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12才から依存症!① 何もないのに涙がぽろぽろ

人生が辛くなってきた今日この頃。何もないのに涙が落ちる。

いや、ずっと前から生きることはしんどかった。
ずっとタヒぬことばかり考えていた。早くタヒのうと思っていた。
せめてタヒぬまでは楽に生きていたかった。
だから、依存症になることを選択したのだ。

僕が依存症になって9年目になった。
僕は薬物とアルコール依存である。今回はメインだった薬物の話に焦点を当てよう。
はじめは市販薬。毎日欠かさず7年間飲み続けてきた。最後の数年は一日300錠を飲んでいた。市販薬以外にも色々やって、警察沙汰にもなったし、救急搬送もX回、ICUにも入った。

人生に希望はなかった。

タヒぬまで楽に生きるために始めたはずの薬。しかし、薬物は人生のすべてになっていた。生きるために使い、使うために生きていた。


ここまでの文章に違和感は覚えなかっただろうか?


僕は依存症になって9年目である。
だが、薬を使い続けたのは7年間だ。

あとの2年はどこへ行ったのか?

僕は2年前、本格的に依存症治療につながった。

施設と自助グループである。

僕はおかげで2年近く薬を使っていない。

自助グループは「神様」などと、なかなか受け入れがたい言葉が使われるが、そこを気にしていては先に進めない。2年間、通い続けているが、正直神様を信じたわけではない。ただ、そこには、仲間というものがいる。しかも、薬を何年もやめているという、僕のようなヤク中にはにわかに信じがたい生き方をしている仲間であった。僕は仲間、いわゆるメンバーのことが好きだ。だから、薬をやめる選択をした。
正直言って今でも薬は大好きだ。だが、みんなの中にいたいから、薬はやめることにした。勿論あっさりはやめられなかったが、今はこうして薬のない日々を送っている。

僕は新しい人生を歩み出したのだ。


しかしながら、依存症は慢性の病気である。ずっと影のようにぴったりと自分に張り付いている。


今日、久しぶりに薬を使いたくなった。

次使ったら、きっと僕は自タヒを選ぶだろう。


だから、”今日だけ”頑張って生きてみようと思う。


薬のない人生を。

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