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雪の暴発に消ゆ 赤坂の話がしたい 25

 歴史好きの人が集まる「赤坂街歩きの会」は、数か月に一度、赤坂周辺の歴史探索に出る。リーダーの日野睦子さんは、地元のお年寄りからの聞き取りを長く続けてきたから、本当に地域の歴史に詳しい。
 「街歩きの会」は、次回のテーマと巡回コースを決めた後、「中ノ町・新四」町会の長谷川雅春さんや、港区観光大使の千葉山いずみさんたちが、見学ポイントをそれぞれ分担して下調べし、資料を用意する。
 その時々によってテーマは、「赤坂の福岡黒田藩屋敷跡」だったり、「組屋敷の数々を巡る」だったり。「勝海舟」の時は、赤坂で住んでいた邸宅跡をめぐった。すぐ隣の寺の住職がばくちで身を持ち崩して赤坂を去ったなどという逸話がたくさん出てくる。日野さんの歴史講話に、歴史好きの元外交官、田中さんはどんどん質問を繰り出してくる。資料を手に、半日かけて赤坂を歩いた後は、サイゼリヤでビールを飲みながら、歴史談義だ。

 この日は、「2・26事件」をたどる散策だった。1936(昭和11)年2月26日早朝、陸軍の約1500人が武装決起。「昭和維新」のスローガンのもと、首相官邸などを襲った。
 かつて、赤坂は軍隊の町だった。
 赤坂3丁目、現在のTBSがある場所は、「近衛歩兵第3連隊」があった。近衛とは、天皇のそば近く使える軍隊のこと。
 赤坂9丁目、現・東京ミッドタウンは「歩兵第1連隊」(戦後は長く防衛庁の本庁舎が置かれた)で、さらにすぐ近くの現・国立新美術館(六本木7丁目)は「歩兵第3連隊」。これらの連隊から、多くの反乱軍が出た。
 赤坂に長く住む参加者の中には、「祖母が見ていた」と言う人もいた。
 「うちのお婆さんが小さいころ、寝ていたらザッザッという音がしたので、窓を開けて外を見ると、大勢の兵隊さんが雪の中を銃を担いで行進していて、怖くなって隠れたんだって」

 大正の終わりから昭和の初め。1920~30年ごろは、現代とよく似ている。
 工業化に伴い、都会に人が集まる。賃金労働者が増え、大正デモクラシーの風潮が広がる。一方、農村は疲弊し、娘を売ってしのぐ有様に陥っていた。社会の中で格差が広がり、社会に不穏な空気が漂い始める。
 髭を生やした偉そうな軍人が、赤坂の料亭で高い酒を飲んでいる。もちろん、永田町や霞が関の人たちとも一緒だ。政治家や高級官僚との癒着、そんな姿に怒りを抑えきれなかったのが、いわゆる青年将校たちだった。
 青年将校たちは、腐敗した「君側の奸」を排し(つまり殺害して)、天皇による親政を目指して決起したのだった。首相官邸に隣接した赤坂に、国の中枢部に敵意を抱く武装集団がいたわけだ。

 近衛歩兵第3師団は、現在で言えば、TBSのコロムビア通り側から出て、薬研坂を抜け、赤坂8丁目にある高橋是清蔵相の邸宅に乱入した。
 今は「高橋是清翁記念公園」となっている邸宅跡を訪ねた。当時の建物は、今はもうない。公園の奥に進む。日野さんは「このあたりに本邸があったと言われています」と説明してくれた。是清は、「話せばわかる」と言ったが、問答無用と射殺されたという。その現場が、まさにここか。今は、ヒゲダルマと呼ばれた是清の像が建っている。

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 反乱軍は、岡田啓介首相の殺害には失敗した(別人を射殺した)が、元総理でもある斎藤実内大臣には、四谷の私邸で数十発を打ち込んで蜂の巣にした。
 青年将校は、「聖上に我らの赤誠は通じる」と信じていたようだ。しかし、昭和天皇は激怒、徹底鎮圧を命令した。
 反乱軍は、外堀通り沿いのホテルに立て籠もった。永田町や赤坂は鎮圧軍が包囲、通行止めになった外堀通りのバリケードには銃座が置かれていた、と日野さんは説明してくれた。
 昭和天皇の怒りの前に、青年将校は投降した。クーデターはあまりに観念的だった。
 軍部内の勢力争いに利用された側面もある。反乱軍が作った殺害予定リストを海軍は事前に入手していたのに、何も行動しなかった。これは昨年、『NHKスペシャル』が報じた新事実だ。
 事件後の軍法会議は非公開。弁護士なしの一審のみで、19人の死刑が確定、執行された。そして、東条英機らの一派が陸軍の主導権を握ることになる。

 日野さんに案内されて、TBSの隣、赤坂パークビルの敷地に、「近衛歩兵第3連隊」の碑がひっそりと残っているのを知った。だが、説明する銘版には、連隊がどれだけ活躍したのか書かれているだけで、「2・26事件」の文字はない。天皇の親衛隊でありながら、逆鱗に触れた青年将校の存在は、まずいのだ。
 銘板を見ながら、なかったことにされている、青年将校の無念を感じた。なかったことにした、帝国陸軍の非情を思った。
 「でも、その日……赤坂は、戦場だったのです」

(2020年6月9日 FB投稿)
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