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素数宝くじ

今日は大晦日。
数学科の学生である俺は、今日くらいはと数学をサボって、昼からテレビを見ていた。
テレビで、年末ジャンボの抽選会(矢を射るやつ)をやっていた。
それを見て、急に思い出した。
俺も1枚、買っていたじゃないか。
12月半ばに、数学科の同期22人で飲み会に行ったとき、話のタネにと全員が1枚ずつ買ったのだった。主に、券に書いてある番号目当てで。(数字さえあれば盛り上がれるのが数学科の人間のいいところだ。)
どこにしまったっけ。

探すこと30分。
見つからない。
酔っ払って帰宅した勢いで適当なところにしまったんだろうと思うが、どこだ。
♪靴箱の上 ゴミ箱の中 こんなとこにあるはずもないのに

探すこと3時間。
見つかった。
飲み会の場で読んでいた数学の本に、栞がわりに挟まっていた。

53組 137619番

うん、間違いない、俺のだ。
素因数分解しようとして散々格闘したからよく覚えている。
飲み会の席では、6桁の「137619」だと小さくてつまらないから、組番号まで含めた8桁の「53137619」として素因数分解を試みたのだった。
そういえば、不思議なことがあった。
その場にいた全員が、そうやって自分の券から取った8桁の整数を安産で、じゃなかった暗算で素因数分解して、一番早くできたやつは割り勘から抜けて無料、というゲームをやった。(組番号は全員2桁だったので、7桁や9桁のやつはいなかった。)
ところが、誰一人として素因数分解できなかったのだ。
2時間あったから、少なくとも1000以下の素因数はみんなチェックできたと思うのだが。
……まさか、全員素数だったなんてことはないよな。
まさかな。
そう思いつつ気になって、自分の「53137619」の素因数分解の続きをノートに手計算でやり始めた。(Web上の素数チェッカーを使えば一瞬だろうが、そういうのは風情がなくていかん。)

7時間後。
俺は、感動に打ち震えていた。
素数だ。
53137619は、素数だった。
当てずっぽうで買った宝くじの番号が素数だなんて、なんと運命的なんだ。
きっと、今年使えなかった運が、あのときに大盤振る舞いされたんだろう。
喜びのあまり、数学科のグループLINEに投稿しようとアプリを開いた。
なんということでしょう。
そこにはすでに、「自分も素数だった」というやつらの投稿で、興奮の坩堝と化していたのだった。
どうも、22人全員が素数だったらしい。
どんだけ奇跡だよ。
確率でいうと…またノートと鉛筆を取り出す。

素数定理から、自然数𝑁以下の素数の個数 𝜋(𝑁) は、𝑁/log𝑁 で近似できる。
この近似関数に𝑁 = 10^8 を代入した値から、𝑁 = 10^7 を代入した値を引けば、8桁の素数の個数の目安が求まるから…
およそ、4.808 × 10^6 個。これが、8桁の素数の個数の目安。

ということは、ランダムに選んだ8桁の整数が素数である確率は、それを(10^8 - 10^7)で割ればいいから…ええい面倒だ、10^8で割ろう。
すると、およそ4.8%。
調べたところ、どうやら宝くじ番号の10万の位はすべて「1」のようなので、ちょっと誤差が出るが、まあ置いとこう。

1人が素数である確率が4.8%とすると、22人全員が素数である確率は、ええと、4.8%を1/20で近似すると…
10^(-29) のオーダーだ。
つまり、だいたい 0.000000000000000000000000001%。

0.000000000000000000000000001%。

俺は天を仰いだ。
天文学的確率。
それが、あの日の宝くじ売り場で起こっていた。

この宝くじ券は額縁に入れて取っておこう。
一生の記念だ。

額縁を買いに家を出たところで、除夜の鐘が聞こえた。
今年は色々あったけど、さっきの奇跡のおかげで良い一年になった。
ありがとう、素数よ。


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翌々年の1月上旬、奇妙な記事が新聞に載った。

【年末ジャンボ1等7億円 引換者全員現れず】
一昨年末に当せん番号が発表された年末ジャンボ。引換期限は今月7日だったが、計22本あった1等の7億円は、誰一人として引換者が現れなかった。一般財団法人日本宝くじ協会の〇〇代表は、「妙なこともあるものです」と不信をあらわにしている。引換えられなかった当せん金は、収益金と同様に、全額、発売元である全国都道府県及び20指定都市へ納められ、公共事業などに役立てられる。

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