ぶきっちょアイドル☆マナブくん 「ぶきっちょアイドル誕生」
運動が苦手。歌も音痴。そんな人がアイドルになる。そんなことはありえないし、馬鹿げている。下手な歌なんて誰も聞かないし、下手なダンスなんて、誰もみない。
僕は、アイドルになってみたい。大きなステージに立って、キラキラ輝くジブンを皆に見せたい。そんなことも、ひそかに思う自分もいた。
母がアイドル通で、小さい時から、キラキラ輝くアイドルの姿を間近で見てきた。その影響もあってか、彼らをマネして、踊ったり、歌ったりしする。しかし、僕は歌もダンスもへたっぴだ。
思い通りに体は動かないし、歌も安定しないどころか、ガタガタだ。学校の歌のテストでは、皆の笑いを引き起こし、点数も取れない。見た目だって、パッとしていないから、輝かない。
そんな僕が、「アイドルになりたい」なんて言ったら?
皆は決まって、笑うだろう。「無理に決まっている」「ふざけたことを言っている」「冗談でしょ」なんて、誰しもが心の中で思っている。それを表に出さなくともだ。
「アイドルになれる人」と僕は、あまりにもかけ離れている。
しかし、どういうことか。そんな僕が、まさかのアイドルデビューをすることになった。
アイドルユニット・Star☆light(スターライト)
──星の光。
メンバー・キラ。マナブ。
イメージ・星空の王子様
こんな感じのアイドルユニットを結成した。ちなみに、高校の同級生である、キラくんからの誘いで、組むことになった。
彼の熱意とキラキラ度合いの高さに負けて。
衣装は、僕の母にお願いした。仕立て屋さんをしていて、その腕は立派なもの。アイドルに精通している母は、快く引き受けてくれた。
そして、完成したものは、僕が伝えたユニットのイメージ── “星空の王子様” にちなんだ、王子様のような衣装。
担当カラーも、母の方で決定したそうで、キラくんは黄色。僕は青だそうだ。
キラくんは、アイドルっぽいねと喜んでくれた。しかし僕は、自分には似合わないだろうなと思った。
やっぱり、僕は、歌もダンスも安定しない。上手くなったという手応えも感じないまま、僕らの最終ステージである、文化祭のステージに立った。客席からは、クスクスと笑う人の姿が、ちらほら見えた。
「マナくん、お疲れ」
本番を終え、キラくんは僕に声をかけた。
「ちょっといいかしら」
乙女な口のその声は、気品のある低い声。そちらを向くと、そこには、The・セレブな雰囲気が漂う、中性的な男の人が。黒いシャツに黒いズボン。そこにヒョウ柄のアウターを羽織った、オシャレな人だ。
ミルクティー色の、肩まで垂らした長い髪は、ハーフアップにまとめている。
「私は、トゥインクルプロダクションの木城(こしろ)という者よ」
渡されたのは、名刺。
『株式会社トゥインクルプロダクション
取締役社長
木城 早彦』
社長さんだったか。だからこんな、異端なオーラを放っていたのか。
「あなたたちのパフォーマンスを見て、ビビッときたわ。よかったら、うちのとこに来て、本格的にアイドル目指しちゃわない?」
この人は本気で言っているのか。と僕は思った。キラくんは、ダンスも歌も安定している。でも、僕は逆で全部イマイチ。見込みなんて、なにもないだろうに。
「マナブくんていったわよね。特にあなた。私がずっと求めていた人材」
社長は、僕を指差して言った。
おー。とパチパチするキラくん。
なんで? という気持ちが、さらに膨らむ僕。
「逆にキラくんは、特にダンスが上手ね。マナブくんと対比があって、面白いと思うの」
キラくんは、目を輝かせた。
「マナくん、やってみようよ」
キラくんは、僕に向かって言った。
「えー、無理だよ。僕なんて」
「そんなの、やってみなきゃわからないよ。それに、もうこんなチャンスはないだろうし」
僕はやってみたいんだ。と、熱弁する。
たしかに、こんなへたっぴに目をつける人なんて、他にはいないだろう。だけど、僕がアイドルだなんて、下手クソだって言われるだけだ。
それでも、やってみたい気持ちも強かった。
僕は決意を固めた。──アイドルの道へと足を踏み入れる決意を。
「えー! マナくんがアイドル」
家族に報告した。
ウサギのベリ子ちゃんをひざにのせた姉が、驚いた。そりゃあ当然の反応だ。
「株式会社トゥインクルプロダクション」
父が、社長の名刺を声に出して読んでいた。
「あれ、それ、どっかで聞いたことある……なんだっけ」
アイドル通の母が、反応した。
木城早彦(はやひこ)と父が社長の名前を言ったとき、「あ!」と母が大きな声を出した。
「そうだそうだ。ダーリンズの早彦くんの会社じゃない。いくつものアイドルユニットを作ってきたって。結婚して苗字を変えたのね」
母の口には、熱がこもった。
早彦──白取(しらとり)早彦は、ダーリンズという、国民的なアイドルグループの元メンバー。
ダーリンズは、今も健全で、冠番組もいくつか持っている。母は、ダーリンズが一番好きだから、その冠番組たちは、我が家の日常となっている。
でも、白取早彦は、テレビではみたことがない。母が重宝している、昔のコンサートのDVDや写真やらで、その顔はみたことがある。
僕が生まれたときには、彼は芸能界から退いていて、彼がどんな人物かなんてのは知らない。
「マナくん。すごいチャンスをつかんだわね。早彦くんからの、直接スカウトなんて。応援してるわ! がんばってね!」
そうだ。白取早彦が一番の推しだと、どこかで言っていた母。その興奮ぶりを見て、「頑張ろう」と心に明かりを灯した。