金子眼鏡

私たちが歩んできた足跡、大切にしていること、目指すものなどを、ものづくりに関わる人、もの、ことなどにクローズアップしながら、現在・過去・未来の金子眼鏡としてお伝えできればと思います。

金子眼鏡

私たちが歩んできた足跡、大切にしていること、目指すものなどを、ものづくりに関わる人、もの、ことなどにクローズアップしながら、現在・過去・未来の金子眼鏡としてお伝えできればと思います。

    最近の記事

    #07_挑戦は終わらない。

    鯖江における眼鏡業界にて40年余りかけて歩んできた道。その道は金子にとって幾多の山を越え、歩みを進めながら試行錯誤を繰り返し、時には迷い立ち止まり、時には全速力で走り抜けた道のりでした。一介の卸問屋業として地方から東京を巡った日々。多くの人たちとの出会いや様々な経験から生み出されたオリジナルブランド。理想とする店舗と念願の工場設立。しかし、現在たどり着いたこの場所から見える景色は、金子が想像していたものと全く違っていました。 眼鏡に限らず、多くの困難に直面する日本のもの

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      • #06_店舗とは、伝える場所。

        零細な卸問屋としてスタートした金子眼鏡は、社長である金子真也の感性と先見性、そして覚悟により今日まで至りました。その過程において自社の強みとなるオリジナルブランドをつくり、職人との出会いによって新たな価値を創出し、「ものづくりの継承」という決意をいたしました。 一方、金子が1990年代後半以降から、ものづくりの現場(工場)と同様に重要視し情熱を注いできたものがあります。それは【店舗】という場所。 1980年代から2000年代初頭まで続く歩みの中で、金子は自分たちの商品だけ

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        • #05_自社工場の設立。

          眼鏡職人ブランドのシリーズ拡充と直営店の拡大によって新たな道を切り拓いた金子に達成感はなく、そこにあったのは危機感だけでした。 製造の主導権を中国に奪われ大幅に受注が減少し、経営危機に直面する産地の工場。さらに深刻な人手不足と後継者不足、そして職人の高齢化。危機に瀕する産地に対する杞憂が頭の中をよぎる日々。 いまや眼鏡職人ブランドは屋台骨となり、それが企業としての誇りとなった金子眼鏡。鯖江というこの地でメイド・イン・ジャパンの眼鏡を提供することは自分たちにとっての生命線であ

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          • #04_眼鏡のプロが惚れ込んだ、「職人」という宝。

            1990年代の後半に差しかかると、眼鏡業界を取り巻く状況は大きく変わろうとしていました。 バブル経済崩壊の余波が業界にも押し寄せ、これまでライセンスビジネスで大きな利益を得ていた商社やメーカーは苦境に立たされ、生産状況もコストの安い中国での生産が急増し、鯖江を拠点とする下請け工場や職人たちも徐々に仕事を奪われていきました。 産地に重い暗雲が立ち込め始めたある日、先細る仕事に廃業を覚悟した一人の職人が金子のもとを訪れます。 「自分の作っている眼鏡を見てくださらんかのぉ。それで

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            #03_自社ブランドの誕生。

            1986(昭和61)年。28歳になり、父から会社の経営を引き継いだ金子はこれまで個人経営だった会社を法人化。さらにその翌年、初の自社ブランドの眼鏡フレームを発表します。企画・デザイン・小売、さらには製造までを一貫して自社が手がけ、現在の金子眼鏡のひな形となる改革は、まさにここから始まりました。 孤独な営業活動の日々、大手商社の製品を分けてもらい卸す二次問屋のままでは、この先も現状から抜け出せないであろうことを痛感。様々な模索を続けながら、金子は自らの商売の未来に向け、眼鏡の

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            #02_はじまりは最後列から。金子眼鏡の誕生。

            福井県鯖江市。人口7万人に満たない小さな街ですが、ここで生産される眼鏡フレームの生産量は全国生産のおよそ9割、世界3大生産地の1つとされ今日に至ります。 明治後期、農家にとって農閑期となる冬場を生き延びるための副業として始まった鯖江の眼鏡づくり。 戦後の復興と高度経済成長期のはじまりを契機に、家内工業規模の小さな町工場が増え始め、のちに鯖江市の経済を支える基幹産業となるまでの礎が築かれました。 金子眼鏡が鯖江で産声をあげたのは、まさにそんな時代のさなかです。 1958 (昭

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            #01_金子眼鏡より、みなさまへ。

            2020年も残すところ、あとわずかとなりました。 振り返ると、今年はいままで誰も経験したことのない未曾有の事態に翻弄され、みなさまと同様に私たちも不安と隣り合わせで過ごす1年となりました。そして、未だその渦中にいます。そんな状況下においても、店舗にはたくさんの方々が足を運んでくださり、感謝の念に堪えません。 コロナ禍によって、お客様との強いつながり、作り手の皆さんの情熱、私たちの生き方などがこれまで以上に鮮明に浮かび上がりました。そして多くの人達に、今後も歩みを止めずに一歩

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