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【特別版 第3回】抑肝散加陳皮半夏

2021年12月20日、漢方・東洋医学専門書『究めるエキス漢方大全 「Z to A」実践から基礎へ』が発売されました。
著者は、『標準東洋医学』(2006年)でおなじみの理論漢方の泰斗・仙頭正四郎先生です。本書を一言で言えば「処方解説書」です。
医療用製剤、匙倶楽部製品を主とする一般用も含めた漢方エキス製剤全処方を取りあげています。そのため、本文だけで約850ページ、重さはなんと約1.2kgと、重厚な書籍になりました。しかし本書が「大全」たる所以はその量のみにあらず、各章まず綿密な症例分析から始まり、東洋医学の臓腑概念や生理観に視点を移しながら、従来とは異なる切り口で処方解釈へと広がって行く構成にあります。「質」と「量」がともに充実した、漢方診療を究める唯一無二の1冊です。

刊行を記念して、本書から選りすぐりの処方解説を全3回にわたり、note上にて特別公開いたします。

最終回の第3回は「抑肝散加陳皮半夏」。疏肝薬、平肝薬、活血薬、理気薬、利湿薬などで構成され、イライラや興奮した神経を鎮める作用を期待される処方です。近年、認知症の周辺症状改善効果の報告もなされています。そんな抑肝散加陳皮半夏の多面性について、仙頭先生が描き出します。はたして、どんな側面が見えてくるのでしょうか。


抑肝散加陳皮半夏(よっかんさんかちんぴはんげ)

構成

(某社他1 社) 柴胡2 釣藤鈎3 白朮4 茯苓4 甘草1.5 陳皮3 半夏5 当帰3 川芎3
(匙倶楽部) 上記の各4/5 の分量
(医療用他1 社) 柴胡2 釣藤鈎3 蒼朮4 茯苓4 甘草1.5 陳皮3 半夏5 当帰3 川芎3

効能・効果

(某社) 神経症、更年期神経症、不眠症、高血圧または動脈硬化による神経症状、小児夜啼症。

(他2 社) 虚弱な体質で神経がたかぶるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜なき、小児疳症。

(匙倶楽部) 体力中等度をめやすとして、やや消化器が弱く、神経がたかぶり、怒りやすい、イライラなどがあるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症(神経過敏)、歯ぎしり、更年期障害、血の道症。

作用機序と適応病態

疏肝薬、平肝薬、活血薬、理気薬、利湿薬で構成され、気、血、津液に働きかけて巡りを順調に保ち、上方にこもる邪熱、邪陽を下降性に解消し、気滞によって瘀滞している陰血の巡りを回復させる作用を持ちます(図11-38)。

気に関して、柴胡の疏肝昇発、釣藤鈎の降気でペアを組んで気を巡らせ、陳皮、半夏で降気を引き継ぎます(図11-39)。

柴胡
柴胡は、肝気を解放して巡らせて陽気を昇らせ、表層に正気を導いて、こもった熱を去り、表邪を発散します。こもった気を「外向き」に発散して解消します。気の発散や昇陽の性質が強く、気虚や陰虚の状態に用いるときには、血圧が上昇したり、ほてりや煩燥感、消耗感を生じたりすることがあり、配慮が必要になります。

釣藤鈎
釣藤鈎は、肝、心の火を鎮め降気します。こもった気や熱を「引き下ろして」解消します。熄風に作用し、動悸、けいれん、頭痛、めまいなどを解消するために用いられます。高血圧治療にも応用されます。

陳皮・半夏
陳皮、半夏で理気降気、化痰利湿しながら下降性に導きます。

当帰・川芎
血に関して、当帰で養血しながら活血して肝血を巡らせます。川芎によって血の巡りを上方に誘導します。

甘草・白朮・茯苓
津液に関しては、甘草で軽く健脾養陰したものを、白朮、茯苓で中焦を中心に津液を巡らせ、川芎の血の上昇に便乗して上行させ、陳皮、半夏の降気に載せて下降させます。

昇降を意識して巡りへの作用をもう一度整理すると、気・陰それぞれに、昇降ともに働きかけて、動きをつけています。
白朮、茯苓、当帰で中焦の気血津液を巡らせます。よく回転させるイメージです。
この巡りに対して、柴胡で気を上方に引き上げ、川芎で血を上方に誘導します。
釣藤鈎で上方にこもった気や邪熱を引き下ろし、半夏、陳皮で中焦の気や湿邪を下方に導きます。
こうして、気の上げ下げとともに重い血を川芎で引き上げ、津液は陳皮・半夏で粛降させ、陰血の巡りを整えます(図11-40)。

肝気鬱結の病態に対応させる処方ですが病態解決の強力な作用は少なく、気の上げ下げ、心血の上げ下げで回転に働きかける、生理機能をバックアップする程度の作用が主体で、治療薬というよりも生理保健薬とでもいえるような処方構成です。

柴胡でこもった気の解放、釣藤鈎で上方にこもる気と熱を引き下ろす作用を除けば、巡りの生理機能を応援する作用として位置づけておくとよいでしょう。この巡りに載せて問題解決型の処方を合方するという考え方もできるでしょう。

病態治療薬の意義としては、対象が肝気や中焦にあり、肝鬱気滞を背景として、中焦に気、血、津液の停滞を生じたものに適しています。

肝鬱気滞を柱とする病態に対し、肝気を押さえ込まず、陽気を煽ることなく、陽気を傷つけずに、鬱熱や陰血の鬱滞など、局在する過剰を解消することができます。

柴胡、川芎、半夏の発散や化痰の作用で、固まった鬱の状態を取ることができます。

気に作用する柴胡、釣藤鈎は凉性であることから、肝気鬱結がやや熱を帯びる病態を想定していることがうかがえます。陰に作用するものはやや温性で、温めることで陰血を動かそうとしていることがうかがえます。

当帰、甘草に弱い潤性が見られるだけで、ほぼ全てが燥性です。温性、燥性で水をさばきやすい条件を提供していると考えることができます。

柴胡、釣藤鈎、当帰、川芎が肝に帰経することから、気、血に関わる生薬は主に肝に作用すると考えられますが、川芎、釣藤鈎、当帰が心にも作用することから、心の病証に対しても対応できる力を持ちます。

白朮、茯苓、甘草など津液に関わる生薬は脾に作用するので、これらを配することで脾胃への配慮もされていることがわかります。さらに陳皮、半夏で中焦の気滞を解消します。

中焦気滞は脾気の弱さによりも、肝気鬱結を原因とすることが多いので、脾虚を背景に持つ六君子湯以上に抑肝散加陳皮半夏が用いられることが多いです。

抑肝散加陳皮半夏は、六君子湯から人参を除き、柴胡、釣藤鈎で肝気の昇降に働きかけ、当帰、川芎を配して活血に働きかけ、気滞による血の巡りの悪さを解消します。

過敏性腸症候群や神経性下痢、器質的な異常を認めない腹満や腹痛など、腸管に動きと関連する諸疾患には、六君子湯よりも抑肝散加陳皮半夏の方が適しています。

肝気失調の影響を受けやすい背景として、脾虚の存在がある場合には六君子湯を用いることになります(図11-41)。

認知症になぜ効くか?

昨今、抑肝散が認知症の周辺症状の改善に効果があることが報告されています。「心」に帰経する要素が多少あるとはいえ、認知症と関係する腎精や心血、心陽、心気といったものに直接作用する生薬成分は見当たりません。当帰、甘草が、養血、養陰を介して、心血の補充に少し関与するといえますが、主たる作用とは言い難いものです。にもかかわらず、「心」の機能に関係する認知症に効果が認められるのは、「心」に対して作用する機序として、次のようなことが考えられます。

正気の供給
気血津液の巡りを促すことで、「心」の領域に血を供給することを順調にさせることが期待できます。

「心」の領域における血の作用は、心気の作用を維持するための燃料的な血の役割と同時に、「心」の安寧を保つための制御的な作用を主とする血の役目とがあります(図11-42)。

抑肝散の効果は、認知症そのものの改善よりも、異常行動を制御する方向に効果が観察されていることから、心気を穏やかにすることに貢献しているようです。「心」の安寧は心血によって提供され、心血は心竅を通して供給され、その運搬には脾気、肝気、腎気などが関わります(図11-43)。抑肝散(加陳皮半夏)が直接的に心気を賦活しているのではなく、心血供給の仕組みに介入している結果だと考えられます。

祛邪
一方、邪の存在を考えると、異常行動などは、虚熱による心陽の亢進と考えることもできます。抑肝散(加陳皮半夏)により、邪熱を取り去ることも、異常行動改善の作用機序として考えることができます。

抑肝散加陳皮半夏の持つ燥性や津液を下降性に誘導する作用を考えると、脳の領域に生じる微少な浮腫を取り除くことも、作用機序に関わっていると考えることができます。浮腫を取り除き、活血によって血流を盛んにさせることで、「心」の領域における気血の巡りを順調にし、「心」の正常さを取り戻していると考えることができます。

心気に直接働きかける作用ではなく、心気の機能に関わる周辺事情を改善する効果が抑肝散(加陳皮半夏)にあるのだろうと考えられます。

現代薬理学的な分析検証によれば、陳皮の中の成分ノビレチン(nobiletin)を含有するエキスの経口投与によって、認知症モデル動物において記憶障害を改善させることが認められており、コタロー製の医療用抑肝散加陳皮半夏エキス細粒には、通常の陳皮よりもノビレチンの含有量が多く、さらに有効性を持つ成分と認められるシネンセチン(sinensetin)を含むN陳皮が用いられています。


【書籍のご紹介】

・著 者:仙頭 正四郎
・定 価 :9,900円(9,000円+税)
・A5判・884頁
・ISBN 978-4-307-10206-3
・発行日:2021年12月20日
・発行所:金原出版

・取扱い書店はこちら

https://www.amazon.co.jp/dp/4307102061/


【著者紹介】
仙頭 正四郎
(せんとう せいしろう)
仙頭クリニック院長(医学博士・日本東洋医学会漢方専門医・日本内科学会認定内科医)。東京医科歯科大学医学部卒・大学院医学研究科修了後,ハーバード大学研究員,東京医科歯科大学助手を経て,東京都文京区大塚に漢方診療専門の仙頭クリニックを開設。大阪市へクリニックを移転後,京都市の高雄病院京都駅前診療所所長に就任。2018年より文京区本郷にて仙頭クリニックを再開。

代表的な著書として『読体術 体質判別・養生編』・『読体術 病気診断・対策編』(農山漁村文化協会),『標準東洋医学』(金原出版)がある。近著に『最新カラー図解 東洋医学基本としくみ』(西東社),『新型ウイルス感染症の治療と予防の漢方戦略-パンデミックから命を守る』(医学と看護社),『漢方で免疫力をつける-ウイルス対策からウエルエイジングまで-』(農山漁村文化協会)など。