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リタイアしたら思春期の始まり?

定年退職するって誰にとっても初めての経験です。
どぎまぎしたり、困惑したりして当然でしょう。「やっとここまで来た」という達成感と、「これからどうしよう?」という戸惑いが入り混じっていて普通なのです。

私は職業柄(ファイナンシャルプランナー)、退職が近いお客様に「リタイアしたら、やってみたいことはありますか?」としばしば伺います。すると多くの人が 「いいえ、まだ具体的には決めていなくて・・」 と口を濁されます。

それも無理はありません。これまで家庭に仕事に、懸命に走り続けてきたあなたです。定年退職したからといって急に、「ハイ、今日から○○や□□を趣味にしよう」とか、「とりあえず○○に旅行に行こう」とか、簡単に方向転換ができるわけではありません。

特にリタイアしたての頃は、「ヒマ耐性」が高くないため、無理していろいろと予定を入れてしまいがちです。もちろん、現役時代から、家でも職場でもない「第3の場所」や「人とのつながり」を持っている人は、そこに足繁く通われればよいと思います。

ただ、そういう空間を持たないのに、退職したら急に趣味の集まり(会)などに行って、違う人たちとつながろうとしても、それは長続きしないかもしれません。ほんらい「したいこと」は改まって作るものではないからです(本当にしたいことなら、現役時代、リタイア後を問わず既に「している」はず)。

心にぽっかり穴が開いたような気持ちになるのは、「会社員」という肩書きがなくなり、「会社」という行き場がなくなってしまったせいです。あなたは「素の自分」に戻ったわけです。

うしろを振り返ってみてください。現役時代は職場の中で、さまざまな役割を演じてきたあなたです。辛いこともありましたが、多くの人と物事を共有する喜びがありました。この、会社という「小さな社会」から離れたことは、実は想像を絶する出来事です。


私たちは小学校以来、ずっと何らかの「小社会」に属してきて、その中で自分を認識するクセが付いています。一例ですが、「私って今どうなの?」と自問する場合、たいてい自分が属する小社会が鏡(かがみ)となって、あなたを映し出してきました。
 
ところが定年退職するとその鏡が無くなります。つまり、何を基準に自分を評価すればよいのか、分からなくなるわけです。これはちょっとしたパニックです。今まで見たこともない記憶の彼方の自分が突如現れて「誰なの?あんたは」と問われるような事態になります。

―誰なの?あなたは―


あなたは予期せず、真っ白な、何のラベルも貼られていない透明な自分と再会することになります。リタイアメントの本質は、久方振りに「素の自分」と出会うことなのです。


「退職したら○○しよう」とか「□□に旅行に行こう」など、とかく外への興味・関心が語られますが、そんなものは暇つぶしの一環に過ぎません。正直、今からヨーロッパに出掛けても、若い頃の海外旅行に比べれば、喜びも感動も半分程度ではないでしょうか。

年を重ねると、ショッピングに行っても、知人と食事をしても、それほど「楽しい」「面白い」と感じなくなります。感受性のバネが緩んできて「つまらないなぁ」と思ってしまうことが度々。これが老いるという現象のひとつであり、これまで楽しい、面白いを積み重ねてきた結果でもあるのです。


では、リタイア生活の中で、本当の面白みはどこに眠っているのでしょう。答えはシンプル。(それは)あなた自身の中です。それも、もっとも多感だった頃(思春期)のあなたの中に眠っているはずです。

少しばかり、若かりし頃を思い出してみましょう。15~20歳の頃のあなたです。尖っていました。鬱屈してもいました。ガラスのように脆く、ナイーブだったあの頃。気持ちだけが勝手に膨らんで、胸が張り裂けそうになったこともありました。思春期の頃のあなたに今一度、「興味を持っていたこと」「本当にやりたかったこと」を問うてみませんか。

私は何も「ノスタルジーに浸りましょう」と言っているのではありません。若かりし時の自分に再会することで、第二の人生で本当に取り組むべき物事を「発見」する。そのきっかけとしていただきたいのです。
 
17歳のあなたはキャリアなど背負っていません。母親でも父親でもありませんでした。生涯を約束したパートナーもおらず、誰かの娘、息子ではありましたが、それを嫌悪していた部分があったかもしれません。


ゆっくりと思春期の頃に戻ってみましょう。


1.好きだった人のことを思い出す
これがいちばんお勧め。制約は一切ありません。翼を広げてみましょう。

2.流行っていた歌を聴き返す
例えば「1977年 ヒット曲」などと検索してみましょう。どんどんメロディを思い出すはずです。また「1978年 社会 出来事」と調べてみれば、当時の世相が蘇ってきます。

3.学生時代(含む浪人時代)の友達の名前を思い出す

実際紙に書いてみます(ニックネームでもOK)。また、学校や友達の家や、繁華街の通りの名前や、行きつけの駄菓子屋や喫茶店、その他の場所の名と住所も書き出してみましょう(ついでに画像検索もしてみましょう)。

4.実際、そこに行ってみる

5.固有名詞から記憶のひだを辿ってみる

公衆電話、期末テスト、部活、校内放送、運動会、学園祭、フォークダンス、修学旅行、学校から最寄り駅までの道のり(Googleストリートビューで辿ってみる)。

観に行った映画(映画館)や、カセットテープやレコード(歌手名・曲名)。地元の行事や、電車やバスの色。春夏秋冬のイベント。若かった親。若かった兄弟姉妹。


当時、あなたは友達から何と呼ばれていましたか。皆はあなたのことをどんなキャラクターと認識していたのでしょう。それはあなた自身の性格と同じでしたか(それとも違っていましたか)。いくつかの断片を思い出したら、そこに意識を集中させてみましょう。

素の自分に戻ることを恐れないでください。あなたが人として、若かりし頃、何に興味を持ち、どんなことを志向していたかを発見することは、これから残された時間内で「何をやるべきか」の答えにきっとつながるはずです。思春期のあなた(本心)は、今のあなたに見つけてもらうのを待っているのです。

例えば夕暮れ時。喫茶店の中で。あなたは仲間と一緒にいます。好きな人も含まれているかもしれません。友達の、どんな言葉を思い出しますか。注文したクリームソーダの手元にあった、あのストローを入れる白い袋。それを折りたたみながら、何を夢中になって話していましたか。


あるいは夜の電話。あなたは誰に電話を掛けていましたか。たわいのない話の端々から、あなたの思いが溢れていたはずです。言いたかったけれど、結局、飲み込んでしまった言葉がありませんでしたか。

また思春期の頃、あなたは誰かに手紙を書いたはずです。便箋の中にどんな言葉をしたためましたか。誰かからもらった手紙の中に、何気ないひと言の中に、「自分をそう見てくれているんだ」という驚きがありませんでしたか。
 

私は職業柄、リタイアされたら、自分の棚卸しをしてみましょうとお勧めしています。定年退職後に「やりたいこと」「やるべきこと」を見つける秘訣は、思春期のあなたに出会い直すことにあります。


#創作大賞2024 #エッセイ部門

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