宝塚歌劇 宙組『プロミセス、プロミセス』
リンゴは限定一個だ!
翻訳・演出/原田 諒
2021年11月の公演。 権利上の問題で、DVD,ブルーレイの発売も、スカステでの放送もないらしい。でもCDだけは出た(なぜに?なぜ映像はだめ?)。
買った、聞いた。 長距離ドライブをする機会もあって、全編3回以上ぶっ続けで聞いたのだ。
映像がなくても、こんなに面白い。
そもそも、バート・バカラックの名曲を歌うミュージカルだ。私の年代だとディオンヌ・ワーウィックの歌で幼い頃に聞いた記憶がある。というか、スタンダードナンバーになっている『サン・ホセへの道』『小さな祈り』などは、誰でも耳にしたことがあるのではないか。一度聞いたら忘れないバカラック節。
話の筋は、『アパートの鍵貸します』だから、これも見たことあるわけだ。
だから、聞いているだけで分かるし、楽しく、面白い。
映像がないゆえに、いくつかの気づきがあったので、ぜひ聞いてほしい。
1.演出家ってすごい!
聞きながら、今チャックとフランはどういう立ち位置なのかなとか、どんな舞台装置なのだろうと想像するのだが、全然浮かばない。演者の動き、舞台装置の配置や出し入れを考える演出家って本当にすごい、と素直に思った。この舞台は違うが、宝塚ではほとんど、演出家が脚本も書くわけで、とんでもなくすごいことです。いままで、脚本や演出に文句を言って「(大きな声で)すみませんでした!!」。
2.役者ってすごい!
冒頭で芹香斗亜が、長台詞で自己紹介をするのだが、これが早口で立て板に水。芹香さんに限らず、誰一人噛むことなく、滑舌良くセリフを発していく。映像があると、視覚に神経が集中してしまうので意識したことがなかったが、これはすごい技術、日々鍛錬していることがよく分かる。タカラジェンヌはただ美しいだけではない。ものすごい努力をしているのだ!
3.見えないところは勝手に想像できる
出演者のなかで、芹香斗亜は年長の方だろう。部長たちを演じる和希そら以下の面々のほうが、実年齢は若いはず。けれど、映像がないので、脳内で本当のおじさんを想像(創造)しているので、違和感がない。若い女性が中年男性になるという、宝塚のウィークポイントをクリアできる。
4.出演者
芹香斗亜、チャック
大劇場では、敵役、渋い役が多いのだが、今回のチャックは男役の中では一番若い設定なのではないか。若い男の子の感じが、声からもよく伝わった。可愛い芹香斗亜です。彼女あっての舞台であることは、間違いない。
和希そら、シェルドレイク
これは特筆に値する演技でございました。よく響く低い声。大きな役をするようになって注目していたが、期待に違わぬ演技力。チャックを追い詰めて、鍵を出させるまでのやり取りは絶品。こんな上司、ほんとに怖いよ。決して、「鍵を貸せ」とは言わないのだ。あくまでもチャックが自ら差し出した、ということになる。「腐ったリンゴ」ふむふむ、と聞いているうちに、最後は「リンゴは限定一個だけ」になった! 論理は無茶苦茶だけど、説得されてしまうよ。
シェルドレイクがフラン(天彩峰里)に話しをしているのを聞いていると、本心から愛しているように聞こえてしまう。こりゃ、若い女は騙されるわ、と納得する。シェルドレイクは嘘をついている時に、自分でその嘘を信じてしまう人だ。和希そらが、そのようにシェルドレイクを理解して演じていることが、理解できる(わかる?)。君の演技は通じているよと、和希そら君に伝えてあげたい。そう、プレーボーイは、こんなんですわ。
フランが自殺未遂をはかった翌朝、チャックがシェルドレイクに電話をかける。その時の、シェルドレイクの対応も、全く正直で本心だと思わせる。彼は、いつも真剣で、簡単に嘘をつく軽い男ではない、人事部長として会社のすべてを把握している重要な人物(だと、本人は信じているし、周りの人たちも信じ込んでいる)。そういうシェルドレイク像をつくりあげ、本作品に命を吹き込んだ和希そらさんでした。
瀬戸花まり、ミス・オルスン
一部の最後と、二部の最後に出てきて、ビシッと決めた。助演女優賞。カッコいいわ。一部の最後では、「フランを貶め、傷つけようとしているのかな、嫌な女だな」と思って聞いているうちに、観客はだんだんと、オルスンは彼女なりのやり方で、フランを守ろうとしているのだと、気がつく。でも、フランはその事に気がつかない。ただ傷つけられたと感じている。
でも、そこが大事で、傷ついたからこそ、自分とシェルドレイクの関係を見直すきっかけとなったのだ。恋に燃え上がっている若い子に、道理を説いても無駄だからね。傷つけることと、守ること、という両義的な立場を、瀬戸花さんは見事に演じた。ブラボーです。
天彩峰里、フラン・クーベリック
彼女の演技ばかりは、実際の舞台を見ないと何とも言えない。チャックとどんな表情でカードをしているのだろう。薬を飲む時に、目覚めた時に、兄貴がチャックを殴った時に、最後にチャックの部屋にやってきた時に、どんな表情で、どんな目線で演じていたのだろう。そんなことばかりが気になる。見ないと語れない部分もあるということです。
留依蒔世、カール・クーベリック/マージ・マクドゥーガル
代役で二役演じることになったらしい。これも見たかったなあ。彼女の登場シーンが(二役とも)音では伝わらない。セリフだけでは最もわからなかったところ。多分、いろいろな動きがあるのだろうな。マージとしては、チャックとの絡み方でなにかやっている気がするし、カールはチャックを殴っているし、それはどんな具合? 注目中の人だけに、映像がないのは残念至極。
輝月ゆうま、ドクター・ドレファス
声を聞いて、組長さん、専科さんレベルのベテランが演じているのかと思ったら、輝月ゆうまだった(輝月さんも専科だが)。老けた声をうまく作っていて、完全に騙された。睡眠薬を飲んだフランを歩かせる場面を見たかった。私は、この人はセンターに立たせたら、ものすごく客を楽しませる人だと感じている。北翔海莉さんのような活躍を期待している。
5.お気に入りの曲
何度も聞いているうちに、一番気に入ったのは、部長チームの歌う脳天気な歌。
『どこへ彼女を連れていく?』
なんでこんな曲が?
自分でもわからない。不倫相手を連れ込む部屋がほしいと、中年のおっさんたちが熱唱する。実にくだらない歌なのだが。「だから要る~んだ~」の部分はツボ。
「ここは劇場、これはミュージカル。わたしたちみたいなくだらない人間も受け入れて楽しんでね。あなたを縛っているなにかが、ちょっとは緩むよ~」というメッセージを汲み取るのは、考え過ぎ?
「だから要る~んだ~」は「自由に生きたい~」ということだよね?
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