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名無しの島 第14章 70年前の報告書

 洞窟―――というよりも坑道というべきか。

マグライトの光に照らされたそれは、

幅3メートル、高さ4メートルほどもあった。

30メートルほど進むと、入り口近くにあった、

コケ類や藻は次第に姿を消していき、

コンクリートの地肌がむき出しになっている。

 有田真由美も、頭部に付けるヘッドランプを点す。

その両手には即席の槍を身構えた。

水落圭介のマグライトと、彼女のヘッドランプの光が、

壁面を照らしだす。

足元もコンクリートで固められてはいたが、

天井のわずかな亀裂から滴る水で、

浅い水溜りがあちこちに点在していた。

最初は第2次世界大戦中の防空壕かとも思ったが、

どうもそうではないらしい。

大体、こんな小さな無人島にそんなもの造っても意味は無いだろう。

 4人は慎重に進んだ。しばらく歩くと、開けたような場所に出た。

そこが広いと感じたのは、マグライトの光が届かないことからだった。

有田真由美は壁面を伝いながら、壁に何かを探しているようだった。

そして、彼女はそれを見つけた。

「ランプがあるわ」

有田真由美はそう言うと、ヘッドランプで指し示した。

確かに、コンクリートの壁のフック―――

そのフックは錆付いていたが―――に

古びた年代物のランプが下げられている。

有田真由美はリュックから、防水のビニール袋からマッチを取り出すと、

ランプのガラス部分を開けて、火を点そうとした。

そんな古いランプに火が点るほど、燃料が残っているとは思わなかったが、

ランプは淡い光を放ちだした。辺りの様子を仄かに照らし出す。

「固形アルコールを燃料にするタイプのランプみたい。

液体燃料だったら蒸発していたかも。助かったわ」

 有田真由美はヘッドランプを頼りに、

壁面に吊り下げられているランプに、

次々と火を点していく。

おかげで、水落圭介たちのいる場所が仄かに照らされ、

今いる場所の全貌が見渡せた。

そこは学校の教室6室分は優にあるほどの広い部屋だった。

天井も通って来た通路より、はるかに高い。

あちこちに古びた木製の長机や椅子が、不規則に散らばっている。

中にはひっくり返っている机や椅子もあった。

 それら机の上には、おびただしい数の書類やファイルが、

あちこちに山積みされていた。

ただファイルといっても、黒表紙の厚紙に紐を通して閉じてある、

昭和の色を残す古いものだった。

小手川浩は手に持っていた棍棒を、机の上に置くと、

それら書類やファイルを調べだした。

手で、それらに積もったホコリを払う。

「これは・・・」

小手川浩は驚きの声を上げた。

「どうした?」

 水落圭介も横から覗き込む。そのファイルに閉じられた書類は、

筆書きで書かれていた。紙は和紙だ。

文字は旧仮名遣いのもので、現代の日本人には読みにくいもので、

水落圭介にはさっぱりわからない。

しかし、小手川浩は意味がわかるらしく、

その目は文字列をゆっくりとたどっている。

 小手川浩はゆっくりと、つぶやくように、

書かれている文章を声に出して読んだ。

「・・・我々、大日本帝國陸軍ハ欧米ノ戦力ニ対抗スベク、新型兵器ノ

 開発ニ臨ム。ココハ関東軍防疫給水部ノ管轄トシテ、細菌兵器ノ研究ヲ

 目的トスル・・・細菌ニヨル、経口感染実験、経気道感染実験、

 経皮感染実験等ハ、他部隊デスデニ行ワレテオリ、一定ノ成果ヲ

 上ゲテイル。コノ防疫給水部隊デハ、人体の強力化ヲ研究開発スル事ヲ

 ソノ主要目的トシ、実線ヘノ投入ヲ急グモノデアル。コノ研究班デハ

 潤沢ナル丸太ヲ供給願イタシ―――

 一九四三年五月八日、関東防疫給水部 陸軍軍医大佐 大田政次・・・」

「こ・・・これは」

水落圭介は呻くように言った。

「そうです。水落さんもご存知じゃないですか?

 太平洋戦争時に様々な細菌兵器、チフス、パラチフス、コレラ、赤痢といった

 人体に有毒な細菌を兵器として研究していた部隊があったってこと・・・」

小手川浩の言葉に水落圭介はうなづいた。

確かに、以前近代日本史に関する文献で読んだことがある。

太平洋戦争―――第2次世界大戦中に

旧日本陸軍が、細菌を兵器として

使用できるようにするため、

研究そして人体実験までやっていた事実である。

その最も有名な部隊は、731部隊だという事は知っていた。

「ここは太平洋戦争中の細菌兵器の研究所だったんだ。

 小手川君、この丸太っていうのは何なんだ?」

「この丸太・・・マルタとは披検体のことですよ。

 要するに人体実験にされた人間のことです」

小手川浩はいったんファイルを閉じて、ホコリまみれの黒表紙を

トレーナーの袖で拭いた。

「水落さん、どうしてこの島が『名無しの島』と

 呼ばれたのかわかりました・・・

 これを見てください」

 小手川浩はその黒表紙に浮かんだ、

白く筆書きされた文字を見せた。

そこには、こう書かれてあった。


『関東防疫給水部 七七四部隊』

七七四部隊・・・774・・・ななし・・・名無し―――。

この島は、正確には774部隊の島という意味だったのだ。

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