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名無しの島 第13章 見つけた洞窟

 ベースキャンプから離れてしばらくすると、雨が降り出した。

それも豪雨だ。

水落圭介を先頭に小手川浩、斐伊川紗枝、そして有田真由美の順だ。

4人は、ポンチョを被り、雨をしのぎながら

東側の森をゆっくりと進んでいた。なるべく音を立てずに、慎重に。

とはいっても、ポンチョに叩きつけられる雨が、

やたらと大きい音に聞こえる。

その音だけで、不安感をあおられるようだ。

それに時々、濡れた地面を這う蔦や雑草に足を取られ、

つまづきそうになる。

 あの異形の化け物たちが、すぐそばにいるかもしれない。

そんな恐怖は全員の胸の内にあった。

だが、あの化け物たちから音や匂いを、

この雨が隠してくれているかもしれない。

水落圭介はそう願った。


傾斜は急勾配ではなかったが、楽に歩けるわけでもなかった。

なにしろ、道が無いのだ。水落圭介は時おり、

腕時計に着けたコンパスを見て、方角を修正しながら進んだ。


 それにしても、あの化け物はいったい何者なのか?

形態からして、人に近いもの・・・いや元人間だったのか?

腕が4本もあるような人間・・・いや生物がいるものだろうか?

それも常人以上の体躯の持ち主だった。

この島には、何か大きな秘密が隠されているようにしか思えない。

井沢悠斗の死を目の当たりにしながらも、

水落圭介のルポライターとしての血が騒ぐのを、自分自身に感じた。

 いや、井沢悠斗の犠牲を無駄にしてはならない。

彼をこの冒険に誘ったのは、他ならぬ自分なのだ。

真相を掴まずに逃げ帰るのでは、井沢悠斗に申し訳が立たない。

嘆き悲しむのは、あの化け物の真相を解き明かした後だ。

この『名無しの島』には何か想像を超えるような、謎があるにちがいない。

それを突き止めること・・・水落圭介は決意を新たに心に刻んだ。

 あの異形の化け物は、圭介たちが遭遇したものとは別に、

小手川浩が目撃したものと、少なくとも2体いる。

実際はほかにもっといる可能性だってある。奴らに見つからずに、

安全に身を隠す所などあるのだろうか?

井沢悠斗がいれば・・・と思わずにはいられない。

彼なら、そんな場所を確保するすべを知っていたかもしれない。

 井沢悠斗を失った不安と悲しみは、水落圭介は勿論、

彼以外のメンバー全員の心を脆弱にさせた。

それは仕方が無いことだった。

それだけ圭介たちは井沢悠斗を頼りにしていたのだ。

 2時間ほど歩いた時だった。圭介のすぐ後ろにいる小手川浩が言った。


「少し、休憩しませんか?」

彼の声は息も絶え絶えという感じだった。

水落圭介も後ろの女性ふたりに目をやる。

彼女たちも、力無くうなづいた。

斐伊川紗枝はもう泣いてはいないようだった・・・といっても

彼女の顔を濡らしているものが、

雨水なのか涙なのか判別はつかなかったが、

少なくとも泣き顔には見えなかった。

「わかった。少し休もう」

4人は背を合わせて座り込んだ。周囲を見張るためだ。

そんな彼らに、豪雨は容赦なく降り注いだ。

ポンチョを叩く雨粒が、いやに大きく聞こえる。

圭介は無意識に周囲に目を見張った。

その音を、あの化け物に気づかれるのではないかと神経過敏になる。

 その時、圭介の肩をポンポンと叩く手があった。

圭介はぎくりとして、振り返る。一瞬にして心拍数が跳ね上がった。


見ると、有田真由美だった。

水落圭介は自分が思った以上に怯えていることを再認した。

思わず自嘲気味に苦笑いを浮かべる。

「どうした?」

 圭介は少し震えた声で、有田真由美に訊いた。

「あれ・・・何でしょう?」

 有田真由美が指差す方を見た。水落圭介もその場所に目を凝らした。

煙るような雨の中、一際盛り上がった箇所がある。

それに、そこには穴らしきものも見えた。

その穴は人が十分に通れるほどの大きさだ。

「行ってみるか」

 水落圭介はつぶやいた。それを聞いた小手川浩が怯えたように言う。

「もし、化け物が潜んでいたらどうするんです?」

 確かにその可能性だってある。

しかし、このままでは時機に奴らに見つかることだってある。

「オレは行ってみる価値があると思う。みんなはどうだ?」

圭介は小声で言った。

「行ってみましょう。ここで雨に濡れてたら体力も消耗するわ」

 有田真由美が小手川浩、斐伊川紗枝を元気付けるように、

力強く言った。言われた二人とも、不承不承うなづく。

 4人はそのほら穴に向かって、歩いた。

その穴の間近に来ると、圭介は何か違和感を感じた。

穴の形が四角いのだ。長年の風化や、植物に覆われて、

その輪郭はぼやけているが、明らかに人工物のように見える。

それだけではない。

有田真由美がそのほら穴の壁面を指でなぞって言った。

「これ・・・コンクリートだわ」

水落圭介も手のひらで触ってみる。

コケ類や藻などで、覆われてはいるが、

ぬるぬるとした感触の中に、硬く固められたものを感じた。


確かにコンクリートだ・・・。

ということはこの洞穴は人工物ということなのか?

しかし、穴の奥は漆黒の闇で、どれだけの奥行きがあるのかわからない。

 水落圭介はウエストバッグから、マグライトを取り出した。

そのスイッチを入れようとする前に、有田真由美が囁く。

「水落さん、ちょっとだけ待って」

 彼女はそう言うと、そこら辺りに散らばっている、

たくさんの木の枝から、1メートルぐらいの長さで、

太さ直径2センチ強はある、まっすぐな小枝を拾った。

その枝を、いつから持っていたのか、

刃渡り20センチはあるサバイバルナイフで

先端を鋭利に削り始めた。水落圭介にも、

彼女の行動に容易に想像がついた。

 そういえば、有田真由美は学生の頃、

フェンシングをやっていたと聞いた。

即席の武器を造っているのだ。

水落圭介も地面から長さ60センチで十分な太さのある、枝を掴んだ。

棍棒の代わりだ。こんなものが、

あの化け物にダメージを与えられるかどうか、心元ないが、

まったくの丸腰よりマシだろう。


小手川浩と斐伊川紗枝も圭介にならって、手ごろな木の棒を拾う。

 水落圭介は右手に棍棒、左手にマグライトを持って、

その洞穴の中に入った。他の3人も、彼の後に続いた・・・。

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