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やらされてるかどうかにかかっている

あっという間に年末なのですが、
しばらくしたら、またあっという間に春だとか
言ってるんだろうなと思います。

季節を感じる行事も少なくなって、
もう結構経ちますよね。

そう思っていたのですが、今年は違いました。

ぶつからない様に細心の注意が必要な程の人出、
さらに年末の恒例、宝くじ売り場の大行列、
こんなだったんだなと懐かしくなる様な
クリスマスの飾りつけやイルミネーション。

ああ、もう12月も終わりなんだなと感じました。

同じ様に、もう12月と感じていたのは昨年末。
相方あゆちゃんと出会ったPPHプロジェクト
ちょうど1年前の12月が始まり。

すごい肩書をお持ちの方々の自己紹介を聞きながら
「うわ・・場違いなところに来た・・」と
青ざめていたのも今では笑い話になった、かな?

そのあたりはちょっとうやむやにしておくことにして、
もう1つ青ざめていたのが引っ越し準備でした。

その春には引っ越すかもしれないと言いながら
私の片づけは相変わらず進んでおらず、
他の部屋や共用スペースの整理に時間と
何より体力を取られて焦りまくっていました。

それもあってか、ちょっとした心境の変化が。

それは、「思い出の品」について。

とにかく「思い出」の言葉に連敗続きだった私。
思い出の品とか、手紙とか、頂き物とか
とにかく弱い、捨てられない。

これはもういいか、と言いながら、
実際にゴミ箱に入れようとすると、
何だか申し訳ない様な、胸が痛む様なで
そっと元の場所に戻していたのです。

小物でも洋服でも、本でもなんでも、
「何のために?」っていうような物まで捨てられず、
長年物が溢れた生活をしてきました。

なので捨てるまでにはたくさんの葛藤と
立ちはだかる高い壁があるのです。

人間関係と同じで、物も服も変わるもの。
服も似合わないとか好みじゃなくなった。
とか言いながら、とにかく分別。

そうしないと減らないんだから。
いつまでも、ごちゃごちゃしているだけの
部屋にいることになるんだから。
それでいいのか、いや、よくない。

と、常に自分に言い聞かせてたのですが、
こんな風に言い聞かせている内はダメなんだと。
言い聞かせているから、無理してるというか
やらされている感がでちゃうんじゃない?

納得してないんだったら、それはやめた方がいい。
そう思いました。

自分だけしたってとか、家族には言えないしとか
またギャーギャー言われるんだったら
このままでいいや、面倒だしとか
モヤモヤするくらいならやめた方がいい。

進まないのは、迷いがあるんだな。
強制とか、義務と感じながらになっていた。
だから進まないんだ。

そこで、また違った方法を試す事に。

迷ったら散らかしたままにして、どういう部屋に
したいかのイメージを浮かべる事に集中。

ここにこれを置いて、この収納をいかして、
新しくこんな家具を置くから、ここに入れる。
それで空いたスペースをこうして、ああして。

それをすると、無理矢理感がなくなるのです。
自分のこうしたいに向かっていけるので、
またやる気が復活してくる。

子供の時から、やらされるのが嫌いというか
やろうと思った時にやるのは変わってない。

なら、そこをうまく使わないと。
時間は待ってくれないし、後悔もしたくない。
絶対に引っ越してよかったって部屋にします。

こうやって見てる時間多いんだろうなと
自戒を込めてイラストを見ております。

昨日の夜に書いて、今noteを開いたら
あゆちゃんが恐らく同じ方の見出し画像で
記事を書いていてびっくり。
こんなことまで重なるとは笑

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