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ZOMBB 45発目 E計画

「いい計画?」

と次郎は訊き返した。

「いえ、E計画です」

と真面目な顔で、綾野陸曹長は訂正する。


「いい計画だからいい計画なんでしょ?」

次郎はまた言い返す。

「だから、いいじゃなくて、

  アルファベットのEですよ。E」

綾野陸曹長は真顔で、諭すように言った。

「ほら~、やっぱりいい計画なんじゃん」

次郎は全く理解していない。


「どう言ったら、いいんでしょう」

綾野は困り果てたように言った。

「やっぱり、そうなんだ。

  今、いいって言ったでしょ?だから・・・」

「もういい、ダンボール黙ってろ!

  話が進まんだろ!」

坂原勇は、額に青筋を立てて次郎に向かって怒鳴った。

「今、アジアのランボーも、いいって言ったよね?」

次郎は坂原勇を指差して、

鬼の首を取ったかのようににやついた。

その光景を見て業を煮やした丸川信也が、

こいつゾンビなってから

一層タチ悪くなってきたなと思いながら、

次郎を羽交い絞めにして、

彼が座っていた椅子ごと後ろに引きずっていった。


ここは立川駐屯地内官舎の大会議室だ。

ロの形に設置されたテーブルに、

皆藤准陸尉をはじめ、綾野陸曹長、御子柴医官、

そしてグレー地にデジタル迷彩BDUを着用した自衛隊員6人と、

そしてモーニング・フォッグの面々が着座していた。

「E計画とは、いったい何なんです?」

坂原の問いに、皆藤准陸尉は真剣な眼差しで口を開いた。

「その前に、皆さんに

  伝えなければならない事があります。

  先日実行された航空、海上自衛隊の共闘による

  『ゲシュペンスト』要塞への攻撃は失敗に終わりました。

  それは敵の要塞からの超電磁場によって、

  電子機器が誤作動を起こされた事が

  原因だと報告を受けています。

  それで我々は電子機器を一切使わない攻撃を

  計画しているところです。

  そして、その名を『E計画』といいます」


「Eって意味があるんですか?」

そう訊いたのは、久保山一郎だった。

綾野陸曹長がその問いに答えた。

「そのことに関しては、

  この後科学工作班のラボに行ってご説明します」

科学工作班?モーニング・フォッグのメンバーたちは

互いに顔を見合わせた。

いったい何を始めようとしているのか?

どの顔にもそんな表情が読み取れた。

しばらくの間が流れた。


そして皆藤准陸尉が珍しく逡巡しているのが感じ取れた。

皆藤は苦渋の表情を浮かべながら、口を開いた。

「今回のE作戦に、

  モーニング・ファッグの皆さんの協力・・・

  いや戦力として力をお借りしたいと

  考えているところです。

  我々、自衛官は国民の生命を死守する事が任務です。

  皆さんのように、一般国民を作戦に参加させるなど、

  決して許されない事です。誠に断腸の想いです。

  しかし、これまで、皆さんの活躍ぶりを見て、

  対ゾンビ殲滅作戦には、

  その力は必要不可欠ではないかと考えております―――」

後の言葉を、綾野陸曹長が受け取った。

彼は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。

「このE作戦は、決死の作戦です。

  失敗は許されない。

  ゾンビとの戦闘に熟練した皆さんのお力が、

  どうしても必要なんです」

「綾野さん、頭を上げてください」

そう言ったのは、坂原勇だった。


「オレ達は、最後まで戦いますよ。

  たとえ自衛隊が拒もうとも。

  この駐屯地を離れてでもゾンビと戦います」

他のメンバーたちも静かにうなづく。

航空自衛隊員のパイロットの一人が、静かだが力強い口調で言った。

「我々が護衛します」

彼のその声音には、極めて力強い意思が伝わってきた。


今、目の前にいる自衛隊員達から、

この上なく頼もしく、そしてその剛健で誠実な心を感じて、

モーニング・フォッグのメンバーの誰もが心を打たれた。

いや、ここにいる自衛隊員たちだけではない。

たとえ失敗に終わったとはいえ、

『ゲシュペンスト』の要塞を攻撃しようとした

多くの自衛隊員らは皆、同じ気持ちだっただろう。

いったいE計画というものが、

どんな計画なのか想像もつかないが、

自衛隊は、全力で戦おうとしている。

この日本を、そして世界を席捲し、

蹂躙している『ゲシュペンスト』に対して―――。


その沈黙を破って、皆藤准陸尉が静かに話始めた。

「我々は単なる戦闘部隊ではないのです。

  災害救助や人命救助、PKOなどの海外派遣など、

  その活動は多岐に渡ります。

  確かに様々な兵器を保持し、戦闘訓練もやっています。

  でも誤解しないでください。

  人を殺したいとか、そんな下劣な心を持った者は一人もいません。

  できることなら、平和的に解決したいと

  常に平和を望んでいるのが、また自衛隊という組織です。

  しかし、この国が危険に晒され、

  国民の生命が脅かされる事態が起これば、

  我々は命を賭してでも、国民を守り抜きます」

そこで皆藤准陸尉はいったん言葉を切ると、

モーニング・フォッグの面々を見渡しながら、言葉を繋いだ。

 「モーニング・フォッグの皆さんは民間人ですが、

  高取山弾薬庫での共闘作戦に順じ、

  私個人も非常に素晴らしい戦闘力をお持ちだと思います。

  このゾンビとの戦いに関しては、

  我々より多く経験されていて、頼もしく思っています」

自衛隊がゾンビへの初動の対応が遅かったのは、彼らの責任ではない。

まず、ゾンビという非現実的な存在に対して、

その措置が準備されていなかったこと。

それは無理もない話だった。

領海侵犯や領空侵犯への訓練はしていても、

ゾンビの大群との戦いなど想定されているはずがない。

それに、たとえゾンビといえど、

自国民に銃口を向けることなど、自衛隊の誇りと信条に反するからだ。

それにゾンビが本当に動く死体なのか、

それを確認するのに何日もかかった。それが確認された上でさえ、

たとえゾンビといえど、自国民を排除することが、

自衛隊として正当なのかどうかも大きな問題になった。

陸自、海自、空自の自衛隊上層部の判断は

厳しい判断を求められた。

だが、これ以上ゾンビによる被害を食い止めることが

先決だという英断が下されたことによって、

ようやく自衛隊を縛る鎖は解かれたのだった。

それでも実弾の使用は固く禁じられた。

報道などで、すでに電動ガンから秒速85メートル以上で発射される、

BB弾で倒せる事を知っていた自衛隊は、

89式小銃の電動ガンを使用することを命じた。

自衛隊仕様の89式小銃の電動ガンは、

市販されている同型のものより、パワーも強度も上回っている。

やわらかゾンビを倒すには充分な性能を持ちつつ、

民間人には致命傷を与えないとして、各幕僚長はこれを公認したのだ。


「決して皆さんから犠牲者を出すようなことは致しません。

  自衛隊を信じてください」

皆藤准陸尉の言葉は、

モーニング・フォッグのメンバー達の心に響いた。

皆藤准陸尉が立ち上がると、

その場にいる自衛隊員たちが一斉に彼に倣った。

そして皆、同時にモーニング・フォッグの

メンバーら達に頭を下げる。

数秒遅れて、坂原勇らも思わず立ち上がって、

慌てたように頭を下げた。


その静寂の中、会議室の隅から不快な音が聞こえてくる。

その場にいた皆は、その方へと目を向けた。

彼らの視線の先には、壁際に椅子にもたれかかるようにして、

だらしなく大きなイビキをかいて寝ている次郎がいた。

口元からは、よだれも垂れている。


ゾンビが椅子の上で爆睡しているという、

極めて奇異な光景だった。

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