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一期一会、再び 赤坂の話がしたい 26

 異動間際のバタバタで、なかなか続きが書けないでいる。まだまだ面白い話題はたくさんあるのだが……。

 先日は、仕事仲間の数人と、自宅近くの「三十朗」で一献を傾けた。僕が飛び込みで「一貫だけでいいから食わせろ」とごねた、あの寿司屋だ。大将の内田雅也さんは、僕と同じ群馬出身でもあることを知り、ほとんどむりやり赤坂「中ノ町・新四」町会に入れた。大将は以来、お花見にも神輿にも参加するようになっている。
 福岡の本社に異動が決まった僕に、幹事さんは「三十朗さんでどうでしょうか?」と聞いてきた。一度連れて行った時に、美味しくて感激したのだそうだ。ぼくも、町内のお店を使っていただけるなら、言うことはない。コース料理は、コロナ前と変わらず美味しい。イチジクは旬だ。 
 その場には、Facebookでこの「赤坂の話がしたい」シリーズを楽しみに読んでいるという仲間もいた。話題は次第に、隣室に住んでいた看護師のK美ちゃんになっていった。
 「スーパーからの帰りがずっと同じ道だなんて、女の子が怖がるに決まっている」
 「だから、オートロックのカギを自分で挿して解錠して、この建物の住民なんですアピールをしたわけですよ」
 「それでも、よくまあ、その後飲みに誘ったりしたもんだ」
 「ちょっとちょっと、町会仲間の居酒屋を紹介しただけですよ」
 ひとしきり、K美ちゃんの話で盛り上がった。
 「引っ越しちゃったんだよなー……幸せになってくれればいいけど」
 そう言った時に、僕は遠い目をしていた、と思う。

 ふと僕は、ある方から餞別にもらったシャンパンを、自宅の冷蔵庫で冷やしていたのを思い出した。「三十朗」に持ってくるのを忘れた。
 「大将、ちょっと取ってくるわ」
 おいおい、酒の持ち込みかよという仲間の視線を浴びたが、「大丈夫、大丈夫。僕、町会の仲間も紹介したし、この店の恩人だから」とバシッと言い切った。内田さんは、頷くしかない。「恩人って、自分で言うことじゃないんじゃ……」という的確な意見をよそに、自宅前に戻ると、ワゴン車が停まっていた。
 「神戸さん!」
 そこに、K美ちゃんがいた。
 「うそ! どうしたの?」
 そう言えば、大きな荷物は引っ越し業者に運んでもらって、あとは少しずつ自分で運ぶと言っていたな。彼氏も、そこにいた。
 「こちら、母です」
 「わわわ、隣に住んでいた、神戸と申します」
 突然すぎて、なんと言ったらよいのかよく分からない。それにしても、お母さまが若い。僕より明らかに年下だ。
 「大変お世話になったようで」とおっしゃるので、お母さまにちゃんと話は通っているようだ。
 そこで僕はこの偶然を、少しだけ活用させていただくことにした。
 「ごめん、K美ちゃん、ちょっと待ってて」と僕は言い捨て、エレベーターに駆け乗り、自室から冷えたシャンパンを取って、急いで戻った。
 「お母さん、少しだけ! 3分だけ、K美ちゃんを借りていいですか?」
 僕はそう言い、三十朗に戻った。
 ふふふ。

 ドアを開け、視線を寄せてきた仕事仲間に、僕は告げた。
 「ちょっとみなさん、いいですか? シャンパン取ってきましたー! そして、こちら。お隣に住んでた看護師のK美ちゃんです」
 どよめきが上がった。さっき話したばかりの女性が、突然登場したのだから。さらに、おじさんたちは、K美ちゃんがあまりに若くてきれいなことに、明らかに動揺していた。
 「酒を取りに帰ったら、たまたまK美ちゃんとばったり」
 「うそだろ、出来過ぎ」
 「いやいや、ほんと」
 「今たまたま帰ってなければ、会うことなかったわけでしょ!? すげー」
 一瞬にして、店内は大盛り上がりに。
 「最初の時は、怖かったんでしょ?!」
 「何で、ついて行ったのー?」
 興奮気味のおじさんにK美ちゃんが一言あいさつし、記念の(証拠)写真を僕と並んで撮ったところで、この余興はお開きに。
 「いやー驚いた! ありがとうね」
 お母さんと彼氏にK美ちゃんをお返しし、僕が「三十朗」に戻った後も、おじさんたちの興奮はなかなか収まらなかった。

(2020年6月21日 FB投稿)

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