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「アブストラクトゲームはなぜそう呼ばれているのか」補遺

先日投稿した「アブストラクトゲームはなぜそう呼ばれるか」について、ツイッターを含め予想外に(私の投稿としては)大きな反響をいただきました。リプライやリツイート、いいねを送ってくれた皆さんにまずはお礼申し上げます。

中でもボドゲーマの運営者である若狭創さんには、私が記事中で触れたボドゲーマでの「アブストラクト」の解説について、そのような考えに至った背景を丁寧に説明するレスポンス記事を書いていただいています。不躾とも取れる言及に対して紳士的に対応してくださり感謝しています。

実は「アブストラクトゲームはなぜそう呼ばれているのか」では、構想にはあったものの時間の都合や力不足で割愛した主題がありました。具体的には「アブストラクト・ストラテジー」に含まれる「ストラテジー」についてと、アブストラクトゲームの隣接分野であるウォーゲームについてです。特にウォーゲームについては、これに該当するゲームを実際にプレイした経験もなく、改めて書く予定はなかったのですが、ツイッターではアブストラクトとウォーゲームとの関連性を示唆するフィードバックを複数いただいていました。

これに加えて、上記の構想の内容が若狭さんの記事で説明されている「実践的(practical)」に対するものとしての「理論的(abstract)」という考えとちょうど呼応する部分があったため、不十分とは知りつつやはりこれらについて書き記し置いたほうが良いかなと考えを改めるに至りました。以下がその内容になります。

「ストラテジーゲーム」について

トンプソンの「アブストラクトを定義する」では、アブストラクト・ストラテジーの「アブストラクト」とはテーマがないことに由来すると説明されていることは前記事で紹介しました。だとすると、残ったほうの「ストラテジー」(戦略)にはどのような意味合いが込められているのか。素直に考えると、「アブストラクト」がテーマのなさを請け負っているのであれば「ストラテジー」は「運や不確定要素のなさ」を請け負っている可能性があるのではないか、と推測したくなります。

「アブストラクト・ストラテジーゲーム」から「アブストラクト」を抜いた「ストラテジーゲーム」は、れっきとしたゲーム用語として存在します。日本語ではほぼコンピュータゲームの一ジャンルを指す言葉と見なされているようですが、英語の「Strategy Games」はコンピュータゲームにもボードゲームにも適用される言葉であり、BoardGameGeek(BGG)にもその分類があります。

Strategy Gameの定義は、英語版Wikipediaによれば「プレイヤーの自発的な意思決定が勝敗を左右するゲーム」であり、下位カテゴリとしてアブストラクト・ストラテジーゲーム、ウォーゲーム、ユーロゲームなどが含まれるとされています(BGGなど他の英語サイトの説明もこれに準じるものになっています)。要は、すごろくやルーレットのようにほぼ運だけで決まるゲームや、早い者勝ちでカードを取ったり、ブロックを崩れないように積み上げたりというようなゲーム(アクションゲーム)、記憶ゲームやワードゲームなどを除外したゲームカテゴリということです。

ふだんボードゲームに親しんでいる人ならすぐに察せると思うのですが、これはボードゲームのカテゴリとしては(「ユーロゲーム」がすっぽり入っていることからもわかるように)かなり広い範囲を含んでおり、例えばBGGの総合ランキングで上位100タイトルを見ると9割がたに「Strategy」のカテゴリが割り振られています。そしてこれらのゲームの大部分は、何らかの形である程度の運要素を含んでいるゲームです。

つまり現在流通しているゲーム用語としての「ストラテジー」は、「運で決まるゲーム」からすれば確かに運の要素を制限する方向に働く言葉なのですが、トンプソンのように厳格に解釈された「アブストラクト・ストラテジーゲーム」からすれば運を許容する方に寄っていることになります。むろん定義上は「ストラテジー」は「アブストラクト・ストラテジー」を含む上位概念になるはずですが、語の用法における「運の許容度合」という観点からは、「ストラテジー」はある種中間的なニュアンスで使われている言葉だと言えるようです。

ウォーゲームとの関係

「戦略」という訳語が示すように、Strategyには軍事に関する言葉という印象が色濃くあります(「軍を導くこと」を意味するギリシャ語が語源になっています)。ここで気になるのは、同じ「ストラテジゲーム」に分類されているウォーゲームとアブストラクトゲームとの関係です。

筆者はこの分野に対する知識が薄いのですが、一般にウォーゲームはシミュレーション性(模倣性・再現性)が高い、したがってテーマとの結びつきが強いことや、複雑で細分化されたルールを持つことで知られており、また多くの場合何らかの形で運や隠蔽要素が含まれるようです。なおユーロゲームはしばしばゲームメカニクスとテーマとの結びつきに恣意性があることが指摘されていて、Wikipediaの記事を含むいくつかのネット上の文献では、アブストラクトとウォーゲームとの中間的な性質をもつジャンルだという説明もありました。

私が面白いと思ったのは、ウォーゲームが運要素を獲得していく経緯です。歴史上最初のウォーゲームは1780年、ブラウンシュヴァイク公爵の宮廷員ヘルヴィヒによって作られたものです。これは下図のように1666マスで区切られたフィールドを使用する複雑なチェスのようなゲームで、運の要素はありませんでした。スチュワート・ウッズ『ユーロゲーム』によれば、同時期に民間人によって、現実の戦争に合うように改変されたチェスが遊ばれていたという資料も存在するようです。

ヘルヴィヒによるウォーゲームのマップ(Wikipediaより)

ヘルヴィヒのウォーゲームは軍事教育を目的として作られたものでしたが、娯楽品として販売もされ成功を収めました。1806年、オーストリア人のオーピッツは自分の開発したウォーゲームに、実際の戦争の予測不可能性を加味するためにダイスを使った運の要素を導入しました。この導入は当時物議をかもしたようですが、のちにプロイセン軍はウォーゲーム(クリークシュピール)にこのような不確定要素や隠蔽要素を取り入れて軍事教育に利用するようになります(つまり現実の戦争に役立てるための戦略思考の訓練という、まさに「実践的」な目的のために運や不確定要素がストラテジーゲームに導入されたということです)。

(古典アブストラクトを除けば)初期の「ストラテジーゲーム」であるウォーゲームにおいて運要素が取り入れられ続けていたことは、ゲームの文脈における「ストラテジー」という言葉に「予測不可能性(運)をふくむ状況下における意思決定」というニュアンスを与え、それが現代の用法に影響を与えている可能性があると思います。

このように考えた上で、「ストラテジーゲーム」にトンプソン的な意味での「アブストラクト・ストラテジー」を対置すると、後者のストラテジーの上に置かれた「アブストラクト」は、本来の語義を離れてあたかも「運の要素を否定する言葉」のようにも見えてきます。ゲーム用語としての「アブストラクト」が一部で「運要素がない」という意味に解釈されるようになったのは、もしかしたらこのような事情も一端を担っているのかもしれません。

その他の補足

「アブストラクトゲームはなぜそう呼ばれているのか」に対するツイッター上のフィードバックとして、コンピュータ化されたボードゲームがアブストラクトゲームと呼ばれていたり、ウォーゲームがアブストラクトゲームと呼ばれていた時期があったという証言を含むやりとりが、ゲームレビュワーのKeiさんとHal_99さんとの間で行われていました。

「アブストラクト・ストラテジー」と比べると、「アブストラクトゲーム」は比較的日常的な単語の組み合わせに近いため、私の記事ではあくまで「アブストラクト・ストラテジー」と、その省略形としての「アブストラクトゲーム」に論点をしぼる意図がありました。しかし「アブストラクト・ストラテジー」が普及する以前に「アブストラクトゲーム」が(いくつかの)ある程度決まった意味合いで使われていた歴史があるのであれば、当然その用法が現在のゲーム用語としての「アブストラクト」の用法やニュアンスに影響を与えている可能性が高いと思います。

それらを検証することはすでに私の能力を超えていますが、当時を知る方々の貴重な証言として以下にお二人によるやりとりの一部を許可のうえで掲示させていただきます。掲載を許可してくださったお二人に感謝します。

参考文献


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