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『唐猫奇談』


うちは何故かシャム猫に縁がある。
姉の家に居る猫もシャム猫で
私が以前可愛がっていた猫もシャム猫だった。

そして、今、
ここに居るまおさんですらその暑い国の血を引く。


なんでそんなに縁があるのかと思い出したら、、、
それはきっとたぶんあの猫から始まった縁なのだと思う。


昔、私がまだ若くバイトしている店に
一匹の猫がよく餌を貰いに来ていた。
とても素性の良さそうな可愛いシャム猫で
見るとおなかが大きいようだった。
日に日に大きくなるおなかは数匹の子猫が入ってるようだったが、
みんな店の物置などに産まれたら困るので邪険にしていた。

「あんただって大変なのにね」

猫に餌こそあげないが、会うたびに彼女を撫でた。
夏の最中なのに彼女は人に抱いてもらおうと必死だった。

ある晩、遅目に仕事を終えた私は
自転車にのって家路を急いだ。
すると、足元を何か黒い小さな影が必死に追ってくる。


それは・・・彼女だった。

大きなおなかを抱え、必死で追ってくる。
あわてて自転車を止めて彼女を抱える。
どうも様子が変だ。
必死にしがみついてくる。そして何かを訴える。


まるで
「おうちに連れて帰って」と
必死に訴えているように見えた。


その頃実家に暮らしていた私は
彼女の訴えを聞き入れてやれるわけが無く
彼女に、私の代わりの猫好きを斡旋してあげる事しか出来なかった。

代りの猫好き…私の祖母のことである。


私の祖母は一人暮しをしていたのだが、
25年連れ添った猫が亡くなって寂しい生活だった。


「もう猫は死ぬから要らんて」


「そう言わないで飼ってあげてよ。かわいいし」


そう言い争う二人を尻目に、猫は祖母の家に上がりこみ
窓際のソファーの上に丸くなるとおもむろにいきみだし
あっという間に3匹の子猫を生んでしまった。

そしてそのまま、そこで暮らす事にしてしまったのだった。

3匹の子猫は母に似たシャムネコで
それぞれに貰われていったが
一番小さいオス猫だけが残された。

母猫は2ケ月程してまた発情がやってきて
大きな声で鳴くようになってしまった。
丁度、祖母が病院に入院したのを機会に
私の母が半ば強引に病院に連れていって避妊手術してしまった。

帰って来た彼女は
ひどい人間不振と耐えられない痛みに脅えきっていた。

祖母が入院中なので
母が餌を与えに祖母の家に行ったのだが、
その手術の日を堺に母猫は姿を消してしまった。
何度呼びかけても母猫は出てこなかった。
やっと離乳したばかりの子猫がよちよちと出てくるだけで
守るべき母猫の姿はどこにも無かった。

そのうち、祖母の家のどこからかものすごい腐臭がしだした。

おそらく具合の悪くなった母猫が
縁の下で亡くなったのだろうとみんな考えた。
父が畳をあげて縁の下を覗きこんだがその姿は無かった。
その匂いも2週間程で消え、
祖母が退院してからはみんな忘れてしまった。


ーそれから4年。


祖母が亡くなった。
あの時の子猫は立派な雄猫になって育っていた。
その猫はうちの2番目の姉が引き取る事になった。
母猫によく似たシャムネコ。青い目がとても似ている。
祖母の荷物を片付けこの家を明渡さなくてはならない。
ここに飼うわけにはいかなかった。


箪笥の中身を小さなダンボール箱に移し、
大きな冷凍庫を実家にはこぶべく動かした。
冷凍庫の陰から
小さな魚がカチカチの干物になって出て来て
みんな苦笑した。

祖母が買った魚を冷凍しようと置いておいたものを
猫がイタズラして壁との隙間に落したのだと思われた。

冷凍庫はかなりな重さで老女の手ではずらす事すらままならない。

「だから臭かったのかもよ」

母がこちらを見もしないで言った。

「猫が死んで臭くなってたって話した事があったじゃない。
床下まで探したけれどどこにも居なかったじゃない。
本当は猫は他所へいっただけで、臭かったのは魚だったかもね」


「こんな小さな魚だけじゃ、臭くないって」 

父が言った。

「あら、婆ちゃん、
買ったばかりの荒巻鮭が無いって探してて
私が見てあげたらその裏に落ちてた事もあるんだから。
まったく猫なんか飼うから」


母が苦々しそうに言う。

箪笥が運ばれ、冷凍庫が運び出される。
父と手伝いの人が大きなカップボードを動かした時だ。

「あっ」と小さく手伝いの人が叫んだ。


「うわ、こんなところにも鮭が挟まってるよ。
 すっかり骨と皮になってる」

父が言った。

「をい。そこの袋に入れて捨ててしまってくれ」

私に頼む。


ゴミ袋を片手に、
その鮭の骨を入れようとした時、


全身が総毛立った。


あるものが見えたから。



骨にあの

半月型にカーブした爪がついているのが見えた。

「彼女だ」瞬時にそう思った。



彼女はそこに居た。
ずっと、何年もそのままで。

壁と重いカップボードの隙間に
おそらく上の隙間から落ちたのだと思う。

人が信じられなくなって、痛みに混乱して
落ち着ける場所を、探していての事だろうと思った。



人間不振になっていた彼女は、
呼ぶ声に答えないまま

そのままそこで息絶えたのだ。

彼女の骨はすんなりとしたままで、
全部が繋がっていて
自慢の長い尻尾はそのまま魚の骨のように見えた。
タオルに包んで彼女のまだ残った毛を見つめた。


「気付いてあげれなくてごめん」

ただ涙がこぼれた。



気持ち悪いと取り乱す母を尻目に
父と祖母の家の要らなくなったものを街の集積所に捨てに行った。

猫だったものを腕に抱いて。

街が見える場所を掘って包まれた彼女をそこに埋めた。


それから祖母の家のたくさんのものをどんどん捨てた。
二人とも寡黙になったままで。

その日はずっとみんな寡黙だった。

もう10年以上も昔の話だ。
彼女の眠る山は今も静かであって欲しい。



そして今。


うちには彼女によく似た猫が居る。
彼女が好きだったようにソファーで眠りながら。


きっと逝く時には抱いていてあげようといつも思う。
彼女のような寂しい最後だけはさせたくない。

「もし似たような猫を飼ったら、寂しくさせない」

そう彼女に約束したから。



そしてまおさんは何も知らず今日もひだまりで眠りこけている。
彼女のように目を細めながら。


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『唐猫奇談』2002年1月20日
    加筆2008年9月27日

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