加虐的女子クライマーによる不可逆的被害

誰しも苦手な人間が存在するわけだが、クライマーと言う人種に絞った場合にその比率は高くなるのではなかろうか。特に私は生来の気質から対象範囲が広く、なんなら初対面の人間全てが苦手なので、何かと気苦労の絶えない日々を送っているのであった。自業自得である。

中でもフーコちゃんは別格の存在だ。彼女に対しては苦手と言う枠を通り越して嫌いだと言う者もいるが、一方で彼女に心酔しているらしい人間もおり、その評価は極端に二分されている。

彼女のことを避ける人間が多い理由として、まずはその口の悪さが挙げられるだろう。

私自身も比較的付き合いの浅い段階で「童貞だろ」と謂れのない中傷を受けたことがある。どどどど童貞ちゃうわ。と言うかこの歳まで童貞だったら壁など登らずにその辺を飛び回っとるわ。ガキが・・・舐めてると潰すぞ。

まずは舐められないことが肝要なので私は比較的に強く返したのだが、意に介している様子はなく至って平常心である。

それどころかその矛先は開拓時代を生きた大先輩に対しても平等に向けられ、自分の親よりも年上であろう人間に舐めた口を利いていたのだから穏やかではない。

まぁそれで居づらくなるのは本人だし、相手は人生経験豊富な手練れだ。止めずとも上手く去なすに違いない。そう高を括って事の成り行きを見守っていたのだが、若い女に言葉で嬲られる快感に目覚めたのか、還暦過ぎの重鎮はあっさりと取り込まれてしまったのだった。

あいつ序盤で最強クラスのポケモンをゲットしやがった・・・

そのポケモンは「若いガールフレンドができちゃった」としたり顔で触れ回るただのエロ爺と化している。ある意味首級を上げた彼女は大先輩らの下で庇護をうける存在となり、益々手がつけられなくなるのであった。

次に問題なのは暴力的な意味での手の早さだ。

私はすれ違い様に背中を叩かれる程度だったので看過していたのだが、サトウなどはシューズケースを投げつけられて以来「顔も見たくないレベルで嫌い」らしい。その前後関係は不明だが、稀代の女好きがそこまで言うのだから余程のことがあったのだろう。

恐らくはサトウの乳首が透けていて気持ち悪かったとかそういうことじゃないだろうか。何度指摘しても薄手のシャツを着て主張を続けるのだから意味がわからない。あれはシューズケースを投げるに値する不愉快さだ。なんなら三角ボテの最も鋭角な部分で後頭部を狙っても良い。

サトウはどうでもいいとして、彼女の加虐性の被害者は山のように存在したが、日毎同調する者も増えて、悪ふざけを許容する風潮が高まりつつあった。件のエロ爺に至っては背中に低グレードカラーのテープで「足自由」と貼り付けられる始末だ。もはや威厳も尊厳もあったものではない。

この状況を是とする者もいれば、非とする者もいる。だからこそ彼女に対する評価は二分されるのだろう。

私はここまで彼女のことが苦手な姿勢を崩さずにいたのだが、遠征先のジムや外岩、果ては登山まで、何故か行く先々で顔を合わせることが多く、否応なしに関わらざるを得ない状況が続いていた。

とあるキャンプ場にて孤独を楽しんでいたところへ彼女が現れた時の恐怖たるや、下手なホラーを凌駕するものであったと言わざるを得ない。しかも何故かいつもと様子の異なる彼女が手製の料理を振舞ってくれたのだから、あまりの不気味さに山に住む物の怪が化けて出たのかと邪推しても無理はないだろう。

その夜は色々な話をしたと思う。いや聞かされたと言うべきか。そこだけを切り取れば彼女も普通の女の子と変わりはない。

そういえば普段は虚勢を張っているのに何故か二人きりになると大人しくなる同輩がいたな、と思い出して彼女に対する理解が急速に深まったような気がした。

私はそれまで彼女のことを、ただ口が悪く加害欲求の高いメンタル鋼の錬金術師だと思っていた。しかし実際には他人との距離感や関わり方を知らない、ただ不器用なだけの女の子なのかもしれない。

そう考えると彼女の育ってきた環境の背景が見えてきたようで、ギャンブルに溺れて家の金に手をつける暴力的な父親と、そんな伴侶を口汚く罵る母親が私の中で勝手に具現化されて脳内で争いを始め、挙句に「私はここにいるよ・・・」と物憂げなご本人まで登場し、昼ドラよろしく修羅場が展開されて、私自身の情緒まで破壊して回る結果となった。

その時はソロキャンプが持つ魔性に魅入られて込み上げるものがあり、途端に彼女が愛おしく思え・・・はしないが、なんかまぁ思ったよりは悪い奴じゃないのかもしれないと思い「ありがとう。ご馳走様」と手を合わせて笑顔で見送った。

これがエロ漫画ならば「テントが風で飛ばされちゃって・・・」などと言う甘い展開があったのかもしれないが実際にそんなことはあり得ない。むしろこれを契機に本性を表した彼女が私のソロテントを奪おうとして血で血を洗う凄惨な争うが始まる可能性の方が高い。

そもそも私の人生に置いてラブストーリーなどと言うものはほぼ発生せず、今後発生したとしてもそれはミゾグチさんとの老後を描いたヒューマンストーリーになるだろう。

とまぁ、そんなこんなで彼女との距離感も縮まったかのように見え、多少はジムでの居心地も良くなるかと勝手な想像をしていたのだが、次に顔を合わせた瞬間に強烈なボディブローが私の腹を貫いたので、薄れゆく意識の中で「こいつとは一生分かり合えない」と、確信を得たのであった。

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