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{ 18: 君の血は }

{ 第1話 , 前回: 第17話 }

「まず大前提として、テロリストどもは不死身だ」
 博士は説明を始めた。
「ナイフでしても、ヤツらのはだはぜったいにを通さない。拳銃けんじゅうやライフルを使ったところで結果は同じだ。焼却しょうきゃくで体を燃やそうが、毒ガスを吸わせようが、硫酸りゅうさん風呂ふろけようが、平然とくと言われている。頑丈がんじょうなんてものじゃない。およそ生物を殺す手段を試したところで、ヤツらはたおせないんだ」

「ただし、絶対に死なないわけじゃない」
 博士は続けた。
「『不死身』というのは、ヤツらの特性の一面を表現しただけに過ぎない。君も見たはずだ。敵の体が、いきなり燃えたのを!」

そのとおりだった。春樹は、牛仮面と犬仮面の男が燃えて炭になったのを見た。牛仮面は、バン隊長に足をナイフでされた直後に燃えた。犬仮面は、春樹をなぐった直後に燃えた。春樹は、ナイフで犬仮面の首をつらぬこうとしたけど、やいばはヤツのかたはだかえされてしまった。同じナイフを使ったというのに、まったくちがう結果になったのはいったいどういうことだろうか? 

「これからヤツらをたおせる唯一ゆいいつの手段について説明する」

この話を始めるにあたり、それまで石仏か磔刑たっけい像のようにピクリとも動かなかった護衛のふたりが、あからさまに動揺どうようして顔を見合わせた。

「ユウナ博士!」
 すぎの木のように背の高い方が、はじめて声を出した。
「それは、防衛上の機密事項じこうのはずです。部外者の者には……」

ユウナ博士は、「わかっている」とばかりに手を上げて、護衛の男を制した。ふりむきもせずに。ユウナ博士はかまわず話を続け、すぎの木はそれ以上なにも言えず、博士の背中をながめる作業にもどらなければならなかたった。

「ここに取り出したるは……」
 と、いいながら博士は白衣の内側から革でできた包みを取り出した。
 それから包みを開けて、中のものを春樹に見せた。
「二本のナイフだ」

果物ナイフくらいの小さなやいばだった。それが二本並び、革のベルトで固定してあった。ふたつにちがいがあるようには思えなかった。

「これに見覚えがあるね?」
 ユウナ博士は言った。

「バン隊長が持っていたのと同じナイフです」

「バケモノをたおせる唯一ゆいいつの武器だ。ぼくたちは、これを『注射刀』と呼んでいる」

「ちゅうしゃ……とう?」
 あまりに突拍子とっぴょうしもない名前に春樹は首をかしげた。

「なぜそう呼ぶのかは、この武器のことを知ればわかる。二本一組である理由もね」
 博士は言った。
「でも、その前にひとついておこう。春樹君の血液型は何かな?」

「それと武器の話にいったいなんの関係が?」
 春樹はいぶかしげだ。

「関係はない」
 と、博士。
「君の血液型はなんだっていいさ。ただし、自分の血液型を知っておくのは、とても大切なことなんだ。君も学校で習っただろ? 輸血の時、まちがった血液型を体に入れたら、その患者かんじゃは死んでしまうってね。治療ちりょうをするつもりが殺人になってしまうなんてこわいよね。でも、それがバケモノたちを殺す唯一ゆいいつの手段なんだ」

「どういうとですか?」

「人間と同じように、ヤツらにも血液型がある。『ア型血液』と『ウン型血液』という二種類の型が。そして、不死身であることと同じくらい不思議なことなんだけど……ヤツらは自分の血液型と異なる血が体に入ると、燃えて死んでしまうんだ」

「いったいどうして?」
 春樹はおどろいて言った。

「さぁ?」
 博士はかたをすくめてみせた。
「不思議としか言いようがないね」

「つまりこのナイフには……」
 春樹はハッとなって博士のひざの上に置いてあった二本に目を落とした。
「ヤツらの血がってあるということですか?」

するどい。やいばだけにね」
 博士はにっこり微笑ほほえんだ。
「正確には、特殊とくしゅな製法によって、やいばの中に血液を練りんでいるんだ。そして心得ておくべきは、一本のやいばにひとつの血液型しか練りめないという点さ。二種類の血液をまぜると、ヤツらをたおす力が失われてしまうからね。要するに注射刀は、『ア型の』と『ウン型の』の二種類を用意しなくちゃならないんだ」

「ア型の敵にはウン型のが必要で、ウン型の敵にはア型のが必要なんですね?」

「そのとおり。君がイッショウという犬仮面の男をそうとしたのに、あっさりかえされた理由はもうわかるね? 君はア型の注射刀を持っていたんだ。そしてイッショウはア型だったのだろう。同じ血液型だった場合、注射刀も他の武器と同じでヤツらを傷つけることはできない。いってしまえば、ハズレってわけさ」

「でもアタリをひけば……」

「それが必殺の一撃いちげきになる。をふかくすことで、ヤツらの唯一ゆいいつの弱点である血液を注入できる。すなわち、注射刀……ぼくたち人間が、バケモノをたおせる唯一ゆいいつの手段さ」

「さて……」

注射刀の説明を終えたユウナ博士は、その包みを閉じて白衣の内側にしまいなおした。鼻からゆっくりと息を吸い、さらにゆっくりと息をいてから、それからまたしゃべり始めた。

「ここからが本題だ。すでにかなり話しこんでいるけど、次が最後だからもう少し我慢がまんしてほしい」

「はい。ぼく大丈夫だいじょうぶです」

春樹だって満身創痍そういのはずなのに、不思議とつかれていなかった。ぼくのケガなんて、秋人がやられたことに比べれば、モノの数じゃないだろう。頭を包帯でめつけられ、そこがやけにズキズキしたけど、かまわず春樹は前のめりになっていた。秋人をあんな目に合わせたヤツらを不幸にできる話なら、なんだって知りたかった。

「君は疑問に思っているはずだ」
 博士は続けた。
「イッショウはどうして燃えてしまったのか? あの男に注射刀は効かなかったのだから、説明と矛盾むじゅんしているじゃないか、ってね。君たちも知りたいよね?」

急に博士がふり向いたものだから、護衛のふたりはキョトンとして顔を見合わせた。

「バドワ隊員、あの場にいた君が、例の報告をしたんだよね?」

「はい」
 直立不動のままバドワと呼ばれた男が答えた。

男の声に春樹は面食らった。父さんよりも野太い声を出せる人がこの世にいるだなんて、思ってもみなかったからだ。この白髪はくはつまじりの短髪たんぱつの中年から出てくる声は、これまで春樹の聞いたことのある声でもっとも低く、太いものだった。

「我々の部隊がロビーを包囲した時、二本角の犬仮面がいきなり燃えました」
 バドワは続けた。
「そのそばには、負傷した子供が二名。ゆかには、注射刀が一本。人質は多数いましたが、みなはなれた場所に収容されていました。ちかって、だれも注射刀を射ちんでいません。野郎やろうは、自然発火したんです」

「わかってる。君の話を疑っているわけじゃない」
 博士は言った。
「もちろん最初はなにかの間違まちがいだと思ったけど、検死の結果も、現場検証の結果も、目撃もくげき者の証言も、すべてバドワの報告と一致いっちしている。イッショウは、注射刀なしで燃えたんだ」

「でも、それはありえないことなんですよね?」
 春樹はおずおずと言った。

普通ふつうでは起こりえないことだ」
 ユウナ博士は言った。
「考えられることはひとつ。あのとき……イッショウの運命が消し炭になると決まったとき、特殊とくしゅなことが起きていたということだ。春樹君、ヤツが君にした仕打ちをおぼえているかな?」

ぼくに?」
 春樹はキョトンとしながら答えた。
「えぇと……顔をなぐられました」

ヒタイから上が包帯ぐるぐる巻きになっていて、鼻先を指がかすめるだけで激痛が走るのは、そのせいだ。

「でも、それだけです」

「確かになぐられただけかもしれない」
 博士は続けた。
「でも、それが問題なんだよ。イッショウは君をなぐることで、とあるモノにれる羽目になったからね。すなわち、君の返り血だ」

「ぼ、ぼくの血が……」
 春樹は愕然がくぜんとした。
「ヤツをこ、殺した?」

とたんに、ふたりの護衛が春樹の方に進み出た。

「まさか、このガキ……!」

「博士! はなれてください!」

さすがカンパニーのほこる治安隊といったところか、目にもとまらぬ速さだった。バドワが博士を椅子いすごと引き寄せてぼくからはなし、すぎの木のような男が、さらに一歩んでこちらにせまった。ふたりとも、片方の手をチョッキにばしていた。かれらがポケットの中から取り出そうとしているモノは、春樹にだって容易に想像ができた。

「やめるんだ!」
 ユウナ博士が声を張った。

ふたりともその場でピタリと止まった。

「か、かれは人間だ!」
 ほとんど羽交はがめに近い形で、バドワのうでかかえられた状態で博士が言った。
「それぐらいわかるだろう? もしヤツらの一員なら、そもそも治療ちりょうをする必要はない。ひたいが割れることもなければ、鼻だって折れない。そうだろう?」

バドワたちは、その場で固まって春樹を見つめていたが(換言かんげんすれば、いつでも注射刀を取り出して、春樹にてられるよう構えていたが)、やがて冷静さを取りもどし、数歩退いて元の場所へと帰った。博士もヤレヤレと文句をいいながら、椅子いすもどして座り直した。ただ、何もかもが元通りというわけではなく、バドワに引っ張られたせいで博士のネクタイは骨折したような状態だったし、背後のバドワたちも、いまや決して目をらすまいとばかりに春樹をにらんでいた。

「す、すまなかったね、春樹君」
 博士は、ゲホゲホと胸をおさえながら言った。
かれらを許してほしい。あまりに職務に忠実な者は、時として他者を傷つけてしまうものなのだ」

どちらかと言うと、そっちのほうが被害ひがいは大きかったのではと、むせ返るユウナ博士を見て思ったけど、春樹はだまってうなずいた。

「さきに明言しておこう」
 博士は言った。
「君自身がいちばんわかっていることだろうけど、君は人間だ。ただの人間だし、普通ふつうの人間だ。もちろん高校生ばなれした特殊とくしゅな教養があり、行動力もあり、勇気もあることはわかっている。でも、決して特別じゃない。どこにでも転がっている一般人いっぱんじんだ。本当に普通ふつうなんだ。だから安心してくれ」

「よ、よかったです……」
 どう反応すればいいのかわからず、春樹はあいまいにうなずいた。

「念のため医者にも検査させたが、人間として疑うような結果は一切でなかった。ちょっとお腹まわりが……運動不足であることは、まぁ、否めないそうだが……許容範囲はんいだろう。血液ですら、人間のものとなんら遜色そんしょくなかった」

「だったら、ぼくの血がいったいなんだっていうんですか? わけがわかりません!」

「ある特殊とくしゅな条件下においてのみ、君の血は必殺の武器になる」
 博士は言った。
「それを今から証明してみせる」

博士は、ナイフを閉まっていたのと反対側の胸ポケットをさぐり、白衣の中からあるものをとりだした。注射だった。注射刀ではなく、ただの注射である。先端せんたんおそれるべき針がついている、あの注射である。


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