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役病4 ウィルスの変異

 ウィルスの遺伝情報は突然変異で変わっていきますが、ウィルスの性質を大きく変えることは、ほとんどありません。過去の感染症を振り返ってみてもウィルスの性質が短期間で激変するようなことは滅多にありませんでした。しかし、今回のウィルスでは性質が大きく変化する変異体が短期間に多数出現しました。では、なぜ滅多に起こらないことが起きたのでしょうか。

 感染者が一億人としても、ウィルスの数は一兆をはるかに超えて増殖していきます。ウィルス単体でそのようになる確率が著しく低くても、感染者が非常に多いと、それだけウィルスの数も増えて、全体としてウィルスの性質が変異する確率が高まります。

 だから、危険な変異体を生み出さないためにも感染を抑制する必要があるのです。


 性質が大きく変化する変異はいかにして起きるのか?


 免疫が極端に弱っている人の体内でウィルスが長期間持続感染することで、免疫から逃れるために、ウィルスと免疫系の間で激しいせめぎ合いが生じる可能性があります。そうすると、抗体などの一連の防御反応を回避できるような変異をウィルスが蓄積していきます。一人の患者の体内で感染が長引けば長引くほど、特に免疫不全患者においては症状が長期化し、こうした変異体が生まれる確率が増加するのではないかと考えられます。

 今回のウィルスに感染した患者は通常、発症したときから約10日後には、他の人に感染する能力がなくなると考えられています。しかし、これには多くの例外的症例が報告されていて、免疫機能が低下した人達が関連しているようです。米国ワシントン州の老人ホームで2020年2月に今回のウィルスに感染した71歳の女性は、抗体産生が抑制されるタイプの癌を患っていましたが、少なくとも105日間はウィルスを体内に保持し、少なくとも70日間は感染力を保っていました。そして実際、この女性の体内でウィルスは著しいゲノム進化を遂げて変異していました。同様の事例は他にも幾つか報告されています。

 免疫不全患者のほとんどが、大きな合併症もなく今回のウィルスによる感染症から回復する傾向にありますが、免疫不全患者では感染症状が長引き、ウィルスの進化が加速される可能性があります。

 また、同時感染すると新しい変異体誕生の温床になり、もっと強烈な変異体が誕生する可能性があります。ブラジル南部リオグランデドスル州のフィーバレ大生命工学研究所によると、同州で今回のウィルスの変異株2種類に同時感染したケースが2例あったそうです。しかし二人とも重症には至らず、回復した模様です。

 体内に2つの異なるウィルスが存在すると、お互いの遺伝子を交換し合って、新たな変異ウィルスを生み出す温床になり、現在よりも、さらに感染力が強く、また致死率を高めるウィルスが発生する可能性が十分あります。

 さらに最も危険と考えられるのは、ヒトから他の動物へ感染し、再度ヒトに感染する場合です。今回のウィルスもコウモリから何か他の動物を経由してヒトに感染したと考えられているように、他の動物の体内ではウィルスが大きく変異すると考えられています。

 世界保健機関(WHO)の2020年11月6日の発表によると、デンマークでミンクからヒトに今回のウィルスが感染した症例はすでに214人で、そのうち12人からは変異型ウィルスが見つかりました。変異型感染は全員が北ユラン地域からで、感染者は7歳から79歳までと多様で、そのうち8人はミンク畜産業の関係者で4人は飼育地域での感染でした。

 この変異型の背景や症状等はまだよく分かっていませんが、そのリスクを重く見て、デンマークでは、国内で飼育しているミンクの全て、1,500万から1,700万匹を殺処分することを決定し、感染地域の250万匹については既に殺処分されています。デンマーク保健省は2020年11月19日に、ミンク変異型ウィルスの新規感染症例は9月15日以降報告されておらず、この変異型は根絶された可能性が高いと発表しました。

 今回のウィルスがミンクに感染した症例自体は珍しくなく、デンマーク以外にも、オランダ、スペイン、スウェーデン、イタリア、米国からも報告されています。今回のウィルスはコウモリ、ミンクそしてネコに感染しやすいことが知られていますが、サルや大型類人猿にも感染し、実験室内においてはネズミにも感染するようです。

 フランスのパスツール研究所のザビエル・モンタギュテリ博士によると、実験室内において、今回のウィルスの英国型変異株B.1.1.7はネズミに感染しなかったそうですが、南アフリカ型B.1.351とブラジル型P.1はネズミに感染したそうです。

 つまり、このウィルスはヒト以外の動物への感染力をも高めるように変異しています。

 それはヒト→他の動物→ヒトという感染による最悪の事態の危険性が高まっていることを意味します。

 アメリカ国立アレルギー感染症研究所のウィルス専門家ヴィンセント・マンスター氏によると、通常、ウィルスが感染できる宿主というのは限定されているのに、これほどまで多くの種に感染できるというのは極めて驚きだそうです。

 これまで人類が遭遇した、どのウィルスよりも、我々は警戒しなければならないのではないでしょうか。

 さて、ウィルスのスパイクたんぱく質は 1,273個のアミノ酸がつながったものですが、このうち 438番目から506番目の部分が、ACE2 というヒトの細胞表面にあるたんぱく質と結合する重要な部位(RBD = Receptor Binding Domain)になっています。また、この部分はワクチンによってできる中和抗体が結合する部分でもあります。したがって、この RBD という部位が変異すると、ワクチンが効きにくくなるなど、ウィルスの性質が大きく変わってしまうことがあります。

 WHOが感染力と免疫逃避力から、懸念される変異株(VOC=Variant of Concern)として認定しているものは、2021年12月現在、アルファ型(イギリス由来)、ベータ型(南アフリカ由来)、ガンマ型(ブラジル由来)、デルタ型(インド由来)、オミクロン型(南アフリカ由来)の5つです。

 N501Yとは501番目のアミノ酸がN(アスパラギン)からY(チロシン)に変わったことを意味します。

 SARSとMERSを比べてもよく分かるように、ウィルスが強毒化して感染者がすぐに死んでしまうと他人に感染させられないため、ウィルスの強毒化と感染力の増大はトレードオフの関係にあるといわれてきました。しかし、今回のウィルスにおいては強毒化と感染力の増大が両立しています。

 無症状感染者が減るとしても一定割合は存在し、また発症の48時間前と24時間後が感染力のピークだそうですから、理論的に考えても、どれだけ強毒化しても一定の感染力を維持していくのではないでしょうか。

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