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タネがない、生物多様性の中、新しいものができ、古いものが消える

 種なしブドウはどうして種がないのか。これはジベレリン処理をして、種なしにしている。ジベレリンという赤紫の液体を、小さい実に時期をずらし2回つけるのだ。そうすると種なしになる。液につける時期を間違うと種ができてしまう。
 ジベレリンはやばい薬ではなく、イネの「ばかなえ病」から1926年、黒沢栄一が発見した植物ホルモンだ。これを使ってデラウエアという紫の小粒のブドウで種なしが作られることが分かった。今は、マスカットなどの大きな実のブドウも種なしになり、種なしでなければ売れない。種なしを作るためには、1房1房、液につけるジベレリン処理を農家がしなければならない。

 スイカの種なしは3倍体の遺伝子の種を人間が作った。まず4倍体の植物を作り、4倍体と普通の2倍体をかけあわせ、3倍体をつくる。そうすると種なしになる。3倍体の種を作るには技術がいる。種なしなのに、種なしの種がある。種なしスイカの「種」は種苗屋が入ってくる。昔、種なしスイカが流行した。今はあまり見ない。種があるのがスイカらしい。ブドウのように種なしが当たり前になると、種苗屋はもっと儲かる。

 普段食べているバナナには種がないが、バナナは自然にできた3倍体。種のあるバナナは、アケビのように種だらけだ(写真でしか見たことないけど……)。

 たまたま突然変異で種なしができたのは、温州ミカンや、柿、パイナップルがある。
 温州ミカンは、夏ミカンなど他の柑橘類の花粉が受粉すると、種ができてしまう。これらの品種は種がないので、さし木やつぎ木で増やす。同じ遺伝子を持ったクローンだから、親と同じものができる。親とはちょっと違った別の新しいものは生まれてこない。新しい発想は生まれない。

 種なしだけではない。商品価値のある野菜や果物は、クローンを作って増やす。
 八百屋や果物屋へ行くと、人気の品種がたくさん並ぶ。あまり人気のないものは作られなくなる。
 昔食べた、ほうれん草の茎が赤くて苦い品種はもう見られない。

 昔の桃太郎の絵本では、先が栗のようにとんがった桃の絵が描かれていた。この桃は果肉も真っ赤な色をして、酸っぱい。先のとんがった桃の絵を知っている人はどれくらいいるだろうか。先のとんがった桃を実際に食べた人はどれくらいいるだろうか。今はそんな桃は作られなくなった(「天津水蜜桃」という品種だそうだ)。丸い白桃だらけになった。懐かしい味が消えていく。

 ノスタルジーだけではない。今、バナナを枯らす新パナマ病というものが新型コロナのように世界的に流行している。世界中を移動する人間の新型コロナはあっという間に広がったが、新パナマ病は、じわじわと広がっている。
 新パナマ病は、バナナのキャベンディシュという品種に感染する。台湾バナナやフィリピンバナナはキャベンディシュだ。売れるから、同じ品種を世界中で作る。そのキャベンディシュが病気になれば、バナナのほとんどの木が病気になる可能性がある。病気にかかりにくい品種は作られなくなっている。病気にかかりにくい新しい種はキャベンディシュから生まれてこない。種がないからだ。

 生物多様性がいわれる。
 この世の生物はバラエティーに富んで多様である。いろんなものがあるからおもしろい。
 地球上の生物は、互いに絡み合って生きている。同じ親から生まれた種でも、発芽するといろいろな子どもができる。人間の子どもも、兄弟なのにそれぞれが違っている。だから多様な生き方ができる。
 いろんな生き方がある。なのに1種類だけになると困ってしまう。もう新しいものが生まれなくなるからだ。

 役に立たないような植物も、何かの時には必要となる。役に立たないと思っていたのに、それが世界を救うこともある。けれど、その植物がこの世から消えていたら、何もできなくなってしまう。

 人間も、役に立たないと思っていた人が活躍することがある。多様でなければ新しい動きは生まれない。

 植物の種も話のネタも、多様だからこそ新しいものが生まれる、創造される。
 みんな違ってみんないい。
 人間も、いろんな人がいるからこそ、この世はおもしろい。

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