独白するメランコリックリーチクライマー

身長の高さは人生に置いて必ずしも有利に働く要素ではない。

それ自体は付加的要素であり、基本的なパラメータに一定の数値を乗算するものなのではないかと思っている。良くも悪くも乗算だ。イケメンが長身であれば数倍モテるが、私のような人間であれば数倍人を遠ざけることになる。

スポーツによっては長身が有利に働くのだろうが、クライミングではそうとも言い切れず、辛酸を舐める場面も多くあった。

その多くは他人からの心無い言葉であったが、物理的にも長年負荷をかけ続けた腰が「辛すぎるっピ!」と声を上げ、昔のような出力を望めなくなっている。

日頃享受しているメリットはと言えば、高い場所にあるものに届くくらいのもので、それがクライミングに置いては有利要素として認知されているのだろう。実際昔はそうだったのかもしれない。

しかしながら現代のスポーツクライミングは競技以外のシーンでは性別や年齢の区別をせず、また女性やキッズの割合増加に伴って、必ずしもリーチが有利とは言えない環境が構築されている。

リーチを必要としない課題に長身クライマーがトライするとどうなるのか。

持て余すのである。ホールドは相対的に小さく、傾斜の影響を強く受け、足が切れれば振られが大きくなって大幅に消耗し「スタートから飛べばゴールまで届くんじゃない?」と言った冗談を繰り返し聞かされる。

小柄なクライマーに対する距離の配慮はあっても、大柄なクライマーの距離の有利は対策される理不尽に怒り狂い、目に付いたホールドを舐め回して「つまりはこう言うことだ!」と意味不明な論理を全裸で語ったこともあった。

嘘だった。そんなことはなかった。

兎にも角にも、実のない言葉だけの有利に振り回されることが嫌で「リーチに頼らない登り方」を目指したこともあったのだが、これはスナイパーライフルを持った私がアサルトライフルを持った集団と共に敵陣に向かって突撃をするようなものだと気が付いたので早々にやめた。

物事には向き不向きと言うものがあるのだ。

精神的葛藤もありつつ、肉体的な限界も見えてきて、今現在は自身の体格に合った登りを模索しているのだが、それはあくまで最適解へ辿り着くための選択肢を増やすと言うことで、常にセッターの想定内であることを念頭に置いている。

ある若いクライマーの話をしよう。

彼は長身と言うよりは巨躯と言った方が相応しい往年のアリスター・オーフレイムを彷彿とさせるクライマーだ。

その登りはリーチを主軸にパワーとメンタルでゴリ押し、異常なまでのスタミナとタフネスでアテンプト数を重ねながら、時には運を味方につけて完登を目指すもので、良くも悪くも目立っていた。

彼はリーチを使うことに躊躇がない。ジム有数の猛者たちの心を折った高グレード課題でも自分のスタイルを貫き通しやがては完登するに至った。

しかしそれはある種、ゲームで言うところの特定条件下で発生するバグを利用したような方法で、常識外れのリーチを必要とし、実質的なグレードを大きく下げる方法であったことは否めない。

実際に「あれはちょっとなぁ」と声を上げるものもいた。サトウだった。「しかもアイツ、シャツがぴっちりすぎて乳首が浮いてるんだぜ」と、見当違いの批難を続けて場の空気を一層冷ややかなものにした。

大多数の人間が「お前の乳首も浮いてるんだよ」と言う言葉を飲み込んで、ただ沈黙に徹していた。

なるほど、彼の登りはリーチの格差を象徴しているかのようで、これは文句の一つも言いたくなるか、と客観的に見て合点がいった。確かに飲み込みきれないものはある。が、それを許容できるかどうかは人それぞれだろう。

私はどうだろうか。やはり心情的には「そうまでして登ることになんの意味があるのか」と思わないでもない。

クライミングは葛藤の繰り返しであるが、自身の物差しで他人を測った時に、それを是とするか非とするかと言った場面に多々出くわす。極論、疑問が頭を擡げた時点でそれは是とするべきではないのかもしれない。

しかし結局のところは答えなどないのだ。本人が登ったと言うのならば他人がとやかく言う必要はないと思うし、それを認めたくないと言うのなら勝手に認めなければ良い。私自身はそれに対して称賛も嘲罵もするつもりはない。

ただこの場合、問題があるとすれば彼が一方的に私をライバル視をしていて、顔を合わせるたびに「あの課題登りましたよ」と言う報告や「あの課題は登れましたか?」などの確認を喧しく繰り返してくることだ。

あまりにも私の動向を知りたがるので、そのうちトイレの後に「お尻は拭きましたか?」と聞かれるのではないかと気が気ではない。

彼の登りのスタイルは前述の通りのフィジカル偏重型で、ある意味今の傾向にマッチしているので前途は有望だと思う。目指す方向やモチベーションが異なる私などに構わずやりたいようにやれば良い。

ただ私が懸命に頭を捻りながら知恵の輪を解いている横で、強引にそれを引きちぎるのはやめて欲しいし、魚の取り方を学んでいる最中に視界に入る場所でバチャバチャと魚を追い回すのは迷惑だ。

目の前でご馳走を食い散らかされているようであまり気分がよろしくない。品性や優雅さに欠ける。どんな食べ方をしようとも人の自由だが、それをわざわざ人に見せつけるのであれば話は別だろう。

彼自身が他人に対してマウントを取りたいとか、注目を浴びたいと言うわけではないのはわかっている。自分の成し遂げたことに対して気持ちが高まり「褒めて!褒めて!」と、ちょっとお馬鹿な大型犬よろしく駆け回っているだけなのだ。

実際憎めない男だとは思うし、他人の目や声を気にせず自分のスタイルを貫き通せるメンタルには見習うべきものがある。

私が彼に望んでいるのは、私など視野に入れずに距離を取り、ぴっちりとしたシャツを脱ぎ捨てて、その主張の激しい乳首に慎ましやかさを学ばせてほしいと、ただそれだけだ。

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