2-④ネロさん爆発

その後も、ひとが入っては辞めていく…ということが繰り返された。

社長はやたらにひとを入れたがった。
「必要ないんだけどなあ」
という思いが、部長くんと当時、彼の重要な補佐役であったあたしにはあったのだけれどなんせ零細企業、社長のご希望に沿わぬわけにいかぬ。

「忙しくなって人をいれても、間に合わないから」
いろいろな事業の構想がふくらむ社長の頭のなかでは、どんどん事業が成功して発展していき、人が足りないという状況が発生しているようで、一階の配送業の補助であったり、二階のウェブ関係の人員であったりをよく募集していた。

何度かそういう場面にあって気がついたのだが、あたしはこれまでの経験と性格から、いらんものは最初に白黒つけてあいつはいらん、と判断するのだが、社長は基本、来るもの拒まずで、面接に来てくれたひとは基本採用する。
これで人が増え過ぎたら困ったもんだが、面接に進んで採用となってもむこうが辞退したり、働き始めてもむにゃむにゃと辞めていく、ということで案外成り立っていた。

そのひとりが、杉本さんだった。

杉本さんは、あたしが入社する前に須賀さんが選考して在宅で仕事を請け負う契約を結んでいたひとだった。
人づきあいで難しいところがあるため、在宅でできる仕事をしていたけれど、状態がよくなってきたので出社して働きたい、という彼女の希望と、そろそろあたしの下にひとをつけよう、と考えていた社長の意見が合った形だった。

杉本さんの初日、彼女は13時に来るということだった。
杉本さんが来たら、ふだん会社にいるときは一階の自分の席であれこれをしている社長が上がってきてホワイトボードを使い、いろいろ説明をするという段取りだった。

お昼は基本12時からだけれど、じぶんの業務の都合にあわせて自由にとっていい会社で、あたしはたいてい、12時からお昼を摂っていた。いつも弁当をもって机で食べているネロさんはその日、なかなかお昼を食べようとしなかった。
席の構成上、ネロさんはホワイトボードで説明をする社長を背に弁当を食べることになる。社長が話をしているのにそれにお尻むけて弁当食べるなど、これまでのあたしの「常識」に照らし合わせるとそれはとても失礼なことで、そしてそれが当然の常識と思い込んでいたあたしはネロさんに「ネロさん、お昼食べておかないともうすぐ杉本さんが来ますよ」と声をかけた。

そのときネロさんは
「ああそうですか。でもいま、済ましてしまいたいことがあるので」
といった回答だったのだけれど、その後杉本さんが来てあれこれとあたしが世話を焼いているとネロさんなんだかやたらにらんでくるなあ、説明をして、ネロさんに「…ですよね」と同意を求めても「…はあ」という感じで非常に非協力的で、しかもちょろちょろ、「このバカ女め」という顔であたしをにらんでくる。新しいひとが来ているのに、こんな雰囲気をかもしだしてどうしたんだろ?と思った。

杉本さんが帰ったあと、社長の招集で一階に全員が集まってミーティング、そのあと雑談になったとき、急にネロさんがあたしをはっしとにらみつけて
「今後は、私の昼食の時間など指示しないでください!」
と言い出した。

あたしは「急にこのひと、なにを言い出すんだ?」と思い、
「は、はい」
と返すのがやっと。

ネロさんは自分の怒りに触発されてだんだん怒りがあふれ出したようで
「母親でもないくせに、俺に食べる時間など指示するな!なんの権利があってそんなことを言う!」
「なんだ?俺はメシ食ったらいけないんか?俺は汚いんか?」
とわめきだし、しまいにはこちらのほうが慣れているらしい、英語で
"Who do you think you are!"(お前、何様のつもりだ!)
から始まり、あれこれと英語で言われたのであたしも仕方なく英語で
「そんなつもりはなかったです」
という説明をし(後で考えると、社長にお尻をむけて弁当を食べるのが失礼だと思ったからと説明すればよかった)、ほかの社員は英語がわからないので日本語で「すみませんでした」と言った。

ネロさんは自分で自分につけた火がなかなか鎮火しないらしく、かなり長いことネチネチと皆の前であたしを怒鳴りつけたが、しばらくしてようやくおさまった。その間、社長はじめ八田さん、みなさんは固まったままだった。せめて社長は割ってはいって、事態を収拾してくれたらいいのにな~、と思ったけれども。

杉本さんは結局、「あれこれ考えた末に」入社を辞退しますということで二度と来ることはなかった。


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