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植物を育てるように物語をつむぐ

植物を育てようと思い立ったのは、自粛生活を満喫している友人と動画通信で話して触発されたから。彼女はレモンを収穫していた。次はバナナに挑戦するのだという。

過去に何度か育てたことはある。いつも忙しさに追われて放置してしまい、枯らして、苦い思い出で終わってしまう。でも、ずっと家にいる今ならできそうな気がする。それで、放置されていたプランタの土をかき回して前の植物の根を取り除き、引出しに眠っていたベビーリーフの種を撒いた。調子に乗って、ずっと育てたかったローズマリーの挿し木を買って、これもまた放置されていた植木鉢の土を耕して植えた。

しかしベビーリーフは1週間経つのに芽が出ない。さすがにおかしい。百均で大昔に買った種のパッケージには23年11月現在発芽率85%、有効期限は1年と書いてあった。23年とはいつのことか。現在、と書いてあるのだから2023年ではない。計算するのもうんざりするけど遥か昔だ。しかも調べてみると、種を撒いた後に土をかぶせろと書いてある。かぶせてなかった。白い綿毛が種をとりかこんでいるのを見て、根が出たと喜んでいたが、それはどうやら白カビだったようだ。種はまだたくさんある。何だかダメもとでやけくそになって上から追加で撒いて、今度は土をかぶせてみた。

一方、ローズマリーは古い土に挿してはダメらしい。挿し木には雑菌が厳禁だからだそうだ。知らなかった。

初心者でも簡単に育てられます!なんてどこ調べても書いてあるから、油断しまくった。「簡単」とか簡単に言わないでほしい(逆切れ)。さて、無事根が出るでしょうか。

最近、手を止めずに10分間頭の中にあることを書く、というワークを始めた。杉本さんのワークショップでやってみて続けてみたいと思ったから。実は昔、同じようなことをやっていた。『ずっとやりたかったことを、やりなさい』(ジュリア・キャメロン著)で提案されていた「モーニング・ノート」。創造性を回復させるためのレッスンとして漫画家の友だちに教えてもらった本で、わたしのお守りのような本だ。

その習慣をやめたのはどうしてだったか。たぶん原因はしっくりくるノートが見つかっていないからだ。罫線がきれいに惹かれた美しいノートでやりはじめたら、書きなぐりの汚い字がきれいなノートに並ぶのが耐え切れず、きれいな字で気取って書いてしまい、本来の目的を達していない感じがした。白紙の雑誌のようなノートで始めたら読み返すのがしんどくなった。

自分で線引いて好きなフォーマットを作ればいいじゃないかと思うのだけど、フォーマットが決まっているノートは妙にテンションを上げてくれる。なんでだろ。(願いを思いついた日付ともに書いて、かなったら日付を入れて花マルをつけるという「お願いごとノート」という習慣無印良品の四コマノートに書くと、しっくりきたので続けられている)。

というわけで、いろいろ探した結果、日記用に買って挫折して放置されていた「DAILY PLANNER」というこのノートで始めている。

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1日1ページ。本来の使い方とは違うけれどTimeTableのところに書き始めて下まで埋まったら続きをMemo欄に書く。TimeTableのところは助走のような感じ。Memo欄のところまで進むと興味深いことが出てくる。10分だとMemo欄の半分くらいで終わる。調子が良ければもう少しだけ続ける。そして、下のToDo欄に結論というかまとめというかピックアップしておきたい気づきを書いておく。一番上の日付の隣は今日の願いごとを書いてみる。何でもいい。今日は「ローズマリーがうまく根付いてたくさん茂りますように」と書いた。願いは未来を作る。願うリハビリをしたい。

ポイントは書きなぐり部分とまとめの部分をわけたこと。あと書きなぐりの最初は書いていて嫌にならないように横が短い。すぐ折り返せる。手を止めずに書くワークはシャーペンでやって、まとめや他の部分は消せるボールペンで書く(消せないボールペンだと重すぎた)。

後で読み返すのはボールペンで書いた部分だけでいい。これなら続くかもしれない。

今日出てきた気づきは、物語を書くことは植物を育てることに似ているのではないか、ということ。植物を育てるとき、わたしは大きな見返りを求めていない。世話をすることが楽しいし、ただ植物が生きているその様子を見るだけで、心が穏やかになり華やかにもなる。成長の邪魔になるものは取り除くけれど、できることは少なく、植物の生命力に任せるしかない。過剰に世話をすると枯れてしまう。

植物のお世話をするように小説を書いていきたい。自分の名声だとか売れる売れないとか、そういうことを託すのではなく、ただ育ちやすいように環境を整え、見守り、成長を見ることを純粋に喜んでいたい。そうしておいしいものが収穫できたらお裾分けしたい。

もしかしたら自分に対しても、そんなふうにつきあっていければ理想的かもしれない。自分が生き生きと咲くように、周りの環境を整えて、肥料を与えて、じっと見守ることができれば、育てるわたしも、育てられるわたしも、きっと幸せな日々になる。


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京都在住の小説家です。理系ライターもやっています。

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考えていること
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  • 35本

日々、考えたことを少し長い文章で。まだまだ人として未熟だからきっと考えは変わっていくのだろうけれど、その途中過程を書いておきたい。

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