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9人の迷える沖縄人

2015年「12人の怒れる男たち」をコンカリーニョで見た沖縄の劇団が、お芝居から着想を得て出来上がったのが「9人の迷える沖縄人(うちなーんちゅ)」となります。
9年越しの里帰り的な公演でした。
「12人の怒れる男たち」も緊迫感のあるシーンが続きます。

この沖縄からやってきた舞台。
どのように北海度で上演された舞台と沖縄が化学変化しているのか楽しみに拝見した方も多いのではないでしょうか?
1972年、本土復帰寸前の沖縄の新聞社に様々な意見を聞きたいと集められた老若男女。
おじい、おばあの沖縄なまりがわからないやら、途中で現代に戻ったりしながら混乱しながら話は進みます。

DA PUMPのISSA氏に関する記事を読んだ事もあり、「米軍基地反対か賛成か」簡単に割り切れないのが沖縄で、アメリカの支配から逃れても居ないのに日本政府にも翻弄されている沖縄の人たちが蚊帳の外なのだとは文章で読んで知ってはいたのですが、沖縄に住んでいる人とそうではない人では自体の残酷さが理解出来てはいなかったなと舞台を見て思いました。まだまだ私たちは知らなければならない事だらけでありましょう。

基地も沖縄人は働く人もいますし、遊びに入ってしまう人も(入ったらつかるようですが)いますし、基地ありきの沖縄の姿が浮かび上がります。

本土復帰前、「琉球列島米国民政府」に支配されていた事。
米国に「琉球政府」として統治されていた事。
1970年に糸満市で米軍人によるひき逃げ事件があっても日米には地位協定があって咎められず基地が焼き討ちにあった「コザ事件」があったり、かなり一筋縄ではない話なのです。

多くの人が「米軍」ありきの年月を過ごしてますが、戦争で多くの人を殺したのも米軍なのです。

このなんともし難い状態に泣いてしまいました。
「考えても仕方ないから考えるのを止めたのだ」そうした人も多いでしょう。
貧困世帯が日本では一番多い沖縄。
二度訪れた事はありますが、あくまでも観光です。
そして私は沖縄人では無いのです。
そこで生まれた複雑な苦しみ。
考えも及ばないでしょう。

日本人は全て平等とか本当に嘘なんですよね。
そう信じる人は何も知らない人なんです。

でも、未来はどうあるべきか考えるのを止めてはいけないというのが答えなんだと思います。

諦めてはいけない。

北海道も自衛隊が多くあり、そこに演習を行う外国の人が居たりします。

北海道も「私一人が考えても仕方いでしょう」で終わってしまっている地域の一つなんです。

何が答えなんだかわからない。
でも考えていくために演劇があるのだと思わせた舞台でした。

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