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人生最後の出演 赤坂の話がしたい 24

 「紫月」の常連だった、まっちゃん。3月末、独りで亡くなってしまった。
 TBSラジオの鳥山穣くんと僕で作ったラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』が、放送文化基金賞で日本一になった時、まっちゃんは「文化庁芸術祭とか、ギャラクシー賞とかと並んで、放送文化基金賞って、すごいことなんだよ!」と、常連にくどいくらい説明していた。
 『イントレランスの時代』は、そのラジオ番組をテレビ化したもので、福岡での初回放送は年末だった。プロの厳しい批評をいただくため、まっちゃんにDVDを手渡した。持ち帰ったまっちゃんは、次に会った時「これ、すごいよ」と繰り返し言ってくれた。
 それはお愛想ではなかった。『相棒』の制作スタッフにもDVDを見せたそうだ。何と、主演の水谷豊さんとも、さまざま意見交換したという。
 「えっ!」と驚いた。だけど、まっちゃんの振る舞いに感激して、水谷さんが何と番組を評していたのか、肝心なことを忘れてしまった。
 それが、今年1月のことだ……。

 3月、植松被告の死刑が確定した。コロナ禍も広がっていて、不寛容(イントレランス)はどんどん深く広くなっている気がした。そこで、今の話に合わせて、リメークすることにした。
 植松被告は、拘置所で僕の目を見て、こう言った。
 「息子さんは、2歳のころ意思疎通できなくて大変だったと言っていましたよね。そのころに安楽死させるべきでした」
 僕にまっすぐ向けられた憎悪。これこそ、イントレランスだと思った。リメーク版では、ラストに障害を持つ長男の「今」を入れたいと思った。
 日曜夜には、福岡の長男からlineのテレビ電話がかかってくることが多い。僕は、映像に収めておこうと思った。
 5月3日、日曜の夜。赤坂の自室で、カメラを三脚に据えておいた。そこに、長男からテレビ電話が入った。
 「今日、お風呂きれい」
 (自分はお風呂を掃除した、と胸を張っている)
 構音障害がある長男は、自分の発音では言葉がよく伝わらないことは、わかっている。
 うまく伝わらない時は、まずiPadに「伝えたい言葉」を入力し、その画面をiPhoneで写して、東京の私に見せるという、高等技術を使う。
 「新型コロナ」と入力し、ネット上の「博多どんたく」のパレード写真の大写しにした。言葉では「残念!」と言ったように聞こえた。
 「博多どんたくが中止になって、残念です」と言いたいのだ。
 自閉症は、相手に自分がどう見えているのかを理解するのが難しい障害だ。その子が、IT機器を使うことで、こんなコミュニケーションの手順を得たのは、けっこうすごいことだ。

 さらに、長男は「赤坂」と言ったように聞こえた。
 「東京の赤坂?」
 「赤坂、お仕事」
 「??」
 長男が写して見せたのは、夏に長男が上京した時、「紫月」に連れて行った時の写真だ。
 長男は、「お仕事ある」「お仕事」と繰り返した。コロナウイルスの中で、「紫月」はお店を開けているのか、と心配して聞いてきたのだ。
 そして、カウンター越しに常連と長男が映っている記念写真を、僕に見せた。
 そこに、まっちゃんがいた……。
 半月前、お骨になって妹さんに引き取られていったまっちゃんが、その写真の中にいる。

 一瞬、僕は言葉を失った。
 「今お店、お休み。コロナウイルスで」と、僕は答えた。
 リメーク版で、僕はこの映像を使うことにした。テレビを愛したまっちゃんの顔を、最後にテレビの放送に乗せるのだ。
 リメーク版『イントレランスの時代』は1週間前の深夜、福岡で放送された。
 まっちゃん。
 あなたの姿は、最後に福岡で、ちょっとだけ放送に出たんだよ。
 エンディングで、僕は協力してくれた人たちへの感謝の意を込め、「協力」スーパーを出した。そこに、僕は「舛森強」の名も加えることにした。

 まっちゃん。ありがとうございました。

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(2020年6月7日 FB投稿)

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