僕の「電カル」奮闘記 その5
富士通との「定例会」の始まり
医療ミス一歩手前の出来事が起こっているというのに、行政も業界団体もこの問題に関心を持ってはくれませんでした。そのことを思い知った僕は、自分で富士通と交渉して電子カルテの不具合を修正してもらい、医療事故を防ぐようにするしかないと考えるようになったのです。
時間は、少し遡ります。
電子カルテを新たに導入すると、最初の数日はベンダーから来たシステムエンジニア(SE)が張り付きます。操作で分からないことがあれば教えてもらったり、実際の診療にあわせて設定を変更してもらったりして、電子カルテが安定して動いて診療が問題なく行えることを確認します。この初期サポートのためのSEの滞在は2~3日で終わるのが一般的ですが、僕のクリニックが開業したときは、次々と発覚するRXのバグや不具合に対応するために、2週間にも及びました。まるでうちのスタッフかと思うくらいに、ベンダーのSEが1、2名、毎日通ってきていたのです。
電カルを使うたびに何かが起こり、診察の合間にSEを呼んではトラブルの内容を伝える日々でした。SEは、設定変更などでできうる限り対処してくれましたが、元々のRXの問題からくるトラブルがあまりにも多すぎました。
それに、一体型ならありえないエラーが起こっていることやカタログに載っているのにできない機能があることについては、販売元である富士通に聞かなければ分かりません。
あまりのバグに呆然とした僕は、「なぜ、富士通のような一流メーカーの電カルで、このような不具合が起こるのか」「カタログに載っているのにできない機能があるのはなぜか」「一体型ではない電子カルテをなぜ一体型と偽って販売しているのか」という理由を知りたくて(もちろん、多少の怒りも感じながら)、ベンダーを通じて富士通の担当者に面談を申し込みました。
そして、開業から2週間ほどたった2011年4月25日に、富士通と最初の話し合いの場が設けられました。
この日、富士通からやってきたのは、実際にRXの開発に携わった担当者3名。加えて、ベンダーのSE2名も参加して話し合いが行われました。
今、考えれば、よくもまあ、名だたる「大企業」富士通から、開発担当者が3名も揃ってきてくれたものだと思います。通常は、ユーザーから面談の要望があっても、わざわざ開発担当者が出てくることはないはずです。それも、ちっぽけなクリニックの狭い診療室で、膝を突き合わせて話すのですから、愉快な出来事ではなかったでしょう。それでも、わざわざ開発担当者が出てきたということは、それだけ大きな危機感をもっていたことの表れではないでしょうか。
話し合いをして、まず、驚いたのが「一体型」の考え方に、富士通と僕との間では、大きな開きがあることでした。
本来、「一体型」と呼べる電子カルテは、診察室の電子カルテと、会計のレセコンが一体化していて、扱うデータは共通です。それぞれから入力した情報はお互いに利用でき、どこで見てもひとつのデータになるものです。
RXは、電子カルテとレセコンは同じ画面から起動するものの、それぞれのソフトは別で、データも別です。これは従来の「連動型」の仕組みと同じです。
ところが、彼らに言わせると、たとえソフトやデータが別々であっても、ひとつのパソコンで電子カルテ業務も会計業務も起動できれば、それで「一体型」なのだそうです。この論拠を一般的なソフトに例えると、マイクロソフトのワードと、アドビのイラストレーターだって、ひとつのパソコンに入っていれば「一体型」ということになります。こんなおかしな理屈はありません。
余談ですが、ベンダーのSEも営業の人も、「一体型」の理解はもっとざっくりとしたものでしたが、僕と同様にRXが従来の連動型のデータ管理をするとは考えていませんでした。僕は、RXを購入する前に、3つのベンダーでデモ機を見せてもらいましたが、そのいずれでも「データは一体型で運営されている」という説明でした。メーカーである富士通によるベンダー向けの説明会でも、「真の一体型」と説明されていたそうです。
これは、あくまでも僕の憶測ですが、ソフト開発の技術者は、ひとつのパソコン上で、電子カルテかレセコンかを意識せずに便利に使えるように開発したのでしょう。それが「一体型」と呼べるものかどうかまでは、よく考えることをしないで。
でも、他社から発表された「一体型」の電子カルテが人気になると、営業・販売側はキャッチーな「一体型」という表現を使えば売り上げが伸びると考えたのではないでしょうか。まだ完成していないのに、営業主導でRXの発売日が決められ、売れる商品に仕立てるために、まだ実装できていない機能がてんこ盛りになったパンフレットが先に作られ、プログラムの不具合もきちんと修正できないまま売り出されてしまったというのが、本当のところのような気がします。
開発部門の技術者なら、RXが問題だらけだったことは分かっていたはずです。彼らは営業や経営陣の無理な要求に困惑・抵抗しながらも、会社の決定に従うべく、発売前も発売後も、寝ずにソフトの開発・修正にあたっていたはずです。その彼らの姿を想像すると、気の毒な気持ちにもなりました。当時、富士通子会社のSEの過労死裁判がニュースになっていました。この電子カルテとは関係ないだろうとは思いつつも複雑な気持ちでした。
とはいえ、RXの不具合をこのままにしてはおけません。スクロールの動作が遅すぎて、日常診療では使いにくいし、エラーも頻発していました。
エラーの中には、「待ち患者数が間違って表示される」「カルテ入力中に診療費が確認できない」「検査データが見えなくなる」「フォントの色が不安定で途中から色が変わる」「初診料が算定されない」など、初歩的なミスは、枚挙にいとまがありません。そして何よりも、いずれ重大な医療ミスを起こす可能性がありました。
僕のように、RXを購入して、ガッカリするドクターを出さないためにも、この日の話し合いで、バグの早期修正と、せめてカタログに出ている機能の早期実現を約束してもらいました。また、「一体型」の表現は虚偽記載ではないのかということも指摘し、「一体型への見解と今後の見通し」について、書面で回答をもらうことになりました。
そして、すぐには一体型にはならないことが分かるなか、富士通の開発担当者に、僕が見つけたバグを伝えたり、使いやすいソフトにするための要望を聞いてもらったりするための話し合いの場を作ってもらうようにお願いしたのです。
これが、のちに「定例会」と呼ばれ、5年間続いた意見交換会の始まりでした。
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