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30年の“サプライズ” 10年10万kmストーリー第90回 ランチア・デルタ インテグラーレ エヴォルツィオーネ2(1993年)30年8万8000km


 生まれて初めて、“サプライズ”プレゼントの手伝いをした。

 おそらく父親が予期していないはずの“記念日”に家族が贈り物をして驚かせながら喜んでもらおうという趣向で、かなり手が込んでいた。

 父親がランチア・デルタ インテグラーレ エヴォルツィオーネ2を新車から30年近く乗り続けているので、首謀者である息子が密かにイタリアのランチアに生産証明書の発行を申請し、それを家族が父親に直接に手渡そうというものだった。

 それだけでなく、イタリアで生産され日本に輸入されてガレージ伊太利屋から納車された1994年1月26日のキッカリ30年後である2024年1月26日に渡すというシナリオまで息子は描いていた。プレゼントそのものと渡す日と、サプライズは二重に企てられていたのだ。凝ったことをするものだ。

 僕がそこに参画することになる名目というのは、この「10年10万kmストーリー」の取材の撮影のためというものだった。

 父親のことを取材してもらえないだろうかという提案を息子から受け、自宅を訪問するところから始まったのはいつもの取材と変わらない。しかし、デルタの修理が長引くことが直前に判明し、この時はデルタなしで話だけ聞いて戻ってきた。

 さまざまな理由から取材が2度に渡ることは今までも時々あるので、こちらは慣れている。

「では、デルタが戻ってきたら、またお邪魔しますので撮影させて下さい」

 その2度目の取材日をサプライズの記念日に重ねて設定してカモフラージュできるから、かえって好都合だった。企て通り、サプライズの敢行日は1月26日に設定できた。

 まず取材のために公園の駐車場でデルタの撮影を行い、その後に「ガレージ伊太利屋の前でもワンカットお願いします」と導く段取りだ。1週間前にもガレージ伊太利屋には修理が完了したデルタを取りに来ているのだけれども、父親に「また行くのか」と訝しまられずに済みそうなのは、“取材で撮影する”からだった。

 息子、妻、僕の3人でLINEのグループチャットのアカウント「1/26サプライズ」を作って連絡と確認を怠らないようにした。年末年始休暇を日本で過ごした息子は赴任地のチェコへ帰ってしまっていたため、連絡を取り合うのにLINEのダイレクトメッセージはとても便利だった。

 父親に勘付かれないために、そこに父親を加えたダミーとなるアカウント「金子さん取材調整」もわざわざ作って、そちらでは取材と撮影についてのことだけをやり取りした。

 生産証明書はすでに取得済みで、サプライズプレゼントのことを説明してガレージ伊太利屋の担当者に渡してあった。

 26日はグループチャットで連絡済みの埼玉県内の駅で待ち合わせ、お台場の潮風公園に向かった。そこからならガレージ伊太利屋は近いからだ。

 駅のロータリーで待っていると、遠くからネイビーのデルタがこちらに向かって走ってくるのが見えた。久しぶりに眼にしたが、思いのほか小さく見える。街でデルタを見掛けなくなってしまった間に、他のクルマが大きくなってしまったからだ。

 後席に乗せてもらって、先日のインタビューの続きを始めた。天井の布がゆるやかに垂れ下がってきているのが30年の歴史を物語っているが、後席の乗り心地じたいは良好だ。昔のクルマは、さまざまなノイズがあちこちから聞こえてくるはずだけれども、このデルタは整っている。


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