房)、『カドカワBOOKS』(KADOKAWA)と毎月のように創刊が続いた。

「小説家になろう」のR18な作品群を扱うサイト「ノクターンノベルズ」と「ムーンライトノベルズ」からの作品を主に刊行するレーベルも現れる。『ビギニングノベルズ』(キルタイムコミュニケーション)、アヴァロンノベルズ/シンデレラノベルズ(ホビージャパン)などがある。

■小説賞も充実し、新人作家発掘の場として定着

「小説家になろう」と提携した小説賞も盛り上がっていく。クラウドゲート主催の「エリュシオンライトノベルコンテスト」(通称「なろうコン」)は、複数の出版社が参加して、応募された作品からそれぞれ書籍化候補作品を選出していく。第4回からは「ネット小説大賞」と改名し、毎年1回開催されている。

 ここで受賞した作品には第2回で受賞、『異世界居酒屋「のぶ」』(宝島社)、第3回で受賞、『田中~年齢イコール彼女いない歴の魔法使い~』(GCノベルズ)、第5回で受賞、『魔王様、リトライ!』などがある。

 2015年に開催された第4回「ネット小説大賞」では受賞作品が46作品となり、Web小説の書籍化のバブルを感じさせる。その後も30作品前後が毎年受賞していくことになる。

 MFブックスとアリアンローズも「小説家になろう」と連動した小説公募賞を実施し、その後「MFブックス&アリアンローズ新人賞」として2015年末に刷新。年に4回のペースで作品を募集している。

 この時期はヒーロー文庫、オーバーラップ文庫、モンスター文庫、HJ文庫、一迅社アイリス文庫などなどが小説賞を開催していた。

 そういった公募からの書籍化もありつつ、メインとなるのはランキング上位に入ってくる注目作や編集者が目をつけた作品に書籍化の打診をするというシステムだ。

 この頃、人気作品は同時に何社からも声がかかり、その中から著者側が良いと思った出版社から書籍化するという、“逆選出”のような状況も起こっていた。

 小説賞に関しても、応募された作品の選考期間中に別の出版社から声がかかり、選考を辞退して書籍化……というようなことが起こり、問題となった。そういった“横取り”“奪い合い”は当たり前の、まさに戦国時代となっていた。


■転換点となる現代もの作品


「小説家になろう」を主としたWeb小説から書籍化される作品は男性向けの女性向けも異世界を舞台としたファンタジー作品が市場のメインとなっていた。しかし、アルファポリスの『Bグループの少年』や『居酒屋ぼったくり』など、現代を舞台にした作品でも人気作があった。

 この流れを大きく変えて、Web小説の書籍化の新たな流れを作り出したと言ってもいい作品が2015年6月に突如現れた住野よるの『君の膵臓をたべたい』だ。

「小説家になろう」に投稿された作品が作家の目に留まり、そこから編集者に紹介が行き、出版されたという流れだった。膵臓がんで余命宣告されたクラスメイトと「僕」の、恋愛とも言えないような絶妙な関係性を描き、淡い青春と切なさが受けて大ヒット。実写映画化、アニメ映画化とメディアミックスを展開し、2018年の時点で発行部数は260万部を超える。ここから、いわゆる「ライト文芸」的な作品もWebから発掘されるようになっていく。

 担当作の紹介になるが、『静かの海』『君に恋をするなんて、ありえないはずだった』はこういったWeb発の文芸を目指したものだった。ド直球の現代青春もので、ある意味王道的なラブストーリー。こういった傑作もWeb小説として投稿され、それが書籍の市場でも評価されてきたのは嬉しいことだった(ちなみに『キミスイ』もそうだったが、2015~16年頃は文芸作品がWeb発であることはなるべく隠そうとしていた。まだ一般的には受け入れ難い情報だったのだと感じさせられる)。

 異世界ファンタジーが爆発的に増え、すぐに飽和状態を感じたときには新たな流れが生まれていた。これが現状のライト文芸の増加や女性向け作品の増加に繋がっていくことになる。

■つづき

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