スナック恵 2 〜チャーハン編〜

オープンから2年半の月日が経った。起きるのは昼で一緒に暮らし始めた母と朝食兼昼食を食べて、シャワーを浴びてから買い物に出かける。
スーパーで野菜や魚、酒屋でビールやウヰスキーを眺めて歩く。お通しはその日の安売りで決まる。

スナックの経営が最初から分かる人など居ない。店にボトルがあればお客が来るなどとついうっかり簡単に考えがちであるが、営業しながら客の要望を受け入れたり、上手くいってるスナックのサービスの情報を収集したりそれなりの工夫が必要なものだ。

お通しを作るのに小さなキッチンに立っていると小学校から帰って来た娘のマリナがランドセルを背にドアを開けて入ってきた。小学校からはまずお店に来る習慣になっている。おつまみとして常備してあるお菓子やお通しをオヤツ代わりに食べながら小学校であった出来事を報告して宿題をし、気が向いたら部屋の中の植木鉢に水をやり、ランドセルを店の奥にしまうと迎えにきた友達と遊びに行く。夕方5時になるとまた店に帰ってくる。ランドセルを回収して私の母の待つアパートにすぐ戻ることも多いが、まだ店にお客が来る気配がない時は黒革のソファで跳ねて遊んだり、カラオケを数曲歌ったりする。
「おばあちゃんが待ってるから帰りなさい」
そう促すとマイクごしに、
「夕ご飯、煮物とか焼き魚とかお浸しばかりなんだよお」と訴えてきた。
「お母さん、チャーハン食べたい。あれなんだか美味しいし、帰ってから野菜とかは食べるからさぁ」とねだってきた。
夕方の浅い時間と深夜に近くなるとチャーハンがけっこう売れる。冷凍のものであるがレンジでチンすれば良いものに福神漬けを添えて提供する。わかめスープと提供して800円は取れるメニューだ。
「食べたら早く帰って、おばあちゃん心配させないでね」
そう言いながら冷凍庫からチャーハンの袋を出し、封を切り、白い八角形のお皿にザラザラと冷凍の粒を目分量で注ぎラップをして、電子レンジにかける。レンジから出し福神漬けをちょびっと皿の端に添え、カップにコンソメとわかめを入れお湯を注ぐ。トレーにスプーンをセットする。
マリナは「頂きます」とお皿に向かって言い、スプーンを動かしてチャーハンを口に運ぶ。
「美味しいね!」そうは言い微笑むがレンジでチンしただけなのでこちらの心境は複雑だ。
そうこうしているうちにお客さんが来店し始める。マリナは慌ててチャーハンを口にかっ込み出すが近所の常連さんなので慌てるんじゃないと声を掛けられると食べる速度を少し緩めた。
「ごちそーさま!」
「真っ直ぐ帰るのよ」
奥にしまってあるランドセルを背負いながら、私の背後から、
「小学生でもチャーハンなんてチン出来るから、お店で出来ることらあったら言ってね」と大きな声で言ったのだった。
「10年早い、イヤ、ニジューネン!」
ランドセルなんてもう似合わないくらい大きくなっあ娘が返す。
「あっというまにおとなになるよー!」
なんて言いながら店のドアを閉めて薄暗くなった空気に吸い込まれて行った。

ニジューネン。言葉を噛み締める。

どうなってますか?
神様。
ニジューネン経ったら、マリナはカウンターの中に立ちチャーハンを皿にサラサラ注ぐのですか?逆にそんな私を軽蔑したりするのですか?
私はどうしたら良いのですか?

「今のチャーハン美味しそうだったね、ビールと一緒に頂戴」とカウンターに座った常連さんがオーダーしてくれた。
「娘さん、目元はお母さんそっくりだね。口元はお父さんかい?」
記憶の中の夫を探して眼をつぶる。ぼやけて思い出せなくなりつつあるあの人。
「そうなのかな?」
呟きながらチャーハンをほうばっていた娘の口元を思い出そうとした。
でも私にはチャーハンの粒に黄色や茶色の様々な色彩を見ててニコニコ微笑んでいるマリナしか浮かばなかった。
誰にも似ているとか似ていないとかではない、一人のマリナとしか。

※この作品は小説でシリーズ第二弾です。「スナック恵」も合わせてお楽しみ下さい。

#チャーハン大賞 #小説

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