「伝説のお母さん」書籍化までの日々と、電子書籍を個人出版にした理由と、その手順とか

私の書籍「伝説のお母さん」が7月13日、発売されました。

この作品は、出版社に持ち込んでとか連載があって単行本になったとかではなく、Twitterのバズ、つまりはみなさんの応援があっての書籍化作品です。その経緯のためか、反応を見ると本当に温かく見守っていただいているなと感じています。また、書籍化したことにより初めてこの作品を読んだ方からの反応も予想以上によくて、驚いています。ありがとうございます。

書籍化のお話について

この作品は度々話題となって、10件近くの書籍化のオファーをいただきました。とある読者さんのツイートがきっかけで1万件以上のRTがされた2018年2月付近が最も盛り上がっていて、そのタイミングでは帯に推薦をいただいた羽海野先生をはじめ、たくさん方々に読んでもらえました。

でも、書籍化が決まったのはあのタイミングではなく、お話自体はかなり前からありました。この作品を公開したのは2017年4月ですが、最初に声をかけてくださったKADOKAWAの担当さんは、その春にはこの作品を見つけてくれました。「良い条件での他社からオファーがあったら、うちではなくそちらと契約してくださって大丈夫ですから」と言いつつ、原稿のネームチェックを続けてくれていたのです。

想像以上に広がったこの作品ですが、子育て、女性、社会という、盛んに、時には過激な議論になるテーマを含んでいます。たった1人で公開するのは緊張感がありました。そういう意味で、担当さんの存在はとても心強かったです。
私は最初に声をかけてくださった担当さんと、そのまま出版契約に至り、本を出すことになりました。

書籍化、それ以上に困難だった完結までの道のり

私には子供が2人います。自宅保育中の2歳児と幼稚園に通う息子。そして在宅でフリーランスのお仕事をしています。この作品はその合間になんとか書き上げました。
投稿開始時には0歳だった娘が、書籍が本屋に並ぶ頃には2歳に。上の子は幼稚園児で、春・夏・冬それぞれ1か月近い長期休みがあります。
執筆は度々遅れ、本業のスケジュールで投稿期間が空くこともありました。元々筆も遅いし、作画には時間がかかるタイプです。話が思い浮かばず、子供の世話や仕事に追われ、1Pのネームに1週間、1Pの作画に何日もかかる日もありました。

これが、原稿料を貰って連載する〆切のある雑誌やWEB連載のように、厳しく〆切が決められていたら途中でギブアップ、本にすることはできなかったでしょう。
あと、内容についても自由にやらせてもらったので、担当さんに見せたネームからは言葉の修正ぐらいで作画に入れたことも大きかったです。(これには「もっと第三者の意見が欲しい!ダメ出しして!」という人もいるでしょうから、良し悪しがあるかもしれませんが)
好きなタイミングで更新できる自分のSNSでの連載、そこからの「Twitter(ネット)のバズからの書籍化」というものが一般的な今だからこそ、終わらせることができたのだと思います。

電子書籍を自分で出したい!

書籍化をゴールとして思い浮かべつつ連載を進めていた「伝説のお母さん」ですが、この作品は今でもブログで全話公開されたままです。マンガの本筋のみを読むなら、本を買う必要はありません。

担当さんは「本が発売されてもブログで作品を公開したままで大丈夫」と言ってくれたので、このままの状態にしています。はじめは本が出たら無料で読めるブログからは作品を取り下げないといけないかなと思っていたのですが、このままの形で残せることができてほっとしています。ただ、誤字も脱字も表記ゆれも作画のあらもミスも直っていないので、そういった点で取り下げたいと思うことはありますが。

さて、それでどうして電子書籍の権利を自分で持ちたいと思ったかについてです。

ブログTwitterを見ていただければわかりますが、私はもともと育児エッセイマンガをアップしていました。
育児絵やマンガを書いてる人は、今とても多いです。そして、育児絵日記・マンガの書籍化もまた多いです。私の育児エッセイが書籍化することはないのですが、そうやって「本」という形にまとめたいという考えは当初からありました。写真がたまってきたら、アルバムを作るような感覚です。

それなりの数が描けたら、いつか自分で同人誌なり電子書籍で出してみよう。そんなことを頭の片隅におきながら育児エッセイマンガを描く日々のなかで、育児エッセイではない創作マンガ、「伝説のお母さん」が思い浮かんでアップしました。
こちらがかなり良い反応をいただいたことで、「育児エッセイマンガじゃなくて、この作品を自費出版してみようかな?」と考えはじめました。
紙の本は同人誌でコミティアなどで販売し、電子書籍はKindleダイレクト・パブリッシングで。Kindle本を探してAmazonを見ると自費出版の本がいっぱい出てくるので、「ああ、今はこういう風に本を出す形もあるのか」と気になっていたこともありました。

結果的に「伝説のお母さん」の反応は自分の予想をはるかに超えて出版社に届き、書籍化というお話をいただいたので、作品は自費出版ではなく紙書籍にしてもらえることになりました。

でも、私が「自分で本にしてみようかな?」と思った気持ちが書籍化のお話で消えることはありませんでした。
書籍化はありがたいお話ではありましたが、自分で思いつき自分のサイト(とSNS)に自分で発表した作品なので、だったら、本にするところも自分でやりたいなと。

書籍化って、私の人生でこれが最初で最後のような気がしてたんです。
この作品が練りに練って「これなら面白い作品だ!」バーン!と発表できたものなら手法もわかっていて次があるかもしれませんが、この作品の物語のハコ(PRGの世界観とかキャラ造形とか)を思いついたのとか本当に一瞬だったんです。
降ってきたか湧いたかというストーリーだった上に、RPGパロディだし、世の中の既知の問題を落とし込んだだけだし、私が描いたというより、ネット(SNS)から産まれたと言うか。
SNSで育児やジェンダー関係の話題に触れたことのあるみなさんは「伝説のお母さん」は私が産んだと言ってもらってオッケーなぐらい、私がやったことって少なくて。

ラッキー書籍化だったんですよね。
一生に一度しかないかもしれないこのチャンス。「自分でも本を出したい」と思ったなら、それをやるしかない、と。
やれることは全部やっておきたかったんです。

吉田貴司先生の記事と、「電書バト」の存在

とはいえ、その時私が個人で出せることを知っていた電子書籍は、Kindleや楽天Koboくらいでした。
でも、電子書籍のマンガサイトって他にもいっぱいありますよね。Renta!とかシーモアとか。ヨドバシ、紀伊國屋、hontoのように紙書籍を発売しつつ電子書籍を配信しているサイトもあります。ただ、ああいうところは個人出版では申請できないようなんです。
だから個人で電子書籍を配信しようとすると、配信サイトがぐっと少なくなってしまう。その問題が立ちはだかりました。

サイトの数が限られても自分で配信するか、多くの人に届けるためにやっぱり出版社に電子書籍も任せるか…。

そんな時に、偶然読んだのが吉田貴司先生のインタビュー。ドラマ化もしている「やれたかも委員会」の吉田先生です。

このインタビュー、はじめて読んだ時に衝撃を受けました。

プロのマンガ家って、おもしろいストーリーを作って絵を描いて原稿を仕上げることが仕事だと思っていました。でもこのインタビューを読むと、吉田先生はその先の「読者にどうマンガを届けるか」ということまで考えてらっしゃるんですよね。おそらく、前なら出版社がすべてやっていたところまで。

確かに今の時代って面白いマンガが溢れていて、ものすごく数が多いです。Twitterなどのバズからの書籍化で、マンガ家も専業マンガ家じゃない人もマンガの本をいっぱい出しています。書籍化→発売!って本当にたくさんあります。
私自身、書籍化が決まって、めでたい!嬉しい!と思いました。
でもそれは「マンガを売る」というより「書籍化」の言葉に浮かれているだけで、ただお祭り騒ぎが楽しかっただけだったんじゃないかとハッとしました。

「最初に自分で本にしようと思ったから電子書籍は自分でやりたいなぁ~」というふわふわとした気持ちではなく、「自分で電子書籍を出して、届けよう」という考えになったのです。

じゃあ、どうやって電子書籍を自分で出すのか?

インタビューでは、吉田先生が「電子書籍の管理は自分で(=電子書籍の出版権は吉田先生)」と発言されています。そして、吉田先生の作品は、Amazonだけではなくあらゆる電子書籍サイトで配信されています。
だったら吉田先生がどのようにして電子書籍を出しているのか調べればいいんだ!(そして真似しよう)ということで、調べてみたんです。

その頃の私は、電子書籍を自分で発行しているなら、出版社名は空欄ということ?あるいは吉田先生個人のお名前が入っているのか?と、なにもわかりませんでした。
元々「やれたかも委員会」はインタビュー拝見よりも前から電子書籍を持っていたんですが、発行元まで気にしてませんでした。当然のように紙書籍の出版社さんが電子書籍も発行してると思っていましたし、紙書籍と電子書籍で表紙が違うのは、そういう特典なのかと…。
吉田先生のやれたかも委員会、紙書籍の発行元は「双葉社」。出版社ですね。

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しかし、電子書籍は「電書バト」とあります。

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電書バトってなんだろう、出版社ではなさそうだし。

私はここではじめて「電書バト」という、電子書籍の取次サービスの存在を知りました。

電書バトに連絡するまで

電書バトは、「海猿」「ブラックジャックによろしく」で有名な佐藤秀峰先生の会社が運営している電子書籍の取次サービス名です。

通常、自分でAmazonや楽天などに行わなければいけない電子書籍の配信申請を、代理でまとめて行ってくれます。そのサイト数は50以上。

たとえ個人で電子書籍サイトに配信申請できるとしても、50を越えるサイトに作家が、各サイトの申請方法を熟読し、データを用意し、申請を出すのは途方もない時間と手間がかかります。
電書バトはその全てを引き受けてくれる画期的なサービスで、指示通りのデータを用意し送るだけで、あとは作家は待つだけでOKです。

電書バトへの支払いは、売り上げから自動的に引かれて行われるので、最初にデータさえ用意したらあとは作家がやることはありません。これなら私みたいな電子書籍の素人でも、ほとんどのサイトで配信ができそうでした。(電書バトについて詳しくは佐藤先生ご自身がnoteに記事を書いてらっしゃるので、ぜひご一読を:「電子書籍はなぜ儲からないのか?」、「電子書籍は漫画家の希望となるか?」)

自分で電子書籍を出す懸念のひとつが、個人出版ができる一部のサイト以外では販売ができないことでした。けれど電書バトがあったおかげで、その問題はクリアできることになりました。

電子書籍の権利について、出版社に伝える

ネットからの書籍化の多くは、紙書籍と電子書籍は同じ出版社から出版されています。なので、私の申し出はたぶん珍しいのではないかと思っていました。

担当さんに「電子書籍は自分で…」と申し出る時は、正直「こんな無名の、はじめて本を出す人間がそんなことを言ったら生意気かな?」と緊張しました。向こうはプロですから、「やめたほうがいいですよ!うちで紙書籍といっしょに電子書籍を出しましょう!」と言いくるめられたらどうしようとまで考えてました(笑)

でも実際は、そんなことはまったく起きませんでした。
最初の申し出から最後まで、KADOKAWA側はそれが当たり前の私の権利であるというように、「あ、わかりました!」くらいにさらっと対応してもらいました。
契約書についても、「電子書籍の出版権はかねもと」になっていることを隅々まで一緒に確認していただきました。さらに担当さんは「電子書籍で困ったことがあったら相談してください」とまで言ってくれました。担当さんには1円にもならないのに。本当にありがたかったです。

電子書籍の権利が自分で持てることが確定してから、すぐに電書バト側に連絡をして、詳細を伺いました。
作品の審査を受け、待つこと数日。OKをいただき、配信をしてもらえることとなりました。

権利を分けるとは?自分で出すなら、データも自分で!

hontoが見やすいので例にあげると、「伝説のお母さん」は紙書籍は発行が「KADOKAWA」ですが、電子書籍は「電書バト」となっています。そして表紙が違います。

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そして、紙書籍と電子書籍で表紙も、中身の写植やデザインに若干の違いがあります。
電子書籍の権利はKADOKAWAにありません。つまりその逆の、KADOKAWAの紙書籍のデータを私が使う権利もないのです。著作権(作品の内容)は私のものですが、本を印刷するために作った製版データは、KADOKAWAのものです。

つまり電子書籍を自分で出すということは、自分で表紙を作り、目次を作り、写植も、奥付も、校正も、ページ管理もして、納品データを作る必要があります。

私は幸いにも同人誌の製作経験があったし、このあたりは無理なくこなすことができました。同人誌を作った経験が役立ちました。
ただ、ものすごく大変でした…。とにかくページ数が多かったので。(CLIP STUDIO PAINT EXのページ管理機能が大活躍だった)
電書バトはあくまで取次なので校正やデータチェックは一切行っていません。データの全責任が自分にあるというのはものすごく緊張しました。配信に差し支えるようなデータの入稿ミスでもないかぎりは、自分が作ったデータがそのまま配信されますから。

大変なこともありましたが、なんとか電子書籍のデータも完成。電書バト側の迅速な対応のおかげで、電子書籍と紙の本は同時に発売日を迎えることができました。

電子書籍を自分で出すメリット

電子書籍を自分で売ると、KindleUnlimitedなどの読み放題サービスに登録するかしないか、セールに参加するかしないかを選べます。これは、自分で電子書籍を出そうと決めたときには特別意識していませんでしたが、具体的に配信を考えるようになった段階でとても良いことだと気づきました。

出版社の作品でも読み放題に登録されたりセール作品はありますが、それには出版社側の販売戦略も絡んでくると思うので、作者個人の判断で、自由にはできないんじゃないでしょうか(憶測ですが) 発売されたばかりの書籍が読み放題やセールされていることはほとんどないですよね。

でも、私は読み放題やセールにバンバン参加したい方針でした。そもそも「伝説のお母さん」は私のブログで、無料で基本的なストーリーは読めるので、読み放題のようなものです。シーモアでは既に読み放題対象で、電子貸本や「待てば無料」などのサイトにも、この作品を登録しています。
こういった形態で配信するかしないかは、電書バトサービスを利用する際に自分の判断で選べます。

「どこでどう(販売・貸本・読み放題・セール)売るか」という判断が、自分でできる。「(書籍化によって)自分の本が出る」のではなく、「自分が出す」という、販売のコントロール権を持てたことは、とても大きなメリットでした。

よくある書籍化でも、私にとっては特別

以上が、私が電子書籍を個人で出版するまでのお話です。

余談ですが、紙書籍を出したKADOKAWAの担当さんは私の本を電子書籍で買ってくださり、電子書籍でお世話になった電書バトの中の人は紙書籍を取り寄せてくださり、電子書籍の権利を自分で持った私は、書店で紙書籍を買っています。(本屋さんに販促用の色紙と一緒に並んでいるのを見たら嬉しかったものでつい)なにかの童話になりそう。

この本に関わってくださった全てのみなさんが優しくてありがたかったです。

作品は我が子のようなものだと言います。KADOKAWAさんによる紙書籍化を経て、我が子は社会に、書店に旅立っていきました。でも、電子書籍の権利が私にあることで、私はこの作品の実家であり続けられるような気がしています。

すべてはネットというマンガの発表の場があったこと、拡散してくださった・話題にしてくださった人の多さ、KADOKAWAと担当さんが電子書籍の権利について対応してくれたこと、電書バトのサービスがあったからできたこと。
なにより「伝説のお母さん」に内包したテーマ自体、親にならなければ、今の時代でなければ目を向けることもなかっただろう自分の無関心さを情けなく思います。
私は自分で書籍化したのではなく、みなさんのおかげで本を出すことができました。

世の中に数あるバズからの書籍化だけど、私には特別な経験でした。
関わってくれたすべてのみなさん、ありがとうございました。

よかったら「伝説のお母さん」を読んでください。実家の母より。


追記:「伝説のお母さん」はドラマ化が決定しました。2020年2月1日からNHKで放送されます。本当にありがとうございます!