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【特別版 第2回】帯状疱疹

書籍「憧鉄雑感~皮膚科医による痛快!鉄道エッセイ~」の発売を記念して、本書から選りすぐりのエピソードを全5回にわたって、毎週note上にて特別公開しています!

第2回は「帯状疱疹」がテーマのお話です。

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帯状疱疹の初期治療が重要であるのは、皮膚科医であれば常識中の常識である。治療が遅れた場合の神経痛は多分に手子摺る。以前、どこに行っても満足しない帯状疱疹後神経痛の患者が筆者をご指名でお見えになったことがある。訊くと、これまで理にかなった治療を受けており、そもそも筆者に魔法のような治療手段がある訳でもない。
〝従来治療をしっかりしましょう〞とお話しすると、〝だって先生はこの病気の名医なのでしょう?新聞に書いてあった〞などと言う。新聞など犯罪ならばまだしも、筆者は名医で載ることなどない…と思ったら、ご高名な先生が多大なるご配慮で〝全国お勧めの帯状疱疹名医〞に筆者の名を挙げてくださっていたのである。喜び勇んで、思わず舞い上がってしまい、その後の診察がやけに丁寧になったのは言うまでもない。

先日も帯状疱疹が治らぬという男が受診した。カルテを見ると、受診は1か月前である。我がクリニックは複数医師が存在しており、担当された先生は丁寧な診察をされる名医であった。
抗ウイルス剤が4日分出されており、4日後の再診を勧め、患者も納得したとのカルテ記載がちゃんとある。訊くと男は内服が面倒で2日しか飲まなかったという。これで苦情を受けるのは、我ながら悲しい商売である。

筆者は何度も記す通り、皮膚科学より鉄道学、中でも旅客営業規則に詳しく、しばしば出札職員の誤りに出くわす。旅客営業規則とは、それに則って乗車券類を発売する規則であり、駅には必ず常備され旅客の請求があれば開示せねばならない。
尤も、最近はインターネットでも公開されており自由に閲覧可能だ。世の法律同様、適時通達などがなされるため、知識レベルを保つための苦労は並々ならぬものであり、このため医学論文を読む時間など皆無となってしまった。しかし、最近の駅職員は非正規雇用者なども存在するため、残念ながら明らかに誤案内をする職員も少なくないのである。

前で老夫婦が困っている。駅に早く到着したので列車を繰り上げたいが、生憎指定席は満席であるという。自由席でもよいと老夫婦は言うが、駅員は「グリーン券は一旦払い戻しになります。当日では手数料が3割かかりますがよろしいですか?」などと誤った案内をしている。かなりの出費となる筈であり、哀れな老夫婦は「せっかくグリーン車にしたのに、失敗したね…」などと慰め合っている。
本来、乗車券類は出発前1回に限り同種の券に変更が可能である。さらに、指定席が満席の場合に限って自由席変更が認められており無条件に差額は返金される。哀れな老夫婦が自らの患者にも思えた皮膚科学をちょっとだけ知る自称鉄道評論家は、ノコノコ話の輪の中に分け入り、自由席変更取扱いの根拠を述べた。幸いマニアックに営業規則の条文まで出すことなくその職員は態度を改めたが、無論のこと当方は条文など諳んじている。老夫婦に感謝されることしきり、日頃の診療もかくありたいものである。


2帯状疱疹

多機能指定券自動券売機。同一区間であれば窓口に並ばずとも変更可能。
混雑時には重宝する。


不満げな男に、帯状疱疹の初期治療と7日間内服の重要性を親鸞の如く説いたところ、「そんなこと今更言われても困る! インチキ営業マンと同じではないか…!」などと怒り出した。
帯状疱疹の名医であれば当然激怒…と思いきや〝インチキ営業マン? なかなか上手いこと言うな〞インチキ名医、偽エッセイスト、そして自称鉄道評論家と様々な肩書をもつ筆者は、憧鉄雑感にこの上ないネタを提供した男を前に、密かにほくそ笑むのであった。


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【書籍のご紹介】

金原サムネ

・著 者:安部 正敏
・定 価 :2,750円(2,500円+税)
・A5判・298頁
・ISBN 978-4-307-00489-3
・発行日:2020年9月25日
・発行所:金原出版

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【 電子書籍 】
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【著者紹介】
安部 正敏(あべ まさとし)
医療法人社団廣仁会 副理事長 兼 札幌皮膚科クリニック院長。長崎市生まれ、島根県立松江南高校卒、群馬大学医学部卒、同大学院医学系研究科修了。医学博士。父は医師免許をもつ真打の落語家“春雨や落雷”。群馬大学医学部皮膚科、米国テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンター細胞生物学を経て現職。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学非常勤講師。日本臨床皮膚科医会常任理事。日本乾癬学会理事。全国の“乾癬患者会”サポートにも取り組む。『皮膚科の臨床』(金原出版)にて「憧鉄雑感」を好評連載中。